48、タケシと秀さんの話
夜中に人の話し声で目が覚めて、時計を見ると午前2時を過ぎたところだった。
そしてその声がタケシと秀さんのものだと気付いた。
ふたりは鈴とマリが寝た後の深夜遅くにうちに来て店のソファーで2人でお酒を飲んでいるようだ。
夜中に他人がうちにいることもお酒を飲んで何やら小声で話している事も気になりだすとそれ以降、まったく寝付けなくなった。また2人が日頃どんな話をしているのかも気になった。
マリは鈴が寝息を立てて熟睡しているのを確かめて立ち上がり、静かに階段の影からその姿を確かめた。そして頭から布団をかぶったまま階段のちょうど2人から隠れて見えない位置に腰を下ろして話に聞き耳を立てた。
「タケちゃんも一人が長いと寂しくならないかい?いつまでもマリちゃんに鈴ちゃんの母親役をさせてないでそろそろお嫁さんをもらったらどうだ。
タケちゃんくらい色男だったら娘がいようと小姑がいようと嫁に来たいっていう女の子はいくらでもいるだろう?」
マリは人が自分の事をそんなふうに見ていることに憤慨した。
タケシは一度だってマリに鈴のお世話をお願いしたことはない。タケシがすべて面倒見てここまで育ててきた。鈴の為にご飯を作って洗濯し、毎朝弁当作りもしてできる限り地域や保育園の行事にも参加している。タケシは父親として一人で完璧に鈴をここまで大きくした。
タケシには秀さんに自分がすべて鈴の面倒を見ているしこれからも大丈夫と言って欲しかった。
だけどマリは両親二人が揃った家庭という物がどういう物なのかもよくわかっていなかった。マリには父親の記憶がない。自分がその想像ができる限界は島でタケシとユリにかわいがられていたあの2年だけだった。
今思えばその時期が自分がもっとも子供らしく過ごせた時期だったように思える。
今の鈴はそういう温かい温もりを感じることができているのだろうか。愛する二人の間に挟まれて絶対的に安心だという幸せはたとえ一瞬だとしても永遠に記憶に残るものなのだろう。
「僕と遊んでくれる女の子たちは僕が一人で寂しそうに見えるから構ってくれているだけですよ。誰も僕のお嫁さんになりたいなんて人はいません。それに僕だってかわいい女の子がいれば仲良くなりたいし、一緒に楽しい時間を過ごしたいとは思うけど結婚して家族がもう一人増えるなんてのは御免です。
僕はね、秀さん、今は僕とマリと鈴とだけの家族でいたいんです。もし、二人が自立して僕一人になってその時まだ寂しいと思ってたらその時考えますから。」
「バカだな。タケちゃん。その時にはもう誰も相手になんかしてくれないよ。俺の歳になってみたら分かるよ。ああ、あん時のあの子と一緒になってたら今頃はなぁとか毎晩考えるんだよ。この歳ではもう恋愛なんかできっこないから過去の思い出ばかりほじくり出して考えんのさ。あの時のあの子惜しかったなぁって。」
「秀さん見てると全然寂しそうじゃなくてむしろ楽しそうですよ。毎晩遅くまで飲み歩いて、競馬行ってパチンコ行って時々、飲み屋の女の子といちゃついて。俺もそんな60代がいいです。秀さんの歳で家庭がある人は誰もそんな気楽さは持ってませんよ。隣の芝生です。男はみんな本当は秀さんみたいな自由な生活に憧れてるんですよ。」
タケシが夜、秀さんの家にばかりいるわけではないという事はなんとなく気付いていた。タケシが鈴とマリとの今のこの生活ではどこか物足りなさを感じており、タケシなりの方法でその部分を発散しているのだろう。それを今この場でタケシの口から聞いて知ってしまった自分がなんだか空しくて憐れに感じた。
秀さんとの話でタケシの周りの女性たちは複数いるらしいがその女性のほとんどが飲み屋で出会った子たちだという事が分かった。
マリはこの会話でタケシの本音を聞いた気がした。女の人のことは好きで常にその存在を求めてはいるけど特定の女性と特別な関係を築く事を潜在的に拒否している。それができるという事はタケシの余裕にも思えたし、そこからどこかもの寂しさも感じた。タケシには性欲はあっても愛欲はないのだ。
どうしてもこの女性を手に入れて死ぬまで放したくないという必死な恋愛は今までしてこなかったのだろうか。もしかしたら本気で誰かを好きになった事がなかったのかもしれない。そしてそれはもしかしたら鈴の母親に対しても持てなかった感情なのかもしれなかった。
そんなタケシを盗み見ていると寂しさが滲み出た横顔が特別色っぽく見えた。
今はそのタケシが持つ色気に対して悪意のようなマイナスの感情はまったくない。その色気はただただ優しくマリの胸の奥をくすぐる。
タケシの周りの女性たちはこの顔にほだされるのだろう。それは女が簡単には開かないはずの心の本質的な欲望に優しく触れてくる男の寂しい色気だった。
強くて優しいタケシからその寂しさを感じ取る時、それがあたかも自分だけに与えられた試練だと感じさせまた、タケシの自分への愛情からくる甘えだと勘違いしてしまいそのまま沼に落ちていく。私だったらこの人を幸せにできると思わせるのかもしれない。
だけどタケシ本人は女性という存在にそんなことを期待しているわけではなくてそれに気付いた時その女性はその冷酷さにふと我に返り、タケシの元を離れていくのだろう。そしてすぐまた同じような女性が引き付けられる。タケシの人生はそんな女性が絶えず周りにいたのだと思う。
その女性たちを可哀そうだと思ったがその女性たちよりももっとかわいそうなのはこの私だ。私は彼女らと同じ土俵にも立たせてもらえない。
一瞬でもタケシの欲望を満たしてあげられる女性の立場になりたかった。愛とか将来とかそんな大それた夢は求めないから、一瞬だけ、ただ一度だけでもタケシに女として抱かれてみたかった。あの時、17歳の時にお風呂場で盗み見たあの体に女として求められ、抱かれてみたかった。
遠くでタケシのくぐもった声を聞いているとまた眠りに落ちていく。眠りに落ちながらもタケシが秀さんを外まで送り出し、店を閉めて電気を消してゆっくり階段を上がってくるのが分かった。
そしてタケシがマリの隣りに座りマリの体が冷えないようにマリの肩に手を回し、体を包む布団に顔をうずめて吐く息で布団の中全体を温めてくれる。
眠っていてもその感覚には敏感で遠い昔からずっと体に染みついている感覚だった。
マリが今、心から欲しいと思う物をタケシはマリが眠って気付かない間にだけこっそり与えようとしてくれた。
ここがあの無人島でタケシとマリ、そしてなぜかそこに鈴がいて浜辺の焚火の前に座っている夢を見た。
嬉しくてでもなぜか悲しかった。それはこれが夢でこの時間がすぐに終わる事もすべてマリにはわかっていて、夢の中のマリは少しでもその時間を引き延ばしたいと必死にあがいている。
マリの手を包み込むタケシの手の大きくて温かい感触がマリの胸の奥の奥にある誰にも覗かれたくない部分に優しく触れた。そしてその瞬間、自分は現実の中では泣いているのだろうなとおぼろげに思った。
〈〈 次回、タケシ、料理やのおかみと常連客達との話。ご期待ください。〉〉
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