表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/72

3、はじめての夜

ユリとマリは夜の公園で初めての夜を明かす。それは自分の想像していた家出とは全く違った。



 ユリとマリが病院を黙って抜けだした日、二人が手を取り合って向かった先は隣町にある総合公園だった。


 その公園はユリの小学校の毎年恒例行事になっている全校生徒長距離遠足の最終目的地になっており、生徒が二列になって歩く姿を毎年多くの地域住民が温かく見守り、声援を送った。


 そんな昔から引き継がれてきたこの小学校の伝統行事も、最近の歩き慣れていない子供達にとっては片道3時間以上かかるこの道のりは子供に負担がかかりすぎると保護者達から頻繁に意見が寄せられた。

 そんな存続自体が危ぶまれる学校行事だったがユリにとっては楽しい思い出しかない。



 いつもは真面目で厳しい先生がこの時だけは生徒たちを優しく元気づけながら引率してくれた事も嬉しかったし、公園の遊具も家の近所の公園よりずっと画期的で上級生向きであった。


 公園内にはテニスコートやバスケットコート、体を鍛えるトレーニング用器具等もあったし、芝生のあるピクニックエリアでは季節ごとにイベントが開かれた。


 また広場に設置された舞台ではときどき地方の劇団員が子供向けの公演を行う事もあったし、噴水式の水遊びゾーンは夏になると水着の子供たちがつんざくような奇声を上げてはしゃぎ回り、その横にはかき氷やラムネ売り、水ヨーヨー釣りのカラフルな色のテントが並んだ。

 その光景を思い浮かべるだけでユリはいつでも簡単に幸せになることができる。


 ユリは一度、ママに内緒でマリの手を引いてこの公園に来たことがあった。

 仲のいい友達がおらず公園で遊ぶ楽しさをまだ知らないマリにどうしてもこの公園を見せたかったからだ。その時、マリは家に帰りたがらなくなるほどこの公園を気に入ってしまった。


 さんざんその場所で遊んだ後のマリには自力で3時間の道のりを歩いて帰る体力は残されていなかった。帰り途中で一歩も動けなくなったマリは路肩の縁石に倒れるように座り込み、そのまま動けなくなってしまう。


 途方にくれたユリがマリと一緒に道の縁で座っている所を偶然にも近所のおばさんが通りかかり、運よく自分たちの存在に気付いてくれてそのまま車で自宅まで送り届けてもらうことができた。


 そこまでは良かったのだがそのおばさんは何も知らずに家で待っていたママを非難して厳しい言葉を残して去り、その後しばらくママを悲しませてしまった。


 つい先ほどまであんなに優しかったおばさんがママに対して鬼のようになる姿もショックだったし、子供たちが勝手に起こした行動で母親が自分の代わりに厳しい罰を与えられる姿を目の当たりにし、そのふたりの初めての冒険の思い出は結局、残念な記憶として残った。


 だからどこかにねぐらを探すといった時、ユリがこの場所をすぐに思いついたのはすごく当然のことであった。ママがいなくなった今、自分たちが行きたい所に行ったところでもうママが誰かに責められることはない。


 それにユリは姉としてマリにこの状況を絶対に不安がらせたくなかった。こんなに悲しくて不幸な日なのにも関わらず、楽しいことを思い付くかっこいい姉でいたかった。


 マリの手を引いてやっと公園にたどり着いた時にはもうすでに日は暮れ始めており、遊具の周りには誰もいなかった。


 誰もいない公園を自分たちだけで独り占めできること、また帰りの道のりを気にすることなくいつまでも好きなだけ遊べるという事はユリとマリを興奮させたし、運動公園の一角にある海賊船の形をした大きな木の遊具の中は夜を過ごすには最適の場所に見えた。


 しかし夜が更けて辺りが暗くなるにつれてその場所が以前訪れた昼間の賑やかな印象とは全く違って、真っ暗で広い海の中に自分たちだけがぽつんと取り残されて漂っているような寂しくて怖い場所に感じてきたのだ。


 普段から想像力豊かなユリはありもしない物が見えた気になり、途端に怖くなった。そして二人はお腹も空いていた。


 だけどユリは姉としてのプライドを見せるためにできるだけマリに対して明るく振舞った。看護師さんにもらった観光土産の缶のお菓子をマリに次々に与え、自分はお姉ちゃんだからいらないと意地を張った。


 その夜は今まで経験したことのないほど寒くて暗く、永遠に朝が訪れないのではないかと思えるほど長く感じた。


 太陽が出ている間は寒さなんて微塵も感じなかったのに風の吹きつく夜の野外は体を震わせるほど寒かった。


 体を動かさずにただ座っているだけだとお尻の下からも冷えが来る。また風が遊具のドアを軋ませる音や遠くから聞こえる虫の鳴く声も気味が悪くてまるで悪夢を見ているかのようだった。


 その夜、ユリは自分がとんでもなく間違った選択をしてしまったような気になり恐ろしくなって泣き出してしまった。自分たちが悪い大人たちに捕まって殺される姿を想像したし、自分のせいで小さなマリを危険な目に合わせてしまったらどうしようと考えると怖くなり暗闇の中でマリを抱きしめて泣いた。


 ユリは暗闇が本当に怖かった。マリがいなかったら一日たりとも耐えれなかったと思う。毎晩寝る前に神様にお祈りしたし、天国のママにも私たちを守ってとお願いした。しかしこの生活を続けていくうちに少しずつ夜の闇には慣れていった。



〈〈 次回、ユリとマリのホームレス生活が始まる。子供たちはどうやって大人の目をごまかしながら社会の中で賢く生存していくのか。ご期待ください。〉〉

 


作品に訪問して頂き、ありがとうございます。

※基本的に毎日更新していますので、この先のストーリーが気になるという方はブックマークをお願いします。コメントや評価を頂けると励みになります。


今日一日お疲れさまでした。明日も一緒に頑張りましょう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ