37、退学
タケシが独立して自分の店を持つという事と結婚と出産、そして離婚を聞いたのはほぼ同時期だった。なのでマリ自身が自分の気持ちを整理する時間はなく、感情がうまくついてこなかった。
兄の独立、結婚報告を受けて施設長が大げさに喜ぶ姿を悲しい表情で聞いたし、娘が誕生したという報告を受けた時はなんだか気持ち悪くさえ感じた。
そしてやはりうまくいかなくなり、離婚して娘はタケシが引き取って育てているという事を聞いてもやっぱり困惑した。本当にあのタケシが父親になり、自分以外の新しい家族を作って生活していると考えるとどの報告も信憑性がなかった。
ただタケシがまだ小さな赤ん坊を理髪店の特別に用意されたスペースに置き、面倒を見ながら仕事をしているという話だけはなんとなく想像できた。
島で生活していた時のタケシはまだ子供だったのに、子供ながらにも小さなマリの面倒を見ながら生活のために走り回ってお金を作ってくれていた姿とそれは重なった。
そして周りの大人たちがタケシの事を心配して騒いでいてもタケシ自身はその生活になんらかの幸せを感じているだろうと想像できた。
タケシはそういう人だった。タケシがしたいと思う事や欲しい物の為ならどんな苦労でも我慢するし、したくない事や周りに言われてどうしてもしなければならない事は上手に回避した。
タケシがその生活を選んだという事はそこになにかしら幸せを感じているからだ。
そう思ったらその娘とやらに会ってみたくなった。
正直、施設にいる小さな子供たちは苦手で気味悪かったがタケシの娘と自分のどことなく重なる共通部分を見つけると途端に興味が湧いた。
しかしタケシとその娘に会う機会はそれから当分はなかった。
そのうちマリは高校生活で同級生から臭いとか汚いとか言われて苛められるようになった。理由は養豚場のアルバイトをしだしてからだった。
養豚所の仕事は朝、学校に行く前の早朝から始まり、学校を終えてまた農場に戻って働いた。
養豚場の仕事は気に入っていた。豚の子供たちがかわいかったこともあるし、お金のもらえる仕事なのにほとんど人と接することがなく自分のペースでできた。
またレインコートとゴム長靴を履いて思いっきり泥まみれになれる事も気持ちよかった。そして若い年頃の娘が泥まみれになりながら子豚の面倒を一生懸命にみる姿をオーナー夫婦やそこで働くおじさんたちは温かい目で見守ってくれた。
学校でいじめられた理由にはその豚たちがいずれ食用として出荷されるという事もあったと思う。だけどマリは自分が大切に育てた豚が食用だという事にもまったく罪悪感を感じなかった。
そういう開き直った所を気味悪がっているのかもしれない。
だけど私達3人は島でそうやって殺生をして生きてきた。生きるために見た目のかわいいウサギも食べたし、鳥も魚もすべての生き物を同等に感謝して食べた。
自分自身も鳥や虫と同じ魂の重さだという認識があった。
いずれ自分が弱った時、油断した時に殺されて食べられると想像することも恐怖ではなかった。弱肉強食は幼い時に生活から学んだ自然の摂理だった。
そんな厳しい自然の摂理よりも学校は地獄だった。自分が臭いのかどうかは自分自身ではわからなかったし、一度そう言われると終始自分が臭いのではないかと気になり人と近付く事も恐ろしくなった。
本当に自分が臭いのかそれとも養豚場で働く者への偏見なのか誰かに確かめることも出来なかった。
そして次第に学校に行く時間になっても養豚所で時間を潰すようになった。
そんなことが回りまわってタケシの耳に入り、しばらくするとタケシの方からマリに自分の家に来て一緒に暮らさないかと誘ってくれた。
だけどタケシはうちに住むのならアルバイトはせずにしっかり勉強に集中して欲しいと言われた。学校に行く代わりに自分の家で高校過程の勉強をして高卒認定を取ればいい。そう言われた時、マリはやっと救われたと思った。
施設でも学校でも自分の居場所がなく、大人と認められる日が来るまで毎日息をひそめて暮らすだけの生活がとても惨めだった。
タケシに誘ってもらった次の日に施設長に話をしてそのまま退学手続きを取ってすぐにタケシのもとに向かった。その誘いから一瞬の迷いもなく淡々と行動できた。
制服に火をつけて施設の焼却炉に押し込んだ。その煙を目で追って空を見上げると青い空の中を飛行機が小さく浮かんでいた。
〈〈 次回、タケシの家に住み始めたマリ。タケシと鈴と一緒の生活。ご期待ください。〉〉
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