2、タケシ(9歳)
タケシ(9歳)はヤクザから逃げ回っている時に父親とはぐれてしまう。
「おら、出て来いよ。ここに居るってことはもうばれてんだよ。きちんと詫び入れて返すもんを返さねえ限りここから一歩も出させねえからな。」
夜になるとあいつらはこの家にきてドアを蹴って大声で叫ぶ。
しかし近所の人に通報されないように一言二言、大声で叫んだ後はあっさりとどこかへ行った。だけど絶対近くで見張っているはずだ。
父さんがこの部屋を出て行って今日で3日目だ。
この家の食べ物は2日前にすべて食べ尽くしてしまって今は何ひとつ残っていない。今朝からあまりのひもじさにタオルに醤油を浸してそれを奥歯で噛むようにしゃぶっているが気まぐれにもならなかった。
父さんはもうこの家には帰ってこれないのだろう。そしてあいつらがここに釘付けだという事は父さんはまだどこかで生きているという事でそれが唯一の生存確認になった。
だからここで父さんの存在を匂わせる事でこの場所に少しでも長くあいつらを引き付けて置く必要がある。
その為にも電気を付けたり消したり、カーテンの位置を少しずらしたりして常にこの部屋に人が存在しているという事を外に向けて示している。
だけどそれもそろそろ限界だ。とにかく腹が減っていた。体力が残されているうちに安全にここを出る必要があり、それには昼間より断然夜の方が都合がいい。
一人で生き抜いて行くための方法を考えていた。それは恐怖半分、楽しみ半分だった。
この世界はどこかに属している限りは常に片寄った偏見で人の価値を測り、一方的な基準で優劣を付けられる。そしてその戦いで勝ち上がった者にだけ光が当てられ、そいつに誰もがこぞって手を貸そうとする。学校という場所はそれが特に顕著に表れた。
そんな世界では未来がない。稀に悲惨な境遇からそのチャンスを掴むことができる者もいるにはいるがそれはほんの一握りで、その成功を手にするには誰にでもわかりやすい才能と人を引き付けて魅了する最高のストーリーを持つ必要があった。そのチャンスを自分が物にできるとは思えなかった。
だけど自分には人知れない特別な才能が眠っているような気がする。それは世の為になる事でもなければ誰かから大手を振るって称賛されたり応援されるようなものでもない。
しかしその隠れた才能で自分の未来を自分の手で劇的に変えることができるかもしれないと思っていた。
そしてその力を試すことができるのは誰かの作った世界なんかではなく、自分で一から作り上げる自分だけの世界の中だけであって、今がその世界を作る最大のチャンスだと思っている。
リュックにこれから生き抜くために役立ちそうなものを厳選して入れていく。
できるだけ荷物を小さくまとめる必要があった。
厳選に厳選を重ねると結局本当に必要な物なんて大してない。
バッグの中身を半分ほど詰めて窓を開けて外を見た。建物と建物の隙間は狭くて光が届かいないために地面は完全には見えなかったがここが建物の4階にあたる場所だという事は忘れてはいない。
靴をカバンに入れ、隣のビルとの隙間を手と足を突っ張りながら正面玄関とは反対方向に這って向かう。その隙間は大人では狭すぎて手足を突っ張って体重を支えきれないほどの隙間で身軽なちいさな子供がギリギリできる脱出方法だった。
なんなく地上に到達するとカバンから靴を出して履き、身だしなみを整えてできるだけ塾帰りの賢そうな子供らしく見えるように歩き出した。
〈〈 次回、病院を抜け出したユリとマリ、夜の公園でどう過ごすか。またこの先、このタケシとユリとマリにどんな接点があるのか。ご期待ください。〉〉
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