7.その言葉は
シエラフェリスが家出?まさかそんなことないだろう
僕は急いで家を出て、様子を見に行くことにした。
家を出るとシエラフェリスの姿はなく、とりあえず家の周りを確認することにした。
まさか本当に家出したなんてことはないよな。
そんなことを考えながら家の周りを確認し、残すは裏庭だけになった。裏庭へと向かっていると風を切る音が段々近づいてくる。
「もしかして……」
家の外壁に体を隠しながら裏庭を覗き込むと、そこには木刀を振り、剣術の訓練をするシエラフェリスの姿があった。ダンスの練習の時も思ったがシエラフェリスは運動能力が高い。休憩ありとはいえ半日近く踊っても息切れ一つしていなかった。練習終わりにはいつもカイルが意味わからないという目を向けていた。
その理由がこの鍛錬にあったのだと納得した。
とりあえず家出ではなかったので安心して自室へと戻った。
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「…うーん、やっぱり早起きはいいものだな!」
今日、僕は珍しく早起きをした。理由は簡単で、昨日蔵書室で見ていた本から新しい魔法のアイデアが浮かんだからだ。今日は慣らしの日でもあるので魔力回復薬も持って蔵書室へと向かう。
何かいいことありそうな予感がする!
「…………あ…………だ」
何やら廊下が騒然としていた。何かあったのだろうか。
気になって廊下に出てみるとある声が聞こえてきた。
「シエラフェリス様がいなくなってしまった!」
え?どういうことだ。昨日の夜までは家にいたし、家出をする様子もなかった。
そんなことを考えていると焦った表情のアーレがこちらに歩いてくる。
「…あっ、アーレ!シエラフェリスがいなくなったってどういうことですか?」
「それが分からないんです。朝、部屋へ向かってみるといなくなっていました」
「昨日、僕が寝る前には裏庭で素振りをしていましたよ?」
「そうだったんですね。裏庭に木刀が落ちていたのはそういうことですか」
つまり、あの後家出をした線はなくなった。となると誘拐の可能性が高い。
それはかなりまずい。誘拐犯の目的が身代金なのか、貴族家への恨みを発散させることなのか、はたまたシエラフェリス自体なのかによってどれだけ命の安全が保障されるかが変わってくる。
「何かシエラフェリスが残したものはないんですか?」
「エラフェリス様がこれを落としていました」
黄土色の布切れを渡される。
「孤児院の子供は、奴隷商や愉快犯の手によって誘拐されることがよくあるんです。その時、誘拐されたと断定するためにこの布切れを渡されています」
「つまり誘拐でほとんど確定ということですね」
「はい、そうなります」
どうするのがいいのだろうか。僕がでしゃばるのはさらに事態を悪化させることに繋がる可能性が高い。
「父様はどう対応しているのですか?」
「家に常駐している兵を動かして全面捜索中です。ご主人様も出ています」
であるならば任せるのが一番か。病気の身で辺りを駆け回るのは混乱を与えてしまうだろう。
「そうですか、わかりました」
「ネローア様、くれぐれも捜索に行かないようにしてください。シエラフェリス様も大切ですがネローア様も同じだけ大切なのです」
「分かってるよ。その心配には及ばない」
そう言い残してアーレとは別れた。
僕は何か他に手がかりあればと思い裏庭へと足を運んだ。昨日のうちに常駐兵に気にかけておいてくれと頼んでおけばこんなことにはならなかったかもしれないのに。そんな意味もない後悔をしながら裏庭を見ると何か違和感があった。
昨日シエラフェリスが立っていた場所の魔素が異様に濃くなっていた。その奥を見ると同様に魔素が濃くなった部分が線のようになり漂っている。
この現象はこれまでにも何度も目にしていた。魔法を使用すると消費した魔力が魔素に帰る。その過程で一時的に魔素が濃い部分が出来てしまう。
つまり犯人は魔法を使って逃走し、この先には誘拐犯がいるということだ。
現在、常駐兵はほとんど出払っている。それに急がなければ 魔素が分散して見つけることが難しくなってしまう。
「行くしかないよね。汝に空を飛ぶ力を与えよ ≪浮力≫!」
僕は家を囲っている塀を飛び越えて、捜索に向かった。
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僕は≪浮力≫を使用して体への負担を軽くした状態で走り出した。それによって運動による魔力漏出量の増加をある程度軽減することができた。もちろん魔力回復促進薬を飲んでいるので自然回復量も増えている。それでもかなり不安が残る。
それに≪浮力≫の使用による魔力消費はきついものがある。かなり魔力効率のいい魔法ではあるのだが、それでも長時間の使用は自分の首を絞めてしまう。
なるべく急がないとまずいな……見つける前に僕が倒れたんじゃ本末転倒だ。
魔素の導きに従って屋根の上を走っていると、路地裏に大柄でいかにも強そうな見た目をした兵士がいた。
「ガイアスさん!ちょっと助けてください!」
ガイアスは声に反応してこちらを見ると驚いた表情で声を出した。
「ネローア様!?こんなところで何をしているのですか!」
「説明は後でします!とりあえずキャッチしてください!」
そう言って僕は魔法を解いてガイアスの胸に飛び込んだ。
「うおっと!大丈夫ですか?」
「はい!とりあえず向こうに走ってください!」
「ネローア様、ただいまシエラフェリス様の捜索中でして…」
「僕は犯人の居場所が分かります。お願いします。僕の言う場所に向かってください!」
僕は魔力回復薬を飲んで消費した魔力を回復する。ガイアスは一瞬困惑した顔をしたが僕の切羽詰まった表情を見るとすぐに走り出した。
「お前ら俺についてこい!どこに行けばよろしいのですかな?ネローア様」
「このまままっすぐです!山の裏側まで行ってください」
兵士長のガイアスは周りの兵士を先導し、僕を背負ったまま魔法を使った僕よりはるかに速いスピードで移動した。
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僕たちは誘拐犯がいるであろう山奥の小屋まで辿り着いた。
「ネローア様はここでお待ちください、危険ですので。お前はネローア様の護衛をしろ」
「もちろんです。シエラフェリスをお願いします」
「お任せください。お前たち作戦行動を開始する。俺に続け」
ガイアスたちは足音もなく、小屋に侵入することに成功する。
ガイアスは相当な腕前の大剣使いであり、王宮騎士も務めていた経歴もあるほどである。彼に任せておけば後は大丈夫だろう。
小屋の中から大きな音が鳴り響き、戦闘が始まったことが分かった。
突然、何かが崩れるような音がした。それと同時に一人の男が飛び出してくる。
その傍らにはシエラフェリスの姿があった。しかし、飛び出してきた男はフィニウス家の兵士の姿ではなかった。
「助けます」
隣に待機していた兵士がそう告げると同時に僕は魔法の詠唱を始めていた。
動き出した兵士は誘拐犯との距離を一瞬で詰める。
「流浪せし水の精霊よ、我に豊水を操る力を与えよ ≪水球≫!」
最大限に魔力を込めて威力を高めて魔法を放つ。
兵士の振るった剣戟は犯人の持つ剣によって弾き返される。
しかし、それによってがら空きとなった脇腹に放った水球が直撃した。犯人はうめき声を上げながら落下する。シエラフェリスも水球直撃と同時に犯人の手から離れ落下し始める。
シエラフェリスは状況を掴めていない様子だった。
急がなければ、そう思った。今ならできるだろうか、いややるしかないのだ。
「≪浮力≫!」
僕は詠唱を短縮し、シエラフェリスに向かって魔法をかけた。
するとシエラフェリスの落下する速度が低下し、ゆっくりと降りてくる。
「よかったです。成功して」
シエラフェリスを受け止めて一安心する。土壇場で詠唱短縮が成功してよかった。浮かばせるだけってのはかなりイメージしやすいな。
僕の腕の中ではシエラフェリスが一連の流れに困惑していた。
ふう、これで事件は解決だ。
突如、金属音が耳元で響く。それとほぼ同時に後ろで鈍い音がした。直後木々の倒れる音を耳にする。
「……ふう。ネロ、あとで話があります。」
隣には剣を抜いて静かに怒りを表す父の姿があった。後ろを振り返ると、倒れた木々と共に誘拐犯が横たわっていた。
周囲を見回して自分の状況を理解した。
父が間に合っていなければ今頃……そう考えると動悸が激しくなり、呼吸が苦しくなった。
「すみません、ネベル様。私がここまで連れてきておきながら犯人に後れを取りネローア様の命を危険に晒してしまいました」
ガイアスが父に謝罪しているのを見つけ、辛うじて正気に戻る。
「ち…違います、父様。僕の判断でここまで連れてくるようお願いしました。ガイアスさんは悪くありません」
「ネロ、少し静かにしていなさい。」
振り絞った僕の声は父の一言によって一蹴される。
「ガイアス、君の処分は後で決めます。まずは犯人を全員連行しなさい。余った兵士は奴らの根城の調査を。」
その一声で兵士は淡々と行動を開始する。
僕は何もすることができずにただ静かにへたり込むことしかできなかった。
「……はい。よく分からないけど、これ。…必要なんだよね」
顔を上げると僕の腰のポーチから魔力回復薬を取り出して差し出すシエラフェリスの姿があった。
「あ……ありがとうございます。」
僕は瓶を受け取り、残りの薬を飲み干す。自身の中に魔力が満ちていく感覚がする。それによって冷静さを取り戻してきた。自身の身に起こったことがだんだんと現実味を帯びてくる。
「はは、すみません。最後に情けない姿見せてしまって……」
情けない。調子に乗っていたのかもしれない。油断をしていたことにすら気づかなかった。アーレの制止を無視して飛び出し、無理をして、油断して、自分の命を危険に晒した。怒られるのも当然の結果である。僕は力なく笑うことしかできなかった。
「……全然…全然、情けなくなんかなかった。…その…助けてくれてありがとう」
シエラフェリスの言葉を聞くと自然と涙が出ていた。その感謝の言葉によって、助けることができた安心感が再び湧き上がり、様々な感情が綯い交ぜになってしまった。
でもその言葉一つで僕は救われたような気がした。
父に兵士に付いて先に帰りなさいと言われたが上手く立ち上がる事が出来ずにいると誰かが担ぎ上げておんぶしてくれた。
僕は家に着くまでそのまま泣き続けていた。自分よりも少し高い背丈の女の子に背負われて。