表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/30

重い日

 布団の中に入っている、その自分の体に違和感がある。

 一つは、下着をつけていないことだった。

 普段は部屋着を着て寝るため、なぜ裸で寝たのか不思議に思っていた。

 もう一つは、強い疲労と、激しい筋肉痛があることだった。

 体の痛みで、起きるのにいつもより余計に時間がかかった。

「いたた……」

 裸で寝たのは酔った勢いとかが考えられるが、疲労と筋肉痛については、思い返すが要因が全くない。

 慌てて、血が漏れていないかベッドを確認する。

 まるで突然、一番重い日が来たような感じなのだ。

 酷い頭痛もあり、頭を振ると、部屋の床に見知らぬ白いドレスが脱ぎ捨ててあるのに気づく。

「?」

 申し訳程度のキッチンと、ベッドがほとんどを占めるリビングから構成される、シンプルな部屋にその白いドレスは豪華すぎて異質だった。

 そもそも、智子はそんなドレスを持っていないハズなのだ。

 よろよろと立ち上がると、ドレスをラックに吊るし、頭痛薬を探した。

 薬を持ってキッチンで水を汲むと、二錠まとめて口に入れ飲み干した。

 さらに水を足して、もう一杯を飲み干す。

 小さなテーブルに残されたお酒の缶はいつもと一緒で、一つしかない。

 こんなに強い渇きがくるほど飲んでいないはずなのに…… 智子は首を傾げた。

 ただ一つだけ覚えていることがある。

 昨日、家に戻ってきた時、部屋に白い猫がいたのだ。

 ここは小さなアパートで、設備も整っていない。当然ペットも禁止だ。

 窓も扉も閉まっていて、野良猫が入り込む隙間はない。

 手を伸ばすと、その猫は部屋を走り回り、そして消えてしまった。

『幻覚? 疲れているんだわ』

 智子は酔って忘れようとした。だから、いつもより飲むペースは早かったかもしれない。

 だとしてもドレスの理由にはならないし、筋肉痛の理由にもならない。

 すると、ベッドでスマホのアラームが鳴る。

 アラームがなる前に目が覚めていたのだ、と思うと少し悔しくなった。

 スマホを手に取り、アラームを止める。

 智子はなぜか気にかかっていて、そのままスマホの写真を開いた。

「!」

 撮った記憶のない動画がある。

 タップして再生する。 

 高いビルから、繁華街の通りを映している。

 下には見上げている人々がいて、映像を進めると突然声を上げた。

 知らない女性の声が、近くから聞こえてくる。

「バカな男たち。ああいうのが、電車で隣に座った女の胸に肘を当てたり、足を広げて、太ももを擦ったり、痴漢まがいのことするのよね」

 知らない(・・・・)女性の声?

 映像に撮影している者の足元が映る。どうやら撮影者はビルの屋上、細い金属の手すりの上を、赤いハイヒールで歩いている。

「……こんな映像、撮ったの誰?」

 普通に考えれば自分で撮ったことになるが、そんな記憶はない。

 スマホを誰かに渡して撮ってもらった? 送られてきた動画を保存した? どういう手段で記録されたにせよ、この映像に関しての記憶が一切ないのだ。

 スマホが再びアラーム音を鳴らす。

 智子は自らの頬を叩いた。

「とにかく会社よ」

 歯を磨き、ファンデーション、コンシーラー、グロスをつけて、マスクをつける。

 オフィスカジュアルに着替え、薄手のコートを羽織る。

 ラックの中で、異彩を放つ白いドレス。

 智子は思う。

 どう考えても買ってないし、こんなの着る機会がない。

 ……動画の中で映っていた裾は、このドレスだった。

 考えている時間はない。

 アパートを出て、駅に急ぐ。

 駅に着くとホームを移動して、いつもの列に並ぶ。

 互いに名前も知らないが、毎日この時間の同じ電車に乗ってくる乗客たち。

 変わり映えのない通勤風景。

 繰り返される退屈な光景に、嫌気と安らぎを同時に感じていた。

 いつもなら、ショート動画を見続けるのだが、今日の智子は、自らのスマホに残された動画を繰り返し見て過ごした。

 いくら見ても記憶は蘇ってこない。

 目的の駅で降り、会社へ行く道を歩きながら、ふと道の先に交番があるのに気づく。

 本当に普段、何も意識することがない交番だ。だが、今日はそこにいる警察官が、自分を見ているような気がしてしまう。

 スマホにあった動画の中で、女性が警察官の頭を蹴っている場面があった。

 それって『公務執行妨害』で十分犯罪なのではないか。

 全く記憶がないため、智子は『自分がやった』とは思っていなかったが、加担したとか、何かそういったことで目をつけられていたらどうしよう、そんな漠然とした不安な気持ちを抱いた。

 一方的に意識したまま、歩き続ける。

 そして何事もなく交番の前を通り過ぎた…… はずだった。

 智子は後ろから声をかけられた。

「は、はいっ!」

 彼女はそう答えると、緊張からか背筋が伸びてしまった。

 ゆっくりと振り返ると、そこには制服の警官が立っていた。

「これ、落されましたよ」

 警官の手には赤いハイヒールが握られている。

「あ、あの、私はやってません」

 違う、私の靴ではありません、と言うべきだ。

 警官は微笑んでいる。

「落とされるのを見たので間違いないかと」

 警官の手の先、目線の方向に気付き、自分のバッグを見る。

 智子のトートバッグから、もう片方の赤いハイヒールが飛び出していた。

「……あ、ありがとうございます」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ