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退屈な帰り道

 定時になると智子(ともこ)作業を中断し、結果を保存する。

 この企業と派遣会社、双方の残業認定がしぶいので、一分一秒も残業出来ないのだ。

 パソコンを終了させて閉じると、オフィスクリーナーを一枚取り出し、机上と周辺を軽く拭き取ってゴミ箱に入れる。

 正社員は定時を超えても、当然のように残業している。

 彼女は静かに会釈をして、抜けなければならない。

 立ち去ろうとした時、黒峰(くろみね)が突然振り返って智子と目が合った。

「おつかれさまでした」

 周囲の社員さんは、男女問わず何も挨拶してこないのに、彼は電話に出ているとか、特別なことがない限り、智子に挨拶をしてくるのだ。

 ランチの時に聞いた佳代(かよ)の言葉が蘇る。

『……ワンチャンあると思うけどな』

 いや、そんな、彼は育ちが良くて、性格が素直なだけ、と彼女は考えた。

 というか、思い込もうとしていた。

 LINKアプリを確認すると、今日佳代(かよ)は残業するようだ。

 智子は彼女と同じ派遣会社だが、配属された部署が違うのでこういったことがよく合った。

 一人にはもう慣れっこだ。

 薄手のコートを羽織って、オフィスを出るとエレベータ・フロアにつく。

 カゴがつくまでの間スマフォを見ていると、呼びかけられる。

笹川(ささかわ)さん」

 振り返ると、そこには黒峰が立っていた。

「えっ?」

「来週、来るよね?」

 なんのことだろう? 智子は何を訊ねられたのか、判断がつかなかった。

 考え始めた瞬間、エレベータのカゴが到着した音が鳴った。

 無言の一瞬。

 開いたカゴの中の人が、無言で『早くのれと』圧をかけてくる。

 彼の誘いだ選択肢は『行く』しかないだろう。焦った彼女はそう判断した。

「行きます」

 と答え、そのままエレベータに入る。

 乗客は苛立っていたのか既に『閉まる』ボタンが押されていて、智子の背後でギリギリのタイミングで扉がしまった。

 カゴ内の『謝れ』というような雰囲気に負けて、彼女は頭を下げた。

「……」

 そんなことより、智子の頭の中では黒峰が言った言葉が、繰り返し再生されていた。

 仕事の依頼なら、わざわざエレベータフロアまで追いかけてくることはない。

 周囲に誰もいない状態で聞き出したかったとしか思えない。

 だが、来週の約束自体何もしていない。

 今日は朝から一日中、理解できないことが度々発生して、疲れてしまった。

 帰りの電車に乗ると、たまたま座れたおかげて、うとうとと眠りかけた。

 目を閉じて、しばらくすると、夢を見ていた。

 自分ではない、凛々しい女性が金属の手すりの上にたち、口を開く。

『バカな男たち。ああいうのが、電車で隣に座った女の胸に肘を当てたり、足を広げて、太ももを擦ったり、痴漢まがいのことするのよね』

 そうね。その意見には強く賛成する。智子は思った。

 毎朝乗る電車の中で、いつも座っている女性客。

 その客の横にはいつもゴソゴソ何か動いている奇妙な男性客が乗っている。

 女性客が寝ているのを良いことに、足を擦り寄せてみたり、上着やカバンから荷物を取り出すふりをして肘を当てる。

 『痴漢だ』そう思って男性の乗客を睨むが、当の彼女は寝たままで何も反応していない。

 智子が睨んでくるのに気付いたのか、男は彼女の足を蹴ってきた。

 本人の行いが悪いから睨まれているのに、まるで自分のしていることが正しいかのような態度。

 結局、智子は男性客の嫌がらせに屈してしまった。

 悪いけど、私には助ける力がない。

 彼女は、通勤時に乗る位置を変えて、それらの行為を見ないようにした。

 目に入らないところで起こっていることは、私と無関係だ。

 つまり、智子が逃げてしまったことを、この女性はズバッと言い切ってしまった。

 もしかして同じ体験をした女性なのだろうか。

 そんな事から、智子は、この動画の女性が、自分自身のような気がしていた。

 それより来週。

 黒峰くんと、LINKの連絡先は交換していない。

 来週、何があるか確かめる手段がないのだ。

 かといって、このことを佳代に連絡するのも違うと思っていた。

 彼女がアパートに着くころ、月が遅れて上がってきた。

 ほぼ丸い月を、猫のシルエットが横切った。

「また猫?」

 嫌な予感がしながら部屋の扉を開けるが、そこに猫はいなかった。

 バッグを開くと、赤いハイヒールが入っていたし、ラックに白いドレスがかかっていた。

「……」

 猫は嘘だけど、ドレスとハイヒールは現実なの?

 智子はそう考えながら、上半身裸になってそのまま部屋着を羽織った。

 下は脱ぐだけ脱いで、冷蔵庫から缶のアルコール飲料を出すと、そのまま口に入れた。

「はー!」

 昨日のようにならないよう、気をつけよう。

 そう思いながらも、彼女は次第に気が緩んでいった。




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