43、自動車学校
マリは18になった。
そしてそれと同時期にマリは自分で見付けてきた書きおこしの仕事を自宅で始めた。
それは大手不動産会社の社内のミーティング内容や顧客との話し合いを録音した音源を文字に書きおこす作業でマリはこの仕事が性に合っていた。
誰とも顔を合わせることなく自宅で仕事ができる上に、まったく別の場所から大企業の会社の仕組みや細かな人間関係を観察することが出来る事が面白かった。
そのどれもが緊張感のある話し合いで、感情の起伏を声から悟る事はまるでラジオドラマを聞いているようにおもしろい。
その仕事があまりにも楽しくてヘッドフォンを付けて自分の世界に入り込むと途端に時間を忘れてしまう。
その仕事内容はタケシが企業に潜り込んで情報を盗み出していた時の仕事とよく似ているからこそ、マリはその仕事に特別な愛着を感じていた。
マリは声の様子から顧客や社員の嘘や不満を完璧に見抜いた。役員の一人はそのマリの能力に時別な関心を持ち、音声録画から動画録画に切り替えるとマリはさらにその能力を発揮する。
この業界では小さな判断ミスがとてつもない大きな損失を被り、会社経営を傾ける事はよくある。
騙し、騙されながら土地の値段はどんどん上がり、ある日いきなり土地の値段が暴落する。
こうした危機感を持つ会社としても、毎日多くの案件の全てを徹底的に調べ上げる事は不可能である。
顧客との最初の面談は特に大事だった。相手の真意を探る事は何より重視され、また時には顧客と社員が裏で根回しして会社に損害を与えたりする事例も稀にある。そういうトラブルを防ぐためにも面談のやりとりを記録し、分析することは大切だった。
そういう事情から会社の上層部はマリに特別な信頼を持つようになり、書きおこしだけにはとどまらず、会社の秘密事項や外には絶対に漏らせない話もマリにはすべて隠さずにさらした。
タケシはマリが自分の仕事に没頭しながらも、少しずつ社会の輪に混じって他人と
共同作業している姿がなにより嬉しかった。
そんなマリにタケシは今年のマリの誕生日には特別な物を考えていた。
それはマリを自動車教習所へ通わせることだった。
運転免許取得というものは最近の若者には大変面倒くさいものらしく、わざわざそのために時間とお金を使って教習所に通う者が少なくなってきている。
しかし車を運転することになる環境はいつ突然訪れる物かわからない。
たとえ今、必要じゃなかったとしても持っていればよかったと思われる物の上位だった。
そしてマリは誰かに強く背中を押してもらわなければこれからも絶対にとらないはずだ。そういう事も含めて18の誕生日にこれをプレゼントしたいとずっと前から考えていたのだ。
マリの反応は意外で思ったよりもずっと喜んでくれた。マリの性格からするともっと面倒臭がると思っていたからだ。ただひとつマリが気にしていたのはその金額だった。
「本当だったらマリちゃんを大学や専門学校に行かせたいと思っていたくらいなのだから、これくらいの出費はさせて欲しい。それに何か物をプレゼントするよりもマリちゃんが車に乗っているのを見る度に俺自身が嬉しくなるものなのだから俺の為にも免許を取ってくれ。」
そこまで言われるとマリはタケシの優しい思いを気持ちよく受け取る事が出来た。
マリは週に一度、月曜日に教習所に通っている。
自動車教習所は町から少し離れた場所にあった事と学校のようにたくさんの人が集まる空間が未だに苦手なことから週に一度が限度だ。
しかし月曜日にタケシが車で送り迎えをしてくれるという事で今は安心して通う事が出来ている。
タケシは教習所にマリを送った後、鈴と一緒にその周辺の温泉に行ったり、公園や児童文化センター、図書館で適当に時間を潰した。
そういうタケシと鈴だけのふたりの時間もタケシには楽しかったし、しばらくマリとタケシの間に生じた歪みをこのドライブの時間を重ねる事で少しずつ修復できている気がした。
車の仕組みや運転に興味を持ったマリはタケシの運転を助手席に座ってじっくりと観察するようになった。
また講師の話を聞いても理解できない運転技術の質問もタケシは上手に分かりやすく説明してくれたし、普通は学校では教えない非常時の運転テクニックや上級ドライバーたちの共通マナーなども教えてくれた。
また時には教習所帰りに3人で買い物に行ったり、前のように中華料理を食べてから家に帰る事もあった。
その頃からマリはタケシに感じていた違和感や羞恥心のような物が薄れていき、もう一度温かい愛情や強い家族の絆を感じられるようになってきた。
〈〈 次回、マリは自動車学校で出会った男に付きまとわれるようになる。ご期待ください。〉〉
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