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32、キャンプ

 夏休みにマリはタケシにキャンプに誘われた。タケシと一緒にお泊りのキャンプと最初に聞いた時は思わず笑顔になってしまったけど、タケシの高校の同級生の女3人と男2人も一緒に行くのだと聞くと一気に気持ちが冷めた。


 いまだに人としゃべる事が苦手で口を開こうと思っても口の筋肉がかたまってしまう。相手の問いかけにすぐに返答できず、気まずい間ができてしまっていつも話が流れてしまった。そんなマリにとって初対面の人とスムーズな会話ができる能力は特別な才能に見えた。


 ましてや自分よりずっと大きい人たちと一緒にバーベキューをしてテントで寝泊まりして2日間過ごすという事は苦痛以外の何物でもない。


 四六時中タケシがずっと隣にいてくれるというのなら何とかやり過ごせれるかもしれないが友達同士の付き合いもあるだろうし、年の離れたコミュ障の妹を連れて行くという事自体、みんなに嫌がられるはずだ。


 だからそう言ってタケシに行きたくないと言うとタケシはいつもよりも少し強引にマリを施設から連れだした。

 タケシにどうしてもと言われて断ったことは今まで一度もない。しぶしぶタケシの後ろから重い足取りでついて歩く。


 タケシは友達と合流するとマリの後ろにまわり、マリの肩に手を置いてタケシの友達の前に押し出して僕の妹だと嬉しそうに、そして自信たっぷりに紹介した。


 その顔は初めて自分の友達に家族を紹介出来た事にタケシ自身が満足しているように見え、それだけで今日のマリの役目を果たした気になった。確かに今までだれかに家族を紹介するという機会はお互いに皆無だった。


 自分の家族を大事な友人たちに引き合わせるという事がタケシにとってこんなにも大切で喜ばしい事なのだという事を今まで知らなかった。

 たとえ本当の家族ではないにせよ、世間は二人を兄妹とみなしているのだ。


 高校生から見たらマリは全くしゃべらないただの無口な子供にしか見えないはずだが、誰もがタケシの妹としてきちんと尊重してくれた。それは仲間からタケシが一目置かれていることを意味していた。


 バスで海岸に着くとすでにタケシの友達のお父さんが荷物を運んでくれており、さっそく女子たちはバーベキューの準備に取り掛かる。

 男の子たちはテントを張り、火を起すと食事の準備を女の子たちに任せてすぐに海に飛び込んだ。


 どちらのグループにも溶け込めなくて寂しい思いをするのかと思ったが、海を見ているとそんな不安は感じなくなった。そこには慣れ親しんだ海があって、すぐそばにはタケシがいてくれる。 

 それは施設で一人でおどおど過ごしているよりもずっと安心できた。


 女の子たちは食事の準備をしながらずっと男の子たちに文句を言っている。

 口では幼稚とか全然手伝ってくれないと文句を言っているが、目は笑っていてそれが本心でないことはすぐに分かる。少し離れて彼女たちの話を聞いているとタケシは学校ではとても人気者のようだった。


 それはマリにとっては少し意外だった。施設で一緒に暮らしていた頃は決して明るい部類の子供ではなかった。どちらかというと物静かで冷静に物事を俯瞰で見ているような男の子だったからだ。


 それは島で生活していた時の自信とエネルギーに満ち溢れた眼をしていた頃のタケシともまた違い、現代の生活にきちんと馴染んでいる好青年という印象を持った。


 タケシは床屋でアルバイトしながら店の主人の家で下宿させてもらうようになってから彼なりにいろいろ経験して変わろうとしているのかもしれない。


 マリはバーベキューを囲む仲間の会話に参加することはできなかったが、タケシの同級生たちの話に耳を傾ける事は楽しかった。その同級生たちの話でタケシが学校でケンカが強いと言われている事も知る。

 どういういきさつでタケシがケンカに巻き込まれたのかを知りたかったが、ケンカの理由よりもタケシが同級生の男の子達からも尊敬されているという事実が誇らしかった。


 自分の兄がケンカが強くてスポーツも得意でまた、学園の女子からも男子からも一目置かれる存在であるという事が自分の人生で一番誇らしいと思えた瞬間だった。

 それは絶対に自分にはない才能でタケシが努力で勝ち取ったものだ。


 バーベキューは女性陣が率先して肉を焼いたり焼きそばを炒めたりしていて、男性陣は紙袋に隠し持った安い焼酎を回し飲みして大声ではしゃいでいる。


 確かにタケシは施設にいた頃と違った。特別、面白い事を言ってみんなを笑わせようとするような愛嬌さはないが人の眼を見て真剣に話を聞き、自分が口を開く時は次に話す人がしゃべりやすいような言葉のバトンを渡してみんなの会話を上手に繋いだ。


 そしてタケシは女の子たちの扱いにも慣れているように見えた。それが一番びっくりしたことかもしれない。


 女性が喜ぶ言葉や求めていることが自然と分かるようで、彼女らを上手に気遣うがそれが決して行き過ぎてはおらず、常に謙虚でさり気なかった。


 ふとした時に彼女らと目が合うと少しだけ目を細めて相手に関心がある事を顔全体で示す。口下手そうに見えるタケシだが、表情や少ない言葉で女の子を安心させる優しい空気を作り出ることがうまかった。

 

 人の感情を読むことが得意なマリにはこの女の子たちの心の声がまるで耳で聞いているようによくわかる。彼女らがタケシに意識を持っていかれているのが簡単に見て取れた。


 マリにはとても真似できない静かで細やかな気の配り方はタケシが学校でどれほどの人に慕われているかが手に取るようにわかる。誰もがタケシを仲間に引き入れたがるだろう。


 タケシは島の生活で自然からたくさんの生活の知恵を学んで強くなったが、今は社会から生き抜くために必要な人との付き合い方を急速に吸収していた。


 周りの全てに対して気を使っているタケシだったがその間もマリの横に座り、マリがひとり寂しくならないようにも気遣ってくれた。


 自分の骨付きチキンから柔らかくておいしそうな部分を手でほぐして

「ここが美味しい所だからマリ、食べ。」っと言ってマリの口に直接入れてくれる。


 タケシは二人きりの時はマリちゃんと呼ぶくせに人前では必ずマリと呼び、兄らしい姿を見せる。


 その姿を見ていたまわりのみんなが大きな声で微笑ましいとか優しいとかかわいいとか言って騒ぎ出した。だけどタケシはそんなまわりの言葉にはまったく気にせず相変わらずマリの食欲を気遣い、マリのために口元に食べ物を運ぶ。


 その行為はタケシが施設を出て行ってからしばらくなかっただけに懐かしくて嬉しいのだけれど、周りの人たちに注目されて冷やかされるとそれがとても恥ずかしい行為のように思えた。

 だけどそれを拒否するとタケシが悲しむような気がして黙ってタケシに従った。


 男の子2人はすでにだらしなく酔っぱらって顔を赤くしているのに対して、タケシはいつもと変わらずにゆっくりと落ち着いていて酔っ払った友達とマリを気遣った。


 タケシは真っすぐ歩けなくなった一人の男の子をもう一人の男の子と一緒に支えてテントに連れて行き、戻ってくると女の子たちにバーベキューの準備をしてくれたのだから片付けは自分とマリに任せて海に入っておいでと勧めた。 


 女の子たちは最初、悪がって遠慮していたが、タケシがマリの手を引いて洗い物に連れて行くのを見ると女の子たちはお互いに目を合わせて海に向かっていった。


 片付けの間、タケシと久し振りにいっぱい話すことができて嬉しかった。また現代のキャンプを体験できたことも案外面白い体験だった。


 いろんな便利なキャンプ道具がある事に驚いたし、キャンプは子供だけではなく大人の遊びだという事にもびっくりした。


 私たちが今まで島で生活してきて得た知識は現代のキャンプにはほとんど役に立たなかった。 

 すべての不便はキャンプ道具が完璧におぎなってくれる。


 タケシが作る鳥や魚を捕る仕掛けやかっこいいロープの扱い方は遊びのキャンプには必要なかった。

 スーパーで買ってきた肉や野菜を小さなナイフとプラスチックのまな板の上で切ってきれいに紙皿に盛り付け、袋に入った割り箸を割ってバーベキューコンロの上で焼いて食べる。


 また折りたたみの椅子やテーブル、空気で膨らませるボートや折り畳み可能で積み上げられる収納棚など機能性の優れた道具で溢れている。

 その話をタケシにするとタケシはだからどうしてもマリをキャンプに連れて行きたかったんだと言った。タケシが無理やりマリを連れてきたのにはそんな理由があったのだ。


 テントは男女で別れておりマリは女の子3人のテントに混ぜてもらう。

 あてがわれた寝袋に体を押し込めると既製品の寝袋はビニールの感覚が暑苦しく不快に感じた。しかし隣の女の子たちが楽しく話している時に体をもぞもぞと動かすことが出来なくてずっと寝たふりをしていた。


 女の子たちのおしゃべりの話題は尽きず、所々に出てくるタケシの話や学校生活がわかる内容はただ聞く分には面白かった。そして遊び疲れた3人は11時を超えた辺りから急に静かになり寝息を立てはじめた。


 それを機に寝袋から這い出て一人こっそりテントを抜け出す。

 

 そして砂浜にやぐらを組んで新たに火を焚いた。木が燃えてはぜる音と波の音を久し振りに体いっぱいに感じたかった。


 海に浮かぶ月光が波によってその光を消したり浮かび上がらせたりするのをずっと見守っていられた。誰もが美しいだとか神秘的だというこの自然の情景もマリにとってはただ懐かしくて慣れ親しんだ物だった。


 その焚火のはぜる音を聞きつけたタケシが背後からマリに声を掛けた。

 そしてマリの隣に座り、黙って木の棒で火を搔きまわす。一瞬火の粉が柔らかく飛びまわり、そして静かに落ちていく。


 それをタケシは何度も繰り返す。火の勢いが弱まると次々に木を投げ入れた。

 二人は何もしゃべらなくても黙ったままその火を見て遊んだ。それは騒々しかった昼間の遊びとはまるで違った二人だけの懐かしい遊びだった。


 最初にタケシにキャンプに行こうと誘われた時、二人でこういう事がしたいと期待していた物が今やっと叶った。今夜はずっと起きていてタケシとふたりで火遊びがしたいと思った。


 タケシとマリはお互いの肩に頭をあずけてその火の側で夜を明かした。

 

 目覚めると日が少し昇り始めていて、早く起き出したタケシの友達が二人を見て笑っていた。



〈〈 次回、タケシは女性について悩まされる。ご期待ください。〉〉



作品に訪問して頂き、ありがとうございます。

※基本的に毎日更新していますので、この先のストーリーが気になるという方はブックマークをお願いします。コメントや評価を頂けると励みになります。


今日一日お疲れさまでした。明日も一緒に頑張りましょう。

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