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智子のルビー(仮)  作者: ゆずさくら


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30/30

死と生

 智子(ともこ)壁谷(かべや)からスマホで連絡を受けて、ベッドから起き上がった。

 壁谷から話を聞きながら、片方の手でタブレットでネットニュースを見た。女性看護師の猟奇殺人の容疑者として黒峰の名前が上がっていた。

 佳代(かよ)からも、事件のことで連絡が入っている。

 壁谷が言うには、医師の前田(まえだ)とも連絡が取れなくなっているという。もっとも、彼は完全な吸血鬼であり、日中に活動はできない。連絡が取れなくても不思議はない。

 前田は直前に黒峰に対しての手術を担当しているから、いつかは彼にも捜査の手がまわるだろう。前田としての人生を終えて、別の人物にすり替わって生きていくしかない。

「そう」

『それだけですか? ルビー様とお話しさせていただけませんか』

 銀の欠片を取り除き、完全な肉体を得ても、日中はアルバートの姿で出歩けないだろう。

 逆に黒峰の姿でうろつけば、警察に通報されてしまう。

 つまり、今は身動きが取れない状態のはずだ。

 智子は壁谷に言われたように、ルビーに体を譲ろうとした。

 その時、智子の部屋のインターホンが鳴った。

 智子はルビーの力を使って、外の様子を聞き取る。

 身につけている装具の音から、外にいる者は警察だと判断した。

 智子は無言のままスマホの通話を切り、扉に向かった。

 開けると、制服の警官とスーツの男が二人立っていた。

笹川(ささかわ)さん。笹川智子さんですね。あなたは黒峰健斗(けんと)さんとは知り合いだそうですね」

「ええ、私の派遣先の正社員の方ですね」

 令状を取って中に押し入ろうということでは無さそうだった。

「昨晩、黒峰さんの病室で殺人事件がありまして」

「ああ、ここに(かくま)っていないかと言うことでしょうか? どうぞ、中に入って、調べていただいて構いませんよ」

 スーツの男はいい終わるやいなや、滑り込むように部屋に上がって中を調べ始めた。

 もう一人の制服の警官は、扉口に立っている。

 智子は怯えたふりをして、慌ててスニーカーを履き、制服の警官の背後に回った。

 制服の警官の注意がそれた瞬間、智子は走った。

「あっ、君!」

 制服の警官が気づいた時、智子は警官から遠く離れた場所に逃げ去っていた。



 智子は壁谷とスマホで連絡を取り合いながら、ある場所に向かっていた。

 駅で落ち合い、二人はあるテナントビルの前に立った。

「ここなの?」

「逃げ込むとしたら、ここでしょう」

 警察に追われている彼が、逃げるとしたらここしかないということか。

「ちょっと待って。黒峰(かれ)はなんでバンバイア・ハンターであるこのダンピールのいる事務所に逃げ込んだの? もしかして、彼がダンピールに我々の居場所を教えていたの?」

「今までの状況から考えて、バンパイア・ハンターに情報を流してたのは黒峰だと思われます」

 智子と彼女の中のルビーは、ビルを睨みつけるように見つめる。

「けど、何のために私たちの情報を売ったの? 最終的に黒峰(かれ)も最終的に吸血鬼になったのに」

「そこまでは……」

 彼の中のアルバートが今までと同じようにルビー愛しているなら、ルビーが憑依している智子を傷つける事はないだろう。

「警察につけられていないわよね」

「確認しましょう」

 壁谷はそう言うと智子の近くを離れ、姿を消した。

 智子は壁谷からのメッセージの通りに動くと、しばらくしてメッセージが来た。

 智子たちは問題のビルに入って行った。

 奥のエレベータにつくと、壁谷が立っていた。

「大丈夫。尾行されてはいないようです」

「乗り込んで、どういうつもりで事件を起こしたのか黒峰(かれ)を問いただしましょう」

「くれぐれもダンピールには注意してください」

 四階に上がる。暗い廊下を進んでいくと、扉があった。

 扉にはSM探偵事務所と書いてある。

 智子の体が、次第にルビーに変化していく。

 完全にルビーの姿に変化しすると、扉に近づいた。

 扉のレバーを押し下げると、ゆっくりと扉を押し開けていく。

 ダンビールが持っている『銛』が飛んでくることを警戒し、首を振り隙間から見える範囲を確認する。

 ルビーは牽制しながら、勢いよく部屋に入った。

 扉のクローザーの力で、扉はしまっていく。

 簡単なカウンターが壁となって部屋の奥は見えない。

 合図をすると、壁谷が扉を開けて入ってくる。

「避けて!」

 大きな体の壁谷は肩幅も広く、扉の枠にかすってしまった。

 一瞬の隙をついて飛んできた銛が、扉に弾かれて床に落ちた。

 倒れるようにして避けた壁谷が、ゆっくりと姿勢を整える。

「……」

 ルビーはカウンターを横に移動しながら、言った。

「ここに黒峰がいるわね」

 広い部屋ではない。机か、ソファーのかげに隠れているとしか思えない。

「隠れているダンピールさん。私はあなたを殺そうと言うわけではないの」

 黒峰とダンピール。

 二人分の血の気配は感じている。

 が、声が返ってこない。

「黒峰はアルバートよ。私の仲間なの。味方だと思っている男に、背後を取られているわけ。あなたは、ここでやりあっても勝てないわよ」

 ルビーの中で智子が表に浮かんでくる。

「黒峰くん、どうして看護師を殺したの?」

 顔も体もルビーだ。だから声はルビーのものだ。

 だが、ソファーの裏から声が返ってきた。

「あれは俺じゃない。俺を狙ったノクター家の刺客が()ったんだ」

 それはアルバートの声ではなく、黒峰のものだった。

「じゃあ、その刺客を()ったのは誰?」

「アルバートだ」

「黒峰くんはどこにいたの? 何故看護師が殺されるまで何もしなかったの?」

 ルビーは瞳に涙を溜めていたが、その感情が何故起こるものなのか理解できなかった。

「君だって、殺して来ただろう」

「殺していないわ」

 ルビーは即答する。

「じゃあ、佳代(かよ)さんの部屋で、僕は死にかけた」

「あ、あれは……」

「まあ、それはいい。人は(・・・)殺してないとしよう。じゃあ、智子さん、君は生きていく上で何も殺していないと言うのか? 肉も魚も何も口にしていないと言うのか?」

 ルビーは智子の苛立ちを感じた。

「話がずれているわ、黒峰くん。あなた、アルバートが憑依するはずだった黒崎(くろさき)という男の人を知っているでしょう?」

「……さあ」

「とぼけてもダメよ。警察があなたを容疑者として追っていたわ」

 ガタッ、と机の後ろで音がする。

 場所的にダンピールがいる方だ。

「じゃあ、聞くわ。何故、クリムゾン・ヴェインの店主を、そこにいるダンピールに襲わせたの?」

 ルビーは立ち上がった。

 銛が打ち込まれると思っていたが、何も動きはなかった。

「黒崎と黒峰。似ているわよね。そのせいでバーの店主は、アルバートに送る血のサンプルを送り間違えた」

 ルビーの声を使って、智子が話し続ける。

「何故あなたは、アルバートに憑依して欲しかったの?」

「何のことだ?」

「黒崎を殺したことを調べられないようにバーの店主を殺す。アルバートが誰に憑依するのか不安だったから、動物園にここにいるダンピールを呼びつけ、自分が傷を受けることでアルバートの憑依さきを自分自身に確定させた。ルビーたちの目論みでは、初めから黒峰くんに表示させるつもりだったから、あなたはただ病室で寝ていればよかったのに、わざわざダンピールに連絡し、前田の車に強引に乗り込んできた」

 ルビーはソファーの方へ近づいていく。

「何故アルバートを自らに誘導しようとしたの? そして、何故、私の血をあの店主へ送ったの? もうあの店主が持っていた血のリストはわかっているの」

「……」

 一拍、溜めてから、口を開いた。

「コピー紙で指を切った時、私の血を、真っ白いガーゼで拭き取った。あれはあなたが狙っていたからなんだわ。最初から血を取ろうとしていなければ、出来ない行動だった」

 黒峰の呼吸が聞こえるようになっていた。

「さあ、隠れていないで立ち上がりなさい」

 ソファーが押され、黒い影が立ち上がった。

 影が形をなしてくると、それは黒峰の姿になった。

「智子さん。君ばっかり『ルビー』の影に隠れてそんなことを言ってずるいじゃないか」

「吸血鬼の力が欲しかったの?」

「……何もわかってくれてないんだな」

 黒峰は、乱暴に自らの髪をかき上げた。

 そしてルビーを指さした。

「そうだよ。智子さんの言った通り。俺はネットでルビーとアルバートが『ロミオとジュリエット』のように死んだふりをして極東の地で生まれ変わる計画を知った。そのためにこの地で血を探していることも。俺はそういう運命の女性と結ばれることが羨ましかった。だから俺も『好きな女性』と間接的に結ばれようとした」

 ルビーは鼓動が早まるのを感じた。

 これが智子の気持ちなのだろうか。まさか、その『好きな女性』が智子(ともこ)だとでもいうのか。

「どういう意味か、わかるだろう? 智子。頼む。俺の目の前に出て来てくれ」

 ファミレスでの行為がそれだったのか。

 ロミオをジュリエットがうまく言ったパターンの話、それを実現したかったのか。

 ルビーの頬を、涙が伝って落ちた。

 こんなにまっすぐ求めて来た男は、ただ傲慢で目的の為なら殺人も厭わない、最低の人間だった。

 ルビーはさらに一歩、黒峰に近づいた。

 互いの拳が互いの体を貫ける位置だ。

「お願いだ、智子。俺の前に姿を現してくれ」

『ダメよ、智子』

 二人は心の中で通じ合っていた。

 ルビーは黒峰の頭に右手を伸ばしていく。

 黒峰も同じようにルビーの顔を引き寄せるかのように手が伸びていった。

 顔を近づけ、目を閉じ、唇を近づける。

 黒峰は、薄目を開けて、ルビーの顔を確認した。

 涙が流れるその顔が、智子の顔になっていく。

()ね!」

 智子の顔は、一瞬でルビーのものに戻る。

 黒峰の両手によって潰されたルビー顔は、破裂した風船のように辺りに血肉を撒き散らした。

「……」

 黒峰は自分のしたことが、間に合っていないことを認識していた。

 そして今から起こることを覚悟した。

 頭のないルビーの手と手が、強く彼の頭を押さえつけていく。

 吹き飛んだはずのルビーの顔は、首元から再生を始めている。

 彼女(ルビー)の顔が完全に元に戻った瞬間。

 黒峰(かれ)の頭は、ルビーにしたのと同じように破裂した。

 潰れかけ、砕かれる直前、黒峰はルビーの顔に、一瞬『智子』の面影を見た。

 黒峰の頭が死んだ。

 これはつまり、人の形が壊れ、完全なる吸血鬼への移行を意味する。

「おい、他人(ひと)の事務所で何してくれんだ」

 ダンピールが血で汚れた事務所を見て言った。

 ダンピールは壁谷に羽交い締めされている。

 特殊能力はダンピールの方が上だが、壁谷の体格と鍛えた体がダンピールである彼の力を、個体差で上回っていた。

「あなたは殺さないでおいてあげる」

「今の頭の潰し合いで、何が起こったのか、説明しろよ」

 頭が吹き飛んだ黒峰の体に、首元から頭が再生されてくる。

 そこに戻ってくるのは黒峰の顔ではなく、アルバート・ノクターのものだった。

 碧い夜空の星をたたえたような瞳。

 頭が戻ると同時に、体も一回り、二回り大きくなっていた。

「人間としての彼を殺したの」

「人間の顔をしていた時に、頭を壊したというだけじゃないか」

 ダンピールの後ろから、壁谷が付け加える。

「そこが重要なんだよ。体には吸血鬼が憑依している。じゃあ、心が残っているのはどうしてか? 脳が生きているからなんだ。再生する力は吸血鬼の力だから、再生された脳は吸血鬼のものになる訳さ」

「なんか、わかったような、分からないような……」

 アルバートはルビーの体を引き寄せた。

 ルビーの顔が、アルバートの方へ近づいていく。

 夜空の星のような瞳を、うっとりと見つめるルビー。

 アルバートはルビーを見つめながら、顔を寄せていく。

 重なっていく唇。

 抱き寄せる腕、触れている全身で彼女を受け止め、互いの体を感じ合っている。

「やっと戻ってこれた」

 言葉はいらないとばかりに、ルビーは唇を求めた。



 数日後。

 SM探偵事務所に、荷物が届けられた。

 ダンピールが扉を開けて対応する。

「ここにサインを」

 配送業者は、扉を開けない受取人に首を傾げる。

「ここで失礼しますけど……」

 荷物を一緒に運んできたのであろう助手も、その長くて、大きな荷物を見つめている。

「ええ、すぐに部屋に入れますから問題ないですよ」

「お一人でですか?」

「手伝ってくれる人はいます。大丈夫ですから」

 配送業者は『帰ろう』というニュアンスの仕草をすると、階段を降りていった。

 壁谷とダンピールはその大きな荷物を部屋に引き入れる。

 梱包をとくと、なかから立派な(ひつぎ)が出てきた。

「こんなものを買うなんて、変人に思われただろうな」

 と、ダンピールが言った。

「これで脱出したら二度と会うことはないんだから何も心配いらないわ」

 ルビーはそう言うと、アルバートを手招きした。

「しばらくはこの(ベッド)の中ね」

 アルバートは棺の蓋を開けた。

 綺麗なビロードが張られている。ビロードの布の内側には、それなりのクッションが入っていて、触れて確かめた感触は悪くなさそうだった。

 蓋の縁を指でなぞり、確かめる。仕上がりの精度が良く、光が入ったら困るという点も十分にクリアしている。

「再会したばかりだというのに別れるのは寂しいよ」

「大丈夫、私たちの人生からすればあっという間よ」

 アルバートは棺に入っていった。

 ルビーは彼に口付けをすると、壁谷と一緒に蓋を閉め釘を打った。

 それが終わると何やら、壁谷がスマホで通話している。

 スマホを切ると、言った。

「車の用意ができました」

 ルビーは立ち上がった。

「ダンピールさん。短い間だけどお世話になったわね。二度と会いたくないわ」

「こちらこそ」

 事務所の扉を開けると、壁谷が片手で棺を外に出した。

 壁谷と棺が見えなくなると、最後にルビーが扉の外で笑った。

 ダンピールである冴島(さえじま)もその笑顔につられて微笑みそうになるほど、純粋で美しいものだった。

 扉が閉じると、ルビーは智子の姿に変わった。

 外に待たせていたタクシーに棺を載せ、壁谷が乗ると、車高がグッと沈んだ。

 最後に智子が乗り込み、行き先を告げた。

「えっ! 遠距離とは聞いていたけど……」

 智子はタクシー運転手のそれには反応しなかった。

 まだ高い日差しの中、タクシーが高速道路に入った。

 流れていく外の風景を眺めながら、智子は様々なことを思い出した。

 通勤電車、事務処理、住んでいた小さな部屋の小さなベッド。

 もう元には戻れない。

 ため息をつくように口を開くと、最後に全てに別れを告げる。

「さようなら。小さな私と小さな世界」

 小さな声は、窓ガラスを抜けて都心に消えていく。

 三人を乗せたタクシーは、北の方角へと走り去っていった。






おしまい




最後まで読んでいただきありがとうございます。

お手隙でしたら、評価いただけると幸いです。


ちょっと別のところにも書いていたのですが、この小説は、あるアルバムを聴きながら話を書いていました。


そして、この小説のアイディアも Tommy hevenly6 のアルバム TOMMY ICE CREAM HEVEN FOEVER の中のお気に入り楽曲を聴きながら思いつたものです。


なので主役は「智子」さんにしています。


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