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智子のルビー(仮)  作者: ゆずさくら


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29/30

手の者

 前田(まえだ)歴彦(つぐひこ)は手術室を手配した。

 患者の容体(ようだい)が変わった為に、緊急で手術を行うことになったからだ。

 容体が変わったのは『黒峰(くろみね)』だった。

 実際、容体は変わっていないが患者の『痛み』と言う、計器で測れないものを理由にしたのだ。

 そもそもかなり難しい手術を、緊急で手配すると相当の人間が配置される。

 麻酔科の医師や手術室看護師などを臨時で招集し、それらの人間を長時間拘束する訳だ。

 黒峰はこの前田に直接払う金だけでなく、これら手術に必要な代金全てを払うことになる。ハートリッジ家の執事へ依頼は、この金額も含めてのものだった。

 手術が始まると、前田は医師の顔になった。

 医療器具を駆使して『聖杯の銀』をつかみ取るのであれば、吸血鬼である前田であっても影響は受けない。

 長時間にわたる手術であっても、吸血鬼の血が流れている黒峰が耐えられることはわかっている。

 意識の中でそれがある為、通常は慎重になるところを、大胆に行うことができた。

 手術は順調に進んでいき、そして終わった。

「……」

 黒峰は手術室を出た時には麻酔が切れ、目を開いていた。

「誰かくる」

 黒峰の声を聞いた看護師は慌てる。

「黒峰さん、落ち着いて。心配ないですから。まだ喋ったり、起きたりしないでください。あなたは手術が終わったばかりなんですよ」

 回復室に移し、しばらく術後に起こるトラブルがないか様子を見ていた。

 一時間ほどすると、黒峰はようやく彼の個室へ移動した。

 いつもより、モニタリングする機器が沢山つけられてはいたが、黒峰はようやく一人になることができた。

 彼は状態を起こした。

「くる……」

 吸血鬼の気配だ。

 体の中の銀が抜け、アルバートが完全に復活できるのなら、ノクター家は何も用事はないはずだ。

 体の中に残っていた『聖杯の銀』が抜けたことで、アルバートが黒峰に話しかけてきた。

『考えられることとしては、そもそも俺を殺そうとしていた可能性があるな』

「どういうことだ? ノクター家は人間(おれ)が邪魔だから、人の体を壊して(アルバート)がこの体を支配することを望んでいたのではないのか?」

『そう言う意見の者もいただろうが、ノクター家は大きい。一枚岩ではない』

 ルビーだではなく、アルバートがハートリッジと繋がることを恐れる連中がいると言うことか。

 黒峰はそう考えた。

「警戒はしよう」

 人間だけの時にはなかった、不思議な感覚やってくる。

 沸騰するような、怒りの感覚。

『どうやら強い吸血鬼のようだ』

「やり合った場合、勝てるのか?」

『俺に任せろ、と言いたいところだが……』

 アルバートは言い淀む。

 黒峰は考える。手術後に輸血は受けているとはいえ、かなり失血している。

 この体で吸血鬼本来の力が発揮できるとは思えない。

「血がいる、と言うことか」

『そうだ』

 黒峰は躊躇なくナースコールをする。

『黒峰さん、どうかなさいましたか?』

「誰か一人、部屋に来てもらえませんか?」

『体調に関することですか? 先生をお呼びした方がいいですか?』

 余計な質問をしてくる。黒峰は言った。

「先生は大丈夫なんですが、その説明しにくいことなので来ていただけると助かります」

『……わかりました』

 看護師はそういうと通話を切った。

 部屋のインターホンが操作される。

「どうぞ」

 扉が開いて、女性の看護師が入ってくる。

「明かりをつけないで」

 黒峰はそう言うと、手招きした。

 彼はベッドの上で上体を起こし、近づいてきた看護師に(すが)るように抱きつく。

 看護師は抵抗するでも、慌てるわけでもなく冷静に対応する。

「どうしましたか? 先生を呼びますか?」

「違うんだ…… こうしていたいんだ」

 襟元を広げ、アルバートの顔になった黒峰が、看護師の首元に噛み付く。

 声も出せないまま、看護師の意識はなくなり、体は脱力していく。

 黒峰はまるで血を絞り出すかのように、看護師の体を強く抱きしめる。

『おい! 彼女が死んでしまうぞ』

「ここで躊躇して、俺が死んだらも元も子もない」

『……お前、本当に人間なのか?』

 黒峰は答えぬまま、淡々と血を(すす)っていた。



 静かになった病室の扉が開いた。

 大きなシルエットが、真っ暗な病室に入っていく。

 毛布を顔までかけ、ベッドに横たわっている人物の顔が見えない。

 病室に入ってきた影は、右手の指をまっすぐに伸ばし、それを寝ているものに向けて振り上げた。

 シルエットと身のこなしから、その者がもつ強靭な体と卓越した能力がわかる。

 一瞬の間ののち、ベッドに寝ている者の胸と思われる部分へ指先が突き込まれた。

「!」

 指先はベッドで寝ていた者の背骨を折って、体を突き抜けていた。

 抜いた指を目の前に掲げると、その影は言った。

「違う」

「その通りだ」

 背後に、深く碧い瞳が現れた。その瞳は夜空の星をたたえているようだ。

 それは吸血鬼、アルバート・ノクターだった。

「俺はもうアルバートに戻ったぞ」

「そ、そうだったのか。先に言ってくれれば」

「もし俺がそこで寝ていたら、その全力の突きの意味はなんだ?」

 ベッド横にいる者は舌打ちした。

「いや、本当に誤解だ」

 アルバートは返事をする代わりに、拳を打ち込んでいた。

「なっ……」

「この場で灰になれ。哀れなノクター家の刺客!」

 右拳は、相手の胸を突き出ていた。その先にはその者の心臓が握られている。

「!」

 男の顔は恐怖に歪んでいた。

 握りつぶされた心臓が血飛沫をあげると、その者の体は、細かく分解されていく。

 広がっていく粒子は、一つ一つ、さらに小さくなって消えていった。

 アルバートはベッドの横に進むと、顔を覆っていた毛布を外した。

 そこには黒峰の呼び出しに応じてやってきた看護師がいた。

 彼女はベッドの上で、目を見開いている。

 アルバートは彼女の瞼に触れると、そっと閉じた。

 指で触れながら、苦痛に歪んだ表情を、可能な限り整える。

『何をしている。早く逃げよう』

「この者を利用する意味はあったのか」

 アルバートは死んだ看護師を見つめていた。

『奴の背後をとって、一撃で倒せたのはこの作戦があったからだろうが』

 アルバートは恐ろしくなった。

「背後を取らずとも戦えた。その前に、必要以上に血も奪った」

『ノクター家の刺客が、強力な吸血鬼だと言ったのはお前だ』

「……臆病なのだな」

 言葉に反応して、血が騒ぐのがわかる。

 黒峰が一番言われたくない表現を選んでしまったようだった。

『うるさい! 早くここを出るぞ!』

 アルバートは窓を開けると、そのまま外に飛び降りた。




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