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泡沫の魔術師は今日も夢を見る  作者: Smogree
第一章 幼少期
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8.事件のその後

「すみませんでした。あんなことがあった後に家まで運んでもらって」


 僕は家に着くまで泣き続けていた。泣き止んだ今、徐々に冷静さを取り戻し、今の自分の姿にとても恥ずかしくなった。

 直前まで誘拐されていて精神的に疲れているだろうシエラフェリスに背負われて、その上その背中で泣いていたのだ。僕よりも遥かに辛い思いをしているだろうに本当に申し訳ない。


「いや…大丈夫だよ。気にしないで?」


 シエラフェリスは気を遣ってか何も気にしていないという表情をした。今考えれば、普段から鍛錬を続けているシエラフェリスなら僕が助けに動かなくとも、受け身を取り無事に着地することに成功していただろう。そうなれば周りの兵士の注目が僕とシエラフェリスに集まることもなく誘拐犯を撃退できていたはずだ。

 冷静になるとそんな考えばかり浮かんでくる。

 

「本当にすみません。ありがとうございます」


 今はシエラフェリスの寛大な心に感謝しよう。いつまでも恥ずかしがっているわけにはいかない。これから父様のところへ向かわなければならないからだ。


「皆さんも今回はご迷惑をおかけしました。」


 兵士たちに感謝の言葉を告げて、僕は父様の待つ書斎へと向かった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「父様、失礼します」

「…入りなさい」


 冷たい声で返事が返ってくる。部屋に入るとそこにいつもの父の姿は無く、一家の当主としてのネベル・フォン・フィニウスの姿があった。


「今回の件、ネロはどう考えてますか?」

「…はい。正直、出過ぎた真似をしました。今回は偶々大丈夫でしたが、一つ間違えれば誰かの命を危険に晒していたかもしれません」


 今回はやり方を間違えたと思っている。最初、兵士を連れて捜索に向かうべきだったし、戦闘中に素人が下手に行動するべきではなかった。

 僕は俯き加減で返答することしか出来なかった。


「そうですね。分かっているならば大丈夫です。今回の件は流石に許すことは出来ません。君は自身の命を危険に晒したのです。それは勇敢ではなく蛮勇と言います」

「…はい」

「罰はパーティーが終わってから考えることにします。それまで反省しなさい。ただ…」


「ただ、今回は助かりました。おかげで無事にシエラフェリスを助けることができました」


 顔を上げると父はいつもの優しい表情に戻っていた。


「素早く見つけることが出来たことでシエラフェリスの精神的な負担も軽減できました。感謝します」

「はい…」


 僕は涙が流れそうになるのを我慢して父に謝罪をする。

 

「それから遅れてすみませんでした。あと少しで一生後悔してもしきれなくなるところでした」


 父は安心しきった顔で椅子にもたれかかり、完全にリラックスした様子だった。

 

「本当によかった。今後あのような無理はしないように」

「もちろんです。今回はご迷惑おかけしました」


 父からの話が終わり、僕は書斎を後にした。


「…母様、アーレ……」

 

 部屋を出るとそこには母とアーレの姿があった。


「…その、すみません。心配させてしまって…」


 僕はアーレの制止を無視して家を出ている。知らぬ間に僕がどこかへ行ってしまったことを知った母の気持ちも、独断でシエラフェリスの捜索に向かったと知った時のアーレの心情は想像に難くなかった。


 母は僕を見た途端、涙目で歩いて近づいてくる。


 …痛っ!


 僕は近づいてきた母から平手打ちを食らった。産まれてこの方、母はこの家の中の誰よりも僕を甘やかしてくれる存在だった。今まで手を上げられたことなんてない。


「母様…すみませんでした」

「……これで済んでよかったと思いなさい。ほんとに心配かけないで!」


 母は僕の肩に手を置いて真剣な表情で僕を見つめていた。母の顔はすでに涙で濡れていて僕はとてつもない罪悪感に苛まれた。

 母の言う通り、平手打ち一発で済んでよかったと思う。この頬の痛みは甘んじて受け入れようと思う。

 

「…ふう、安心したわ。罰として今日は私と一緒に寝ましょうね?」


 さっきとは打って変わって母は悪戯っ子のような不敵な笑みを浮かべていた。

 流石にもうじき10歳になるのに母と寝るのは憚られる。


「あの…母様?それだけは許してくださいませんか?」

「フフッ、もちろん冗談ですわ」


 本当に冗談だったのだろうか…母の顔からは惜しかったと言いたげな雰囲気を感じた。


「それじゃあ、アーレ。後は頼みますね?」

 

 母はアーレにいつも通り僕の世話を頼み、父の書斎へと入っていった。父はこれから今回の事件の始末を処理しなければならず、話に行った時も忙しそうにしていた。母はその手伝いへと向かったのだろう。


 アーレと二人きりになった。正直、忠告を無視したこともあって気まずい空気が流れる。


「アーレ…申し訳…」

「ネローア様…よかった、よく無事に戻られました。」


 アーレは突然僕に抱き着き、今にも泣きだしそうな声を出した。6年近くをアーレと共に過ごしてきたがこんな姿は初めて見た。

 

「ネローア様はよく無理をなさいますが、今回は許せません」


 アーレの抱きしめる強さが強くなり、どれだけ心配してくれていたのかひしひしと伝わってきた。

 

「はい…ごめんなさい」

「…大丈夫ですよ。シエラフェリスを助けてくれてありがとうございました」


 アーレは僕を離すと微笑みながらそう言った。


「僕は何もしていませんよ。お礼は兵士の皆様にお願いします」

「ふふっ、もちろん兵士の皆様にも感謝してますよ」

 

 その後はいつものように話しながら自室へと向かった。

 

 本当に皆には申し訳ないことをしたと思っている。

 実際にこういう状況になるとどれだけ大切にされているか理解できた。そしてどれだけの人を不安にさせたのかも。これ以上大切な人を傷つけるのは勘弁だ。


 本当に命があってよかった。この後悔は一生抱えて生きていこう。

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