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智子のルビー(仮)  作者: ゆずさくら


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黒峰の選択

 夜の病室に、医師が入ってくる。

 普通のことのように思えるが、病室で寝ている患者は吸血鬼になりかけている。そしてその患者を訪ねてきた医者も吸血鬼だとしたら、普通の話では済まされない。

 二人は部屋の明かりを付けないまま、薄明かりの中で会話をしている。

 医師が言った。

「……君の胸を貫いて、その破片を取り去ってしまうのが手っ取り早い」

 人である黒峰を殺して、アルバートが完全に支配することができる。

「ノクター家はそう考えているということか」

 患者は黒峰(くろみね)健斗(けんと)という。

「僕もそれが出来たらどれだけ簡単かと思うよ。手術でそれを取り除くのは困難を極めるからな」

 医師は前田(まえだ)歴彦(つぐひこ)という。

「胸を貫かれたら俺は死んでしまう。そんなこと、やらせる訳ないだろう」

「マックムール家はそれほど血の拘束力が強くないから、人数も集まらないだろうが、ノクター家ともなれば、大勢の吸血鬼が同時に襲ってくる。そうなったらとてもじゃないが、一人では抵抗出来ないさ」

 ハートリッジ家も、ルビーと智子(ともこ)の共存関係を良しとしなければ、同じように体を殺してしまえば完全に支配ができる。

「つまり、ノクター家が決断する前に、俺自身が選択しなければならいということか」

「そうだ。手術を決断した場合、執刀するのは僕しかいないが……」

 この手術は普通の医者にとっては、リスクばかり高くてメリットがない。

 前田なら彼が最悪、吸血鬼として生き返る前提で手術が出来る。

「俺を生かすも殺すも君の腕次第ということになるのか」

「体内に残ったものが『聖杯の銀』でなければなんてことはない話だ、君の中のアルバートが素手で取り去ってしまえばいいのだから」

 黒峰は悩む。

 どこまでこの前田という男を信じていいのか。

 俺を殺す目的なら、俺を暗殺しようとして他の吸血鬼に金を積むより、この前田を買収(ばいしゅう)した方が簡単で確実に俺を殺せるだろう。

 前田が手術の直前、こちらが依頼したより大きな金額を積まれて心変わりしたら……

「もし、僕の裏切りが怖いのなら……」

 前田は白衣の内ポケットから古びた紙を取り出した。

「魔法を掛けた紙を使って契約するしかないが」

「デメリットは?」

「さら費用がかかることだ。同じ費用であれば、契約違反の際の罰則の強さと、契約期間は反比例する。罰則を強くすれば、手術が終わる前に契約が切れてしまうし、弱くすれば僕が裏切ってしまう可能性もある」

 さらに前田(こいつ)に金が入るだけで、メリットがないように思える。

「手術の引き伸ばしをされたらどれだけ金額を掛けても……」

「それは契約条項に書けばいいだけだ。手術がこの時間内に終わらねば、罰則を適用する、などと入れればいい」

 流暢に説明されればされるほど、黒峰からは怪しく思えてしまう。

「不測の事態で時間がかかった場合は?」

「僕が罰則を受けるだけだ」

「罰則が発動されたら、手術は行われない?」

 正しい契約を組み立てる間に、ノクター家が決断し襲ってきそうだ。

「罰則によっては、僕自身がこの世にいなくなることもあるからな。その時はそうなるだろう」

 リアルな契約書なら、司法書士に見てもらえばいいかもしれないが、これは魔法の契約書だ。ルビーのハートリッジ家に相談するくらいしか解決方法が思い浮かばない。

「命に関わるものだ。しっかり考えてから答えを出せ」

 黒峰は頷いた。

 前田は静かに病室を出て行った。

 智子とルビーの関係とは違い、黒峰とアルバートは同じ体にいるのに、ろくに会話ができていない。

 それは体に残った『聖杯』の欠片のせいだった。

 アリバートが体を使おうとすると、どうしても聖杯の影響を受けてしまう。

 極端な話、欠片が足さきにあって、使おうとするのが脳であってもだ。

 アルバートが、黒峰と共存したいのかしたくないのかもわからない。

 もし変に欠片を取り去ってしまって、アルバートとの力関係が崩れてあっという間に体を支配されてしまうかもしれない。

 このままでいるリスクと、手術を受けた場合のリスク。

 どちらが良いのか、結果が同じとしても、どちらなら自分らしくいられるだろうか。

 黒峰は考える。

 智子のこと、ルビーのこと、アルバートのこと。そして、自分のこと。

 なぜこんな状況に至ったのか、そしてこの後どうしたいのか。

 ベッドから立ち上がると、薄暗い病室の中で鏡を見た。

 吸血鬼になれば、この鏡に映る自分は二度と見ることは出来ない。

 鏡の自分に問いかけ、頷いた。

 吸血鬼的に弱いこの体では、智子とルビーに迷惑をかけてしまう。

 費用がかかったとしても前田の手術を受けるしかない。

 万一のこともあるから、正しい契約をしなければならない。

 とにかく、智子に自分の選択を伝えよう。

 スマホでメッセージの文面を考えた。

 幾度も書き直し、書き上げて送った時には夜明けになっていた。

 黒峰はベッドに戻り、寝てしまった。


 昼になると、黒峰のもとにハートリッジの執事がやって来た。

「智子、というかルビーは?」

「別の用事があって、今日は来られないということです。どのみち法的な話なので、ルビー様には関係のないことですし……」

 黒峰は執事から契約について説明を受けた。

 契約に使う魔法の力と、その相場も知った。

 アルバートの立場的にノクター家を頼るわけにはいかず、前田に払う費用はハートリッジ家から出すことも承諾を得た。

 執事が全体の流れを確認し、疑問点があれば質問するように言った。

 黒峰は疑問点はないと答えた。

「黒峰様。こちらか質問をして良いでしょうか? この契約とは全く関係ない話になりますが」

 構わない、と黒峰がいう。

「ドリュー…… 失礼。東町(ヒガシマチ)輝彦(てるひこ)という男です。この男に血を売った覚えはありますか?」

 黒峰は不審な目で執事を見た。

「血を売る? 俺が?」

 執事の壁谷(かべや)はサングラスをしていて、視線や表情がわかりにくかった。

「黒峰様が知らない人間だとしたら、その者が、どこからか血を入手したことは考えられます。献血とかの経験はございますか?」

「……それなら何度か」

 壁谷は笑った。

「なるほど。それであれば、そこで血と情報を盗まれたのでしょうね」

「……」

「先ほどの名前の者は、血のコレクターのようです。ルビー様、アルバート様が血を買い入れたのも、この者からでした」

 黒峰は疑いの目で執事を睨みつけた。

「待て、その者と俺が関係していたとしたら、どうなんだ?」

「特にどうということはありません。知ってたかどうかが知りたいだけです」

 壁谷のサングラスがずれて、直接目を合わせた瞬間、二人の間に緊張が走った。

 壁谷は(おもむろ)にサングラスの位置を戻した。

 黒峰は睨んだまま言う。

「ここに警察が来た」

 壁谷は何も答えない。

「お前がタレ込んだのか?」

「何かやましいことでもありましたか」

「……」

 壁谷は突然頭を下げた。

「この辺で失礼いたします。手術は急いだほうがよろしいでしょう。可能ならば今晩にでも。ノクター家の動きが把握できていませんが、すでにこの国に手の者を送り込んだという噂です。お気をつけて」

 黒峰は出ていく壁谷を睨み続けていた。




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