1.病と魔法
「ネローア様、朝食の用意が出来ましたよ!もうそろそろ起きてください」
「……うーん、おはようございます。アーレ」
身体を大きく伸ばしながら欠伸をする。
病気が発覚してから一年が経った。僕は日夜、魔法の研究に明け暮れていた。
「…まーたこんなに散らかしたんですか?」
アーレは呆れたような表情で辺りを見回している。
周りを見ると魔導書や病気と体質についての資料が散乱していた。
「僕も片付けたいのは山々なんだ。でも生憎、魔漏体質の不安があってね」
「都合のいい事ばかり言ってるとしばきますよ。」
アーレは怒りを含んだ笑みを浮かべている。
「すみません。」
アーレはフィニウス家のメイドであり、主にネローアの身辺の世話を担当している。
「はぁ、ネローア様、こちらへ」
鏡の前へと誘導され椅子に座るとアーレはテキパキと目の前に垂れ下がる銀色の長髪を結び始めた。
「昨日の成果はどうでしたか?」
「正直行き詰まってる。技術不足もあるけど魔法理論で苦しんでるね」
「そうですか…焦らずに頑張りましょう」
「そうだね!ありがとう!」
魔導書を読むのをやめて顔を上げると既に1本の三つ編みにされた髪が目に入った。
「今日もお揃いですね。」
「ただ結ぶだけより可愛げがあっていいんです。そんなことよりいつもの飲んでください」
赤い長髪を持つアーレは照れ隠しをするように魔力回復促進薬を差し出してきた。
「ふふ、ありがとう」
僕は薬を飲み干した。
魔漏体質による魔力漏出量は基本的に自然回復量と同じであるため問題ないが、動きが激しくなるにつれてその漏出量は増大する。
そのため増えた漏出量の分を補うために自然回復力を高める薬を飲んでいる。
「もう皆集まってるの?」
「はい。皆さんお待ちになられていますよ」
「それは申し訳ないね。少し急ごうか」
そう言って僕たちはは食事の席へと急いだ。
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「遅れてすみません。父様、母様おはようございます。カイルもおはよう」
「おはよう、ネロ。あまり無理は良くないぞ」
「ネロ、おはよう」
「おはようございます!兄さん」
食堂に入ると、父ネベルと母モーナ、そして弟カイルが出迎えられた。
「それじゃあ、皆集まったことだし朝食にしようか」
父が音頭を取って僕たちは食事を始めた。
「ネロ、最近の進捗はどうなんだい?」
「進むべき道筋は見えてきましたが、行き詰ってはいますね。今は魔法理論を学習し直しているところです」
「そうか、その調子で頑張りなさい」
「はい!すみません、負担をかけてしまって……」
フィニウス家は貴族家ではあるがそこまで強い力を持っておらず、統治領も田舎の方である。そのため魔導書や薬を買うお金も湯水のように湧き出てくるわけではない。まあ、だからこそ、ここまで自由にしていても許されているわけではあるが……
「まだまだ子供なんだ。気にすることはない」
「父様、ありがとうございます!」
「私こそ申し訳ないと思っているよ。師の一人も就けることができず…」
多くの魔術師に指導の依頼を頼んだが、難癖を付けて断られてしまった。理由は一つ、病気だ。魔法を教えるだけで死の危険がある貴族家の子供を誰が教えたがるのか。
「大丈夫ですよ。父様のせいではありませんから」
「そうか…何かあったら何でも言ってくれ」
「分かりました!またお願いしますね」
父とそんな話をしているとき、カイルが何か言いたげな様子であるのを目にした。
「カイル?どうかした?」
「兄さん!今日、魔法の研究、見に行ってもいいですか?」
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ネローアは食事を終えるとカイルと自室に戻り、研究を始めた。
「アーレ、そこの本取ってくれない?」
「これでよろしいですか?」
「大丈夫だよ、ありがとう」
カイルは魔法に興味深々であり、目を輝かせていた。カイル自身は魔法を使うことは出来ないが、定期的に研究を見に来ることがある。
「兄さん、先ほど話してた道筋というのは何なんですか?」
「要素の抽出だよ。まだできるかは分からないんだけどね…」
「要素の抽出ですか?」
「そうそう。水属性の性質だけを取り出して魔法にするんだ」
僕の水色に淡く光る左目は水属性魔法の適正を示す紋様が刻まれている。魔法を使う適正があるものにはそれぞれ産まれた時から体に紋様が刻まれている。
「えーと、例えば水のモノを浮かす性質だけを再現するみたいなことですか?」
「そういうこと。カイルは優秀だね」
「兄さんには負けますよ」
話をしながらおもむろに一冊の本を目の前に置いた。
「それは何の本ですか?」
「これは術式理論の本だけど今から読むわけじゃないよ」
カイルは少し怪訝そうな顔をして見つめてくる。これは自身の道筋を確立するための事前検証として兼ねてから準備していた。失敗すれば振り出しに戻るため、緊張が走る。
「アーレ、魔力回復薬用意しといて」
「かしこまりました」
「カイル、見ててね。今からさっき言ってたことを試すよ」
深呼吸をして気持ちを整え、本に手のひらをかざす。
「汝に空を飛ぶ力を与えん ≪浮力≫!」
僕はそう唱え、魔法を発動した。