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41、風呂場




「マリちゃん、助けて。」


 食卓のテーブルで得意の数学の問題に取り組んでいたマリだったが、風呂場から聞こえてくる普段とは明らかに違うタケシの悲痛な声とまたその何倍も大きい鈴の泣き叫ぶ声にただならぬ物を感じて慌てて下までかけ降りた。


 脱衣所から風呂場のタケシに声をかけるとタケシはドアを開けて中に入ってきて欲しいと言う。

 恐る恐るドアを押し開けるとタケシが鈴を持ち上げるように抱えており、今日一日腹の調子が悪かった鈴が風呂の湯舟の中でうんちをしたという事が分かった。


 焦ったタケシが鈴を持ち上げて大声を出したことで、いつもおとなしいはずの鈴が大声で泣き出したようだ。

 マリはタケシの背後から鈴を受け取り、鈴の背中とお尻をシャワーで流そうとしたがシャワーのお湯が熱くなったり冷たくなったりしてなかなか調節ができない。


 マリはその場でしゃがんだままシャワーヘッドの水流と温度を調節している横で、鈴は汚れた体のまま地団太を踏みながら泣き叫んでいる。

 その鈴をタケシは懸命にあやそうとして風呂場のおもちゃを鈴の前に差し出したり優しく話しかけたりしたが一度癇癪を起しで泣き叫ぶ鈴をこの場でなだめることはそう簡単ではない。そうしている間もタケシは汚れてしまった湯舟に我慢して浸かっているほかなかった。


 3人が三様にパニックに陥り、その場は修羅場と化した。その混沌とした風呂場の中でマリは慌ててシャワーを調節しながらもなんとなくタケシの肩に目線が行った。


 そこにあったのは小さな頃から見慣れてるタケシの上半身とは全く違った肉質感のある男性の背中だった。タケシの濡れた短い髪と玉のように水の弾く張りつめた背中に無意識に目が惹きつけられた。


 湯舟であたためられたタケシの日焼けした上半身は赤く上気していた。

 濡れて下ろした前髪がいつもより幼くてやんちゃにも見えたし、ぱつっと張りのある肩と背中の筋肉ははちきれんばかりの若いエネルギー熱を発していた。


 その太い首から腰にかけて一本通った深い背筋の窪みは荒々しい男の印象を与えるのに、丸く盛り上がった肩の筋肉としっかりとした腕は体全体を丸く見せ、なぜか不思議と稚拙で丸っこい印象を与えた。そしてその微妙に食い違うアンバランスさに初めて男性の体をいやらしいと思った。


 お互い、隠す部分もないほどに長い時間を過ごしてきたタケシが実は自分とは正反対の性を持ち、その完全に大人になったタケシを見てこの自分が淫らな感情を抱いていると気付いた時、泣き叫び、暴れまわる鈴を片手で押さえてシャワーでお尻と体をきれいに洗い流すことは至難の業だった。


 そして初めて感じた羞恥心は自分の臓腑を押し上げられるように突き上げ、気持ち良さとやり場のない苦しい羞恥心の2つの感情がぶつかり合い、鈴をこの場に置いて一目散に逃げ出したいような衝動と少しでも長くこの場に留まりたいという相反した感情に苛まれた。


 今まで男性の裸は自分にとってそれほど特別な物ではないと思っていた。かつて自分に対して特別に親切にしてくれた男性に好感のような好意を持った事は確かにあったと思うが、その男性に対して性的で淫らな感情を持った事は一度もない。


 高校時代には水泳の授業で男子生徒の上半身を見てもそれは服を着ている姿となにも変わらず、それよりも女性の胸や美しい足などの方に目が行った。だから自分は男性よりも女性に対して性的興奮する特殊なタイプなのかもと思った事さえあったのだ。


 しかし今、この場にあるタケシの上半身に自分は本当の部分で女性としてこの世に生を受け、女性の側から今ここに存在する男性を見て興奮しているのだという事をはっきり認識させた。


 その夜、マリは同じ部屋にいつものように寝ているタケシに背を向けて一晩中考えた。そして考えれば考えるほどその考えはどこにも辿り着けず、むしろどんどんと自己嫌悪に陥った。


 タケシと鈴はマリがこの世界で唯一心から安心して近付くことが出来る大切な人間だ。そしてその2つの愛情は同等で絶対的な物であるべきはずなのに、今日受けた刺激によってその絶対的な愛情が揺らいだように感じた。


 今まで持っていたタケシに対しての絶対的安心感は今はなく、ただの不安要素でしかない。タケシの事が嫌になったわけではないが、その艶めかしい肉体はマリを不安にさせたし、そのいやらしさは言葉にし(がた)い汚さと破廉恥(はれんち)な感情を運んできた。


 そしてその薄くもやが掛かったかのようなエロスの世界観と目を防ぎたくなるような大人の肉体への恐怖に、卑猥で悪意にも似た悪い感情が芽生える。

 そのいやらしさと破廉恥な色気は学生時代にマリを苛めて苦しめたあの美しくていやらしい肉付きの女の子たちをいやでも思い出させる。


 きれいな顔で笑いながら自分よりも劣っている者たちの心をナイフでえぐって遊ぶあの女たち。

 その血の匂いを嗅ぎ付けて集まってくるこれまた美しい顔の男たちと、その標的にならないように必死に逃げ惑う同級生。


 そういう残酷で混沌とした感情の渦巻く学園はマリにとって恐怖の記憶だった。

 マリの中では卑猥な感情はいじめの悪意と密接に結びつき、トラウマとして記憶にしっかりと刻まれている。


 彼女たちの圧倒的な美への自信は自分とその他の生徒たちの間に一方的な基準で優劣をつけ、その価値観を周りの全生徒に認めさせるほどの力があった。


 周りの誰もにコンプレックスを植え付ける事で自分たちの絶対的地位を確立するほど狡猾で圧倒的な発言力。思春期の若者たちを傷つけるのにこれほど残酷で確実な方法はない。


 人の感情に人一倍敏感なマリはその方法がまだ完全に世の中を知らない若者たちにはどれほどのダメージを与える行為かという事が目に見えるかのように分かる。

 みんなの恐怖や羞恥心がいつしか彼女らへの羨望や尊敬に変わる瞬間は、身の毛のよだつほどの怒りを感じた。


 だからマリの中で美しさや性的な魅力は絶対悪だった。

 自分を苛めて傷つけたその女の子たちが自分の魅力に溺れ、淫らな行為によって心も体も汚れて傷付いて恥をかき、自分の犯した間違いに気付いてくれることを切望していた。


 今日タケシの裸を目にした時、その感情とトラウマが一瞬で蘇り、タケシの体ととあの女たちの体の持つエロスがぴたりと重なった。

 そしてタケシがあの女たちと交わる姿を想像した。


 だけどもしかしたら汚くなったのは自分の心かもしれない。

 マリは人の心は読めても自分の心の本質は正面から見てはいない。


 もしかしたら自分は彼女らよりも汚くていやらしいのではないだろうか。

 あのいじめの苦しい日常からタケシの元に逃げきる事が出来たと思っていたのに、タケシからも性の匂いがした事がマリにとってショックだった。


 こんな気分の悪い感情は早く消してしまいたい。

 実際に今日感じた感情が大人への入り口だとするのならば、それはとても恐ろしくて汚い世界への落とし穴だと思った。


 今日タケシの熱い卑猥な体から目を反らせなかった事を心の底から後悔した。



〈〈 次回、マリの思春期について。拭いきれない思春期の葛藤にタケシはどう対処するのか。ご期待ください。〉〉


作品に訪問して頂き、ありがとうございます。

※基本的に毎日更新していますので、この先のストーリーが気になるという方はブックマークをお願いします。コメントや評価を頂けると励みになります。


今日一日お疲れさまでした。明日も一緒に頑張りましょう。

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