40、定休日
誰もが日曜日の夕方は憂鬱だというがこの家では逆に日曜日の夜をだれもが楽しみにしている。その理由はタケシのお店が月曜日が定休日になるからだ。
タケシは働き者だった。普通の会社員ならば週に2日休み、長期休暇を取る事が出来るがタケシは自分に厳しく一週間に一度、毎週月曜日以外は休みを取らない。
理容組合の決まりで月曜日の定休日を別の日にしたり、月曜日に営業するようなことは禁じられているが定休日を増やすことは自由なのにも関わらず、タケシが休むのは決まって毎週月曜日とお盆の3日間、正月三が日だけである。
日曜日の夜は夕食の後、3人で夜の街を散歩して喫茶店にアイスクリームを食べに行く。また月に一度、近所の中華料理屋に出掛けたりもする。
またその頃からタケシは日曜の夜に夜釣りや夜登山にも出かけたりするようになった。鈴に手が掛からなくなり、夜中に起きてタケシを探す事がなくなったことでタケシは自分の時間を作れるようになった。
深夜遅くに出掛けて朝方に帰ってくる。そして三時間ほど寝て、今度は鈴とマリと休みの日を過ごした。
弁当を持って動物園や遊園地に行くこともあれば、朝早くから車で遠くのお城や寺院、庭園などの観光地に出掛けたりすることもあった。
また時にはマリに鈴を預けて理容組合の交流会や勉強会に参加することもある。
今日はその交流会の日で、組合員の皆で車に乗り合わせて海に行くらしい。
タケシの加入する理容組合は特別に仲の良い団体で、月曜日の定休日に理髪店の主人や従業員が集まって近場に小旅行に出掛けたり、飲み会や野球大会など理由を探してはよく集まった。
月曜日が定休日の理容師たちは会社員の友達を作りにくく、そして個人事業主としての孤独もあって、いつでも仲間で結束して何か楽しい事をしようとしていた。
なのでこの理容組合は大学のサークルや社内交流のグループのような気質を持ち、年配の店主から若者までがしっかりとまとまっている。
その中で礼儀正しいタケシは特に年を取った者たちからもかわいがられていたし、若い者たちからも不思議と慕われていた。
そんなタケシの店には自然と若い男たちが集まる。今日も昼からの集まりのはずなのに朝早くからすでに集まってもう騒いでいた。
そんな集まりはマリと鈴には少し迷惑だった。せっかくの休みの日にこの家の主を彼らに取られてしまい、鈴とマリはおもしろくない。
そして大勢の若い男たちがこの家に居座ることもなんとなく落ち着かなくさせた。
なるべく姿を見せないように、また存在を悟られないように2階で静かにテレビを見て過ごしているのだがトイレが下にあるためにどうしても時々、顔を合わせることになってしまう。
だけどそんな時、めったに聞く事のないタケシの大きな笑い声なんかが聞こえてくるとすべてを許してしまうのだ。
タケシはマリと違って友達が多い。鈴がまだ小さい事で同じ年代の男達と遊ぶ時間は多くないが平日も夜、鈴が布団に入ってから昔の同級生たちと飲みに出掛ける事もたまにある。
また近所に住む同じ年代の若者たち6人とは特に仲が良く、みんなで車を2台共有している。
タケシは同じ年の男たちの前ではとても幼く見える。
普段は仕事柄、また家長としての責任から大人っぽく振舞ってはいるが、やはり同じ年の仲間で集まるとタケシの本来のむじゃきな若さが現れた。家族と離れて友達といる時、タケシは21歳の若い男になる。
マリはタケシだけを見ていれば20歳を超えた男性というのは自分とは全く違う成熟した大人のように感じるのだが、タケシの周りの同級生たちを見ていると本来の21歳という年齢はもっと自由でわがままで幼いのだという事を知った。
タケシは鈴とマリへの責任感から無理に大人になっていた。
だからタケシが少しの間でもそういう事を忘れて楽しんでいる姿を見るとマリはほっこりしてちょっと嬉しくなるのだ。
タケシと仲間が出発したのを見計らってマリと鈴は近所の商店街に買い物に出掛ける。
鈴はタケシの仲間たちにタケシを取られて機嫌が悪かった。
そんな鈴の為に昼食にうどんを作ってあげたいと思っていた。そして今夜、遊び疲れて帰ってきたタケシが夕飯の準備をしなくてもいいように夕食もマリが作ろうと思っている。
鈴の手を引いてはじめての商店街の店を訪れたがその店の商品を手に入れるにはそこ店主と少なからず会話することが必要でその事が少なからずもマリを緊張させる。
試しに大きめの青果店に入ってみる。そこは小さなスーパーくらいの規模で野菜や果物以外にも缶詰や乾物、はんぺんやソーセージくらいの物が揃っている。そこでうどんとネギ、卵とベーコンをかごに入れた。
緊張の面持ちのままレジまで進むと、レジを打っているおばさんはマリに笑って
「散髪屋さん所の娘だね。この店に来てくれたのは初めてだね。よろしくね。」
とだけ言ってテキパキと品物を袋に詰めてくれた。
そしてレジの側にあるアイスクリーム用の冷凍庫からレモン味のアイスキャンディーを二つ取り出し、鈴とマリにひとつづつ手渡してくれた。
カエルの柄の傘を鈴から受け取って、もう片方の手を鈴とつなぐ。
鈴はまだ幼いから歩きながら食べることはまだできない。早く家に帰らないとアイスキャンディーが溶けてしまうのに鈴が選んだ道は家とは逆方向だった。
鈴のスピードでゆっくりゆっくり歩いたが、マリはアイスキャンディーが溶けてしまわないかその事だけが気になる。マリは鈴の手を引いて近くの公園に入ると鈴をベンチに座らせて、キャンディーの包み紙を取ってやった。
マリは誰もいない公園が好きだ。ただっ広い空間に間隔を置いて設置してある遊具を見ているだけで胸がドキドキする。誰もいないその空間を独占できていることが嬉しいのだ。
今のマリがその遊具に近付いて触れる事は躊躇われたが、ユリとマリがまだ幼かった頃のあのドキドキは今でも鮮明に思い出される。
海を見ればタケシとユリと三人で過ごした記憶がよみがえるし、神社のお賽銭を投げいれる時や公園のベンチに座るとユリの事を鮮明に思い出す。
世間の人から見れば私たち兄妹は親なしで不幸な幼少期を過ごしたと見られ勝ちだが、実際にはたくさんの懐かしくて温かい記憶ばかりの恵まれた幼少期だった。
今、ユリが近くにいない事は確かに寂しいことかもしれないが、その代わりに鈴がいてタケシもいる。
いろんな便利な物やたくさんの人間が周りを乱雑に囲むような環境を恵まれた環境だと認識する人が多い中で、マリは数少ない大切な物や人に囲まれている環境にこそ、深い幸せを見出せた。
鈴の隣りに座ってそういう事を認識できるこの時間がとても愛おしかった。
〈〈 次回は風呂場での一コマ。マリは自分の中にある卑しくて醜い感情に悩まされ続ける。ご期待ください。〉〉
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