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49、過去の話

 小料理屋のおかみの旦那さんが長年の病気のために亡くなったと聞いたのは最初に店を訪れてから半年たった頃だった。あの時以来店を訪れてはいなかったが秀さんはちょくちょくおかみの話題を出してきたので一度しか会っていないがこちらが一方的にその人の事情を聞いていた。

 秀さんやその仲間たちは葬儀に出席したようでおかみは覚悟はしていたからと言ってみんなの前では気丈に振舞っていたようだ。

 おかみの旦那の年齢はおかみよりも3歳若い45だったようでその若すぎる男の葬儀はとても悲しく居たたまれない雰囲気だったという。


 おかみは葬式の次の週からまた店を開けた。

 誰もが早すぎやしないかと心配していたがおかみは寂しそうに笑って

「だけど生活は続くから。」

と言った。


 そんな気丈に振舞うおかみの店に常連客の誰もが明るい話題をひっさげて元気付けようと足繫く通って自分の話を披露するが見た目は以前のような雰囲気に戻っていてもおかみの笑い顔は以前よりも悲しく映る。

 そんな時期にタケシはまた秀さんに誘われて小料理屋の暖簾をくぐった。

 一度だけ訪れてまともに会話もしていなかったタケシの事をおかみはきちんと覚えていて


「あなたがこの間、美味しいって気に入って飲んでくれた日本酒は今ないのだけれど別の物が入ったから試してみる?辛口ですっきりと酔えるはずだからきっと気に入るはずよ。」


と落ち込んではいてもさすがにプロ意識が高く、勧め上手だった。


 その酒をおかみの酌でグラスに満たしてもらい、飲みながら常連たちの話を聞いていたが誰もが面白い話でおかみを笑顔にしようと必死でそれがどこか空回りして店全体の雰囲気に緊張を与えていた。


「皆さんが私を元気にしようと面白い話をしてくださるのは嬉しいんですけどこの店の売りは誰もが日頃の愚痴を言って憂さ晴らし出来るところですよ。

 だから前のように下ネタでも愚痴でもいいので私に構わずに好き勝手にしゃべってください。私はそれを聞くのがいちばん元気が出るのよ。」


 おかみからそう直接言われてしまうと誰もが次に話し出す話題を見付けられず黙り込んだ。

 

 男というものは無意識に女に笑ってもらいたいと本能的に思うものでその為に必死に頑張る生き物なんだろう。自分のした話が女にうけなかった時の男たちはいとも簡単に自己嫌悪におちいる。

 今、この場の誰もが何の話をしたらいいのかわからず、自分以外の誰かが口を開くのを待っていた。


 この時、タケシはこの店で初めて自分から口を開いた。

 自分が子供の頃にヤクザに追われて父親と逃げ回った過去、その父親とはぐれて無人島で一人で暮していた事、そこでユリとマリの姉妹に出会い一緒に暮らすようになった事、人には言えないような事をして稼いで生活していた事、ユリが島から出て行きマリと二人で暮すようになった事、島周辺の開発が進みその島で暮すことが出来なくなりふたりで施設に入った事、そして出会いがあって鈴を授かり、別れがあった事を淡々と真顔でしゃべり出すと誰もが驚きのあまりに口を開けたまま黙って聞いていた。その横で秀さんだけは嬉しそうに話を聞いている。



「とてもいい話ね。だけどこんなところでそんな大切な身の上を明かしてしまって大丈夫?ここにいる皆さんはこの話はフィクションだと思って聞いてちょうだいね。だけど元気がなくなってしまった私とこの店の常連さんたちの為にあなたが精一杯努力して場の空気を変えようとしてくれたことは忘れないわ。感謝します。」


 おかみは皆のグラスにこの店のとっておきのお酒をなみなみとつぎ足してまわった。その頃から誰もがまた自然と愚痴や色恋話をするようになり店の雰囲気が以前のように戻ったように感じた。


「俺たちはいつもだらしない本音をさらけ出しているんだからママも本音を言ったらどうだい。本当は寂しくてその寂しさや悔しさを誰かにぶちまけたいと思ったりしないのかい?

 もっとしっかりと悲しみに向き合って泣いたり弱音を吐いたりするのが楽な時だってあるんだよ。おかみは何もなかったかのように普段の生活に戻ろうとしているのを見るとこっちが辛いよ。」


「そうだよ。この店の男はみんな一人やもめの寂しい男達だからこそその寂しさを共感できるだろうよ。誰も寂しさに付け込んでママを落としにかかる卑劣な奴はここにいないと信じてるよ。誰も今は抜け駆けするんじゃないぞ。ママが元気になったらもう一度みんなで正々堂々とやり合おうじゃないか。」


と一人が言うと誰もが大声で笑いだした。


「皆さんありがとう。今は寂しさに守られているからなかなかそういう事は考えられないけどそのうち違った寂しさを持つようになった時、皆さんの好意に甘えるかもしれないからそれまでは見守ってちょうだいね。

 でもそれとは関係なしに皆さんの愚痴を聞くのが私の仕事なんだからどんどん弱音やかっこ悪い話もしてちょうだい。それを聞くと駄目なのは自分だけじゃないって安心できるから。」



〈〈 次回、ヤクザの女房がタケシの店に訪れた。ご期待ください。〉〉


作品に訪問して頂き、ありがとうございます。

※基本的に毎日更新していますので、この先のストーリーが気になるという方はブックマークをお願いします。コメントや評価を頂けると励みになります。


今日一日お疲れさまでした。明日も一緒に頑張りましょう。

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