11.君以外は
「やっぱり私の話も聞いてほしい」
シエラフェリスは気が変わったのか自身の持つ刀について話を聞いてほしいという。
「いいんですか?無理はしなくていいですよ?」
「大丈夫。ネローアになら話してもいいかなって」
「そういうことなら是非聞かせてください!」
そう伝えるとシエラフェリスは一度軽く深呼吸して気持ちを落ち着かせて話し始めた。
「あの刀はね、父さんの形見なの」
「形見ですか…」
なるほど。彼女がこの家に来た時、持ってきていたものは刀一本であった。孤児院にいるということはつまりそういうことだからな。
「そう。8歳の誕生日の次の日、朝起きたら母さんの姿も父さんの姿も無くて、この刀だけが残ってたんだ。家は少し散らかっててね、私が起きる前に急いで出ていったのかなって」
シエラフェリスは悲しそうに笑っていた。しかし、その目には滲むものがあった。
「それは…大変でしたね」
「私が産まれる前まで二人は冒険者だったんだって。きっと今もどこかで元気に旅をしてるよ」
彼女は8歳にして唯一の心の拠り所とも言える両親を失ったのだ。それも誕生日の次の日に。
思えば彼女は少なくともあの事件が起こるまでは、この家に来てからも極力人と深く関わろうとはしていなかったように思う。元から知り合いであるアーレやしつこく話しかけてくる僕やカイル以外の人とは話しているのを見たことがない。
彼女はもう一度家族を失う怖さに苛まれていたのではないか。
「捨てられたって分かってるのにね…これだけは手放せないんだ。あの日から全く進めてないよ」
「全然変じゃないです!」
そんなこと当然だ。僕だって明日の朝起きて父の剣以外何もない状態だったらいつまでも捨てられない自信がある。
「それにまだ捨てられたとは決まってません!きっと何か事情があったんですよ」
「そんなこと…あるかな」
「はい!事情が分かるまでは持っていていいんじゃないですか?それでもし本当に冒険がしたくていなくなったのなら、一緒に一発殴りましょう!」
無条件に信じることだって時には必要だ。それで心が救われるなら。それを拠り所にしたって構わないじゃないか。
「フフッ、ほんとに?」
「もちろんです!それまで必ず僕が隣にいます。約束しますよ」
僕は悪戯な笑みに少し心を奪われながらも彼女の言葉に強く肯定の意思を示した。
「約束だからね?」
「大事な妹ですから!当然です」
「ん?…妹?」
元々は結婚相手として迎え入れた相手だったが今では大事な一人の家族だ。彼女が満足するまでいつまでも心の支えになろう。
「…妹ね。私の方が年上なんだけどなー」
「…へ?年上?でもアーレは同い年って」
「今はね。あと二か月後には私、11歳だよ?」
妹だと思っていた人が実は姉だった件について。
「…それは…申し訳ないことをしました」
「ほんとにね。世話の焼ける弟だよ」
「ごめんなさい…」
「フフッ、冗談だよ!いつも通り話してよ」
すごい勘違いをしてしまって顔がとてつもなく熱い。恥ずかしさのあまり今まで通り話せそうもないのだが。
「ネローア?そろそろ中入らなくてもいいの?社交場、大事なんでしょ?」
「ああ、そうですね。行きますか」
シエラフェリスが話題を変えてくれたことで僕は正気を取り戻して何とかいつもの感じで話すことが出来た。
彼女の言う通りそろそろ中に入った方が良さそうなので扉へと向かう。しかし、シエラフェリスは一向に動く様子がなかった。
「シエラフェリス?来ないんですか?」
「あー、私はいいかな。中には私を祝ってくれる人なんていないだろうし…」
父が貴族たちに新しい家族として紹介してもシエラフェリスは来客者に祝われることはないと思っているようだ。確かに貴族たちは今の間にも様々な策略の元動いている。そんなことを言い始めたら僕への祝いだって上っ面だけだ。
僕は扉の方へと歩を進める。
「シエラフェリス、僕がいますよ。ダンス、僕と踊っていただけますか」
シエラフェリスの方へと向き直って跪き、手を差し伸べる。今度こそこの手を取ってほしいものだ。そもそも僕はダンスは踊れるのだろうか。練習はしていないし見様見真似でするしかない。
「…よろしくお願いします」
そう言って彼女は僕の手を取ってくれた。驚きと恥ずかしさが混ざったような表情をしている。
「でもダンス踊れるの?」
「情けないですがリードお願いします」
「それは分かってるよ」
「なっ!?」
僕がダンスを踊れないのがさも当然かのようにシエラフェリスは言った。その通りだが失敬なものだ。
「そうじゃなくて病気のこと!」
「ああ、一度くらい許されますよ。ここで踊らなかった方が怒られます」
「そっか!じゃあよろしくね」
中に入るとクラムが止めていた男たちからの熱い視線で迎えられた。彼らからすればお前は家族なんだから隣空けろといった感じだろうか。そんなのは関係ない。選ばれたのは僕なのだ。
そんなことを考えていると早速音楽が鳴り始める。周りで睨み続けていた男たちも方々に散ってパートナーを探し始めた。
「安心してね。ちゃんとリードするから」
「すみません。よろしくお願いします」
シエラフェリスは宣言通りダンス経験のない僕をしっかりとリードしてくれた。これは運動音痴のカイルが踊れるようになったのも納得だ。
「ねぇねぇ、ネローア」
「はい、何でしょう」
僕はダンスで精一杯な中で彼女の言葉に返答する。
「シエルって呼んでくれない?昔はそう呼ばれてたんだ」
「いいんですか?僕で」
「だからだよ」
きっと昔、家族から呼ばれていたのだろう。今日、シエルの中で何か信教の変化があったのかもしれない。シエルがひとりぼっちになった日からたった今時計の針が動き出したのかもしれない。
「そうですか。ならシエルも僕のことは親しみを込めてネロとお呼びください!」
「分かった。そうするね!」
シエルは満面の笑みでそう答えた。その笑顔に僕は一気に引き込まれてしまった。今、世界に僕とシエル、二人しかいないと思えるほどに。
そんな楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、ダンスの1ターン目が終わった。
周りの人々は次のダンスの相手を探している。僕はここで離脱なのでそそくさと部屋の端に置いてある椅子に座ろうとする。
「あの…私と踊っていただけませんか?」
丁度椅子に座ろうとしたときどこかの貴族のご息女からダンスの誘いを受けた。断るのは相手の面目を潰しかねない。政治の観点から行くなら力のないフィニウス家としては受けるべきなのだろう。ただこれ以上無理をしたくないというのも本音だ。それに…
シエルは僕と離れた瞬間、多くの男どもに囲まれている。クラムさんに助けを求めるような顔を向けているが、クラムさんもダンスの誘いを無理やり引き剝がすのは気が引けているようだ。多分。無表情だからちょっと分かりにくいが多分。
「あの…どうですかね?」
「ああ、すみません。病気のせいでこれ以上無理できないんです」
「そう、ですか。残念です」
とても残念そうな顔をされたが仕方ない。シエルは貴族社会の常識など知らないのだ。
「勇気を出していただいたのにすみません。病気が治った暁にはご一緒していただけると嬉しいです」
「はっ、はい!」
ちゃんとアフターケアも欠かさない。僕の我儘でシエルと踊り、それを見たことでダンスのお誘いを受けたのだ。それで家に迷惑をかけるわけにはいかない。悪い男にはならない。あの子が笑顔で帰ってくれてよかった。
「……」
「なんだい。カイル」
横を見るとカイルに静かに睨まれていた。
「…はあ。兄さんも大概人たらしですよね。しかも悪い方に」
「そんなことは無いよ。人聞きが悪いな。人付き合いが苦手すぎるが故さ」
「…物も言いようですね。姉さんもこれから苦労しますよ」
その言葉を聞いてシエルの方を向くと未だに囲まれていて、誰の誘いも受けていない様子だった。困り果てた様子で助けを求めるために辺りを見回しているシエルと目が合った。
大変そうだな。僕が仲裁に入るのもすごい反感を買いそうだが仕方ないと思い、立ち上がると、クラムさんがもうそろそろ潮時だなと一歩前に出て間に入ろうとしていた。しかし、シエルは周りの男にしっかりと向き直った。
「ごめんなさい。私の隣は決まってるんです」
小さくはあったが確かにそう聞こえた。




