46、初恋
あのホストの名前は龍馬と言った。あの日から龍馬はタケシの店によく来るようになりタケシと仲良くしたがった。
タケシもマリに害を与えないことが分かるとそれ以上は何も言わず、龍馬が店のソファーに座って漫画や雑誌を読んでいると茶まで出してやる。
マリが下のトイレに降りた時、龍馬と目が合うと龍馬は全く悪びれずに満面の笑みでマリに近付き、一生懸命に話しかけて来るがマリは堅くなに無言を貫いた。
今は龍馬に危険な匂いは感じ取れなかったがただこの男の持つ雰囲気が嫌いだった。自分の容姿に自信を持った人間特有の雰囲気で自分が受け入れられないという事を絶対に認めないしつこさがあった。
しかしタケシを慕って近づく人間に対して本気で敵意を抱けないというのも本音だ。タケシが男からも女からも慕われているという事実はマリをいつだって誇らしい気持ちにさせたし、タケシの周りに明るい感情や笑い声が取り巻く環境はマリには喜ばしい事だからだ。
タケシが一人で飯田組の自宅に乗り込んでいってマリの仕事と家族を守ろうとしたという事も後で知った。それを知った時、マリの中で胸が苦しいような温かいような気持にさせたが、その気持ちがだんだんとタケシとマリの関係をおかしくする予感も感じている。
あのことがあってしばらくはタケシはマリと鈴を心配して店のソファーで寝る生活が続いたが今ではまた秀さんの家に戻っている。
その喪失感を感じた時、今までのタケシに感じる羞恥心や気持ちの悪い違和感が恋心だったのだと気付いてしまった。
ただ長年一緒に過したタケシの感情はマリが一番よく理解していて、マリのタケシに対する特別な感情がタケシには迷惑で煩わしいと思うのだろう事も予測できた。
タケシはもしマリがタケシに対してこのような感情を持っていると知ったなら彼は今まで通りにマリに接してくれなくなるだろう。
タケシはマリに対してはいつでも盲目的に優しかったが本質はとても合理的で論理的な性格だった。
そしてしたたかで何よりも狡猾だった。
目的や仕事の為ならば情をも簡単に断ち切れるほど自分に絶対的な自信があり、切り捨てた物にいつまでも固執しない切り替えの早さも持っていた。
情報屋の仕事で人をだましたり裏切る事は日常だったし、島を出てからの暮らしでも余計な感情や周りをかき乱すような行動を常に排除して上手にうまく立ち回ってここまで大人になった。
だからマリのこの感情をタケシに知ったとしてもタケシは簡単に処理して自分の思った道筋に修正してしまうだろう。そこには悪気も感じないだろうし罪悪感も持たないだろう。
タケシにとってマリは苦労を一緒に乗り越えた特別な仲間であり、大切な妹だからこそ強固な愛情で守られ大切にされてきたが、その関係が崩れたらどうなるかは簡単に想像できた。
見限った時のタケシほど冷たい人間はいない。そしてマリはいつでもタケシの決断には抗えなかった。
今まではタケシが自分の兄であるという事を自分の一番の誇りに思っていたにもかかわらず、その日からマリはタケシが自分の兄という立場であることを残念に思うようになった。
〈〈 次回、秀さんと訪れた飲み屋のおかみの話。ご期待ください。〉〉
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