47、おかみ
秀さんの最近の行きつけの小料理屋は秀さんの家からタクシーで30分もかかる。
秀さんはいつも自分が気に入った女性をタケシに紹介したがった。
それは自分が寝取られの趣味があるからだと言っているくらいで、自分の気に入った女性がタケシの事をエロい目で見るだけで酒が美味しく飲めるという特殊体質だと言った。
多分秀さんをそんな風にしてしまったのは自分が千佳に対してやってしまったあの行為が原因だろうと察しがついた。
その小料理屋はカウンター8席だけの小さな店で、夜8時から午前1時まで営業の酒よりも料理がメインの店だった。
その店のカウンターには毎日日替わりのおばんざいの鉢が4つ並び、その他は酒と冷ややっこや枝豆、たこわさなどの軽い物を出す。
カウンターの奥のおかみは着物姿の40代後半の小柄で上品な女性で客の男たちの話をたいして真面目には取り合わず、にこにこしながら適当にあいづちを打って聞いているようなどこか飄々とした感じの人だった。
秀さんはすでにそこの常連たちと仲良くなっており、みんなにまとめてタケシを紹介すると誰もが一番若いタケシに酒を勧める。
「こいつはまったく酔わないから酒を飲む意味なんかないよ。ママ、こいつには水でいいからその分をこっちにまわしてくれよ。」
男たちはその場の男に向かって下ネタを言っているように見せかけその都度、おかみの顔を見て反応を楽しんでいる。
おかみの表情はそれに対してあからさまに反応するでもなく、また笑うでもなく、ただ静かに優しく頷きながら自分の仕事をこなしている。なかなか賢い対応だと思った。
さすがに料理がメインの店なだけあって卑猥すぎる下ネタではないにしろ色っぽい話が多い。
「こんなにたくさんのすてきな恋話をきけるだなんて本が一冊書けそうよ。皆さんは私の人生を豊かにしてくれるわ。」
おかみにそういわれた男たちはがぜん、おかみを喜ばせようと自分のとっておきの過去の恋話を話し出す。
その話を今日初めて来た若いタケシにもひけらかすように話す男たちは顔が上気しておりその場の雰囲気はいいなと思った。
タケシは散髪屋なだけあって人の話を聞くことが上手い。ただ相槌が上手いだけでなく、その人が気持ちよく話せる表情を作り、絶妙なタイミングで質問も入れて酔っ払ってしどろもどろになってしまう話を起承転結に導く。
普段の散髪中は鏡を見ながら客と目を合わせながら聞いているが今はカウンターの向こうに座って話す男の顔を覗き込むように聞こうとする姿勢は男をさらに調子付け、気持ちよくしゃべらせる。
男の話は大阪の飲み屋で出会ったテレビタレントとの一夜の話だった。
「テレビなんかで見るよりもずっとべっぴんよ。そりゃ芸能人って感じだったよ。
すらっとした手足とびっくりするくらい細くて長い首が色っぽいのよ。
だけど彼女らは見た目はツンとしていてもやっぱり普通の一般人と同じ感覚を持っていて、時にはむしゃくしゃもするだろうし、寂しくて誰かに抱かれたいと思う事もあるわけだよ。だから有名人だからって怖気付かずに思いっきりアタックするともしかするとってこともまあ、あるんよ。」
「うん。いい話だな。どうだい。ママはそういう気持ちわかるかい?たった一度だけだとしても飛び切りいい男に抱かれてみたいって気持ち分かるかい?」
おかみは鉢の煮物を小皿に取る手を一瞬止めて宙を見ながらちょっと考え、
「そうね。その気持ち、まったくわからないってことはないわ。もし、この世の大半の女性が一目で惚れてしまうような匂いたつほど色っぽい男に出会ってしまったら、ただ一度だけその人に抱かれたいって思ってしまうのが女の本能なのかもしれないわね。
だけど10回抱かれたいって思うのはうちの旦那よ。そのたった1度のせいでその10回を手放すことになるのならそれはとても残念なことだわ。」
その言葉は誰もが一瞬つばを飲み込んで黙ってしまうほど堂々と美しくて、その場の男たちの胸をぎゅっと掴んだ。
〈〈 次回、タケシと秀さんの話。ご期待ください。〉〉
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