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智子のルビー(仮)  作者: ゆずさくら


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22/30

疑念

 壁谷(かべや)仁左衛門(にざえもん)は、智子がいたレストランで三時間もの間、食事をし続けていた。

 彼はハートリッジ家の眷属(けんぞく)だが、吸血鬼ではない。吸血鬼なら、いくら食事しても意味はない。消化はするかもしれないが、栄養にはならないし、何より味を感じないからだ。

 とはいえ、彼も眷属であり、彼の数パーセントは常時、吸血鬼なのだ。

 智子や、黒峰とは違い、彼は吸血鬼と同じで味を感じることがない。が、人の体の為、食事から栄養を吸収することはできる。

 血を吸わない吸血鬼もどきである彼が、力を発揮するためには自らの身体で十分に活動用の『血』を作らねばならない。つまり、たくさん食べるしか方法がなかった。一回の食事に数万使う、効率の悪い血液製造システムを動かしているようなものなのだ。

 智子が騒い出て行った後だった為、当初、壁谷に対する店員の態度は悪かったが、注文する食事の量の多さで店主は笑顔になっていた。

 染谷は、テーブルナプキンで口元を拭くと、店員を呼ぶ。

「チェックを」

 彼は現金で払い、お釣りはチップだと言って店を出た。

 彼はルビーが言ったことを思い出していた。

『なぜこうなるの? 何故アルバートは何一つ上手くいかないの?』

 カッとなって殺したことが誰かに誘導されたとは思えないが、憑依する前に血の所有者(オーナー)が死んでいたり、憑依しようとしている時にダンピールに狙われたり、憑依した男の体内に『聖杯』の欠片が残ってしまったりすることが、全て偶然で片付けるのも変な気がしてくる。

 何者かの、意図的な誘導があったと考えてもおかしくない。

 それは誰か?

 ハートリッジ家に金を要求しているフィオン・マックムールが関わっているとしたら、どうだろう。

 最初の憑依に失敗したことで、ルビー様は彼を頼らざるを得なくなったわけだ。

 今回行った儀式も、彼以外に情報を持っている者がいるはずがないのだ。

 黒峰の血を持ってルビー様が儀式していたのだから、本人をわざわざ動物園に連れ出す必要はなかった。

 結果として、ダンピールの放った銛を体に受けたことだって、彼がダンピールと結託して黒峰を狙って銛を投げさせた可能性だってある。

「そうまでして金が必要な理由があるのか?」

 壁谷はまずフィオン・マックムール、つまり人としての名前である前田(まえだ)歴彦(つぐひこ)の状況を調べることから始めよう、そう考えた。

 奴に借金や、何か金が必要な問題を抱えているのなら、それだけで動機は十分だと言える。なにしろ、今起こってる事をやれる立場にあるのが彼だからだ。

 あとは、最初に憑依させる計画がどこからバレたのかを調べれば良い。

 壁谷は前田が務める病院に着くと、素早く動いて警備の目をかいくぐり院内に侵入した。

 女性の看護師に呼び止められると、壁谷は看護師に左の手のひらを見せ、術をかけた。

「私の質問に答えろ」

 虚な目になった女性看護師は、ゆっくりと頷いた。

「前田医師の事を教えろ」

『夜間帯だけ専門に働くなんて、偉いと思います』

 壁谷は様々質問を変えてみる。

 だが、聞いても聞いても、出てくるのは尊敬と感謝の言葉だった。

「何か奴の悪いところはないのか?」

『女の人が大好きなところでしょうか』

「それで失敗していないか? 借金したり、慰謝料を求められたり』

 女性の看護師は、首を横に振る。

『付き合った女性(ひと)は皆、前田医師の事を悪く言ったりしませんよ。その時、その時、真剣に好きだからだと思います』

「もういい」

 壁谷は、院内を調べて周ったが、借金したり人間関係で揉めていると言ったことは出てこなかった。

 諦めて病院を出ると、彼はネットに情報を求めた。

 前田の写真などは様々出てくるが、吸血鬼を隠して生活しているためか、目立ったりすることや、派手なことは一切ない。

 探しても探してもそれらしい情報がないということは、アルバートを窮地に追い込んでいるのが前田だという前提そのものが間違いということになる。

 前田でないとすると誰なのか。

 この件で得をするものが一人としていない。

 ハートリッジ家でルビーがノクター家と繋がるのを嫌っている誰か、あるいは逆にノクター家でアルバートを疎ましく思っている誰か。

 壁谷は借りている事務所兼自宅の一室から外を眺める。

 眺めは最悪だ。隣のテナントビルの、ミラーコートされたガラス窓が見えるだけ。

 アルバートをけし掛けて、吸血鬼殺しをさせることは、他の誰にも出来ないだろう。

 だとすると、問題の始まりはアルバートが当初、憑依するはずの男が、儀式の前に死んでいたこと、になる。

 なぜ死んだのか。男の死因を調べれば何か浮かび上がって来るものがあるに違いない。

 彼はソファーに戻り、タブレットを手に取ると男の名を検索した。

 黒崎(くろさき)健太(けんた)

 ネット検索で簡単に引っ掛けることができた。

 あまりに簡単に引っかかると、罠かと思って疑ってしまうが、内容を確認するとソースは新聞社であり、信頼できそうだった。

『風呂場で自殺か』

 睡眠薬、水を張った風呂。そこで手首を切って失血死したようだった。

 だが遺書は見つかっていない。

 壁谷は本人の情報を得るため、様々な検索ワードを追加してみる。

 黒崎はネットに嘘情報を書き込んで炎上し、本人特定をされてしまうことがあった。それも、一度ではなく、アカウントを作り直し、同じような事を二度三度繰り返していたようだ。

 総合すると、いわゆる『こどおじ』と呼ばれるタイプの人物像が浮かび上がった。

「アルバート様は、なぜ、この者に取り憑こうと思ったのか?」

 そもそもそこから疑問が湧く。

 だが、この血を送って、儀式をした時にはすでに灰になっていたわけだ。

 当時、ルビー様は私ではなく、ハートリッジにもノクターにも属さない吸血鬼と連絡をとっていた。

 資料を探して、確認するとそれはドリュー・ナイトスカイという吸血鬼だった。

 フィオン・マックムールが前田と名乗るように、この男も、顔つき、名前等この国に馴染むように変えている。

東町(ヒガシマチ)輝彦(てるひこ)

 読み上げながら名前をコピーし、ネット検索する。

 個人情報の扱いは厳しいのだが、商売を行なっているものはどうしてもネットに名前が晒されて場合がある。

 彼もその一人のようだった。

 繁華街の地下でバーを営んでいる関係で、バーの住所と名前が紐づいて表示されているサイトが表示された。周辺の地図を見ると、その通りを歩いたことを壁谷は思い出した。

 繁華街にある大きなビルの谷間で、壁谷がその通りを歩くと、いつもどこからか吸血鬼の血の気配を感じていた。

「あれは、こいつの血だったのか」

 とにかく黒崎が本当に自殺かを確定しよう。と壁谷は思う。他殺だとして、殺した者が吸血鬼なら、現場に行けば、まだギリギリ血の気配を感じることができるかもしれない。

 タブレットを帆布のトートバッグに突っ込むと、汚れたヨロヨロの白衣を着た大男は事務所を出て行った。

 壁谷の身長が高すぎるため、頭を下げながら地下鉄に乗ると、周囲の緊張感を感じた。

 彼が乗ると、かなり車両が揺れるので、その点も周囲の妙な緊張感を高める原因だった。

 彼にとってはいつもの反応ではあるが、壁谷に乗ってこられた乗客にとっては頻繁にある出来事ではない。

 水たまりに落ちた水滴が波紋を広げるように周囲の人間が引く。

 戸口近くだと迷惑になるので、猫背の姿勢のまま座席の中央付近まで移動する。

 目的の駅まで黙って目を閉じておく。

 音声で、到着駅を知ると、ゆっくりと戸口に近づく。

 彼は扉が閉まる駅におりた。

 走って乗ってこようとするポニーテールの学生が、壁谷の大きさに驚いて、足を止める。

「駆け込みは危ないよ」

 学生は強張った顔のまま、無言で頭を下げる。

 壁谷の外見を見て恐ろしい印象を持ってしまったのだろう。

 駅を出て、黒崎の自宅まで地上を歩く。

 道が狭く、高い建物が建てられない地域らしく、都心にしては珍しく一軒家が続いていた。

 黒崎と書かれた表札を見つけ、足を止める。

「……」

 この時点では全く吸血鬼の気配は感じない。

 そのままインターホンを押し、警察だと嘘をつく。

 インターホン越しに聞こえる声が小さくなった。

 慌てて扉の鍵を開ける音が聞こえる。

「な、中に入ってください」

 母親が周囲を気にして、扉の中に入るようにいう。

 壁谷の体の大きさは戸口に収まりきらない。

「すみません、警察が何度も来るのは周りの目があるので……」

 彼は左手をその母親の額に当てた。そのまま吸血鬼の力を使って、警察だと思い込ませる。

「警察が何度も来ているのか?」

 壁谷が言うと、母親はゆっくり頷く。

『私は最初から息子は自殺するような子じゃないって言ってたのに……』

「警察の捜査が、途中で変わった?」

『知らなかったんですが、ネットの書き込みで裁判沙汰になっていたみたいで』

 それだけで他殺と決めつけるのも変だ。何かもっと確実な証拠を見つけたのかもしれない。

警察(そいつら)はどこを調べている?」

 母親は部屋の中を指して、言う。

『風呂場のマットとか、廊下に残っていた土をとって調べている』

「見せろ」

 壁谷は部屋に上がり込み、健太が死んでいた風呂場を見た。

 ここは吸血鬼の気配は全くない。

 人間同士で争って殺し合ったのであれば、わかる訳もなかった。

「……」

 さらに母親に訊ねる。

「警察がしつこく聞いてくる名前はないか?」

 母親は首を横に振る。

『ただ、血を売ったことについては理由を何度も聞かれた』

「なぜだ」

『知らない。これは息子じゃないとわからない話だから』

 壁谷は、スマホに保存していた前田の写真を見せた。

「知っているか?」

『知らない。見せられたこともない』

 そうだろう。もし前田が来たのなら、その気配ぐらい感じ取ることができそうなものだ。

 と言うことは、警察が探している容疑者は『人』だ。

 人間がなぜアルバートの憑依先を殺しておかなければならないのか。

 壁谷の疑問は大きくなるばかりだった。




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