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智子のルビー(仮)  作者: ゆずさくら


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16/30

ダンピール

 都心ではあるが、交通の便が悪い場所にある五階建てのテナントビル。

 半端な四階の日の当たらない部屋。

 扉にはSM探偵事務所と書いてある。

 SM探偵でもいるのかと思うが、部屋の中、テーブルに張り付いている一枚の名刺を見るとその意味がわかる。

 名刺には『冴島(さえじま)雅人(まさと)探偵事務所』と書かれている。SMはそれを略したもののようだ。

 そのテーブルに、汚い厚底靴の踵が乱暴に置かれた。

 男は椅子にそっくり返って座り、携帯で通話している。

 事務所に事務テーブルは一つ。

 あとは応接用と思われた。

 つまり、この男が冴島雅人だろう。

『……では、早速来て欲しい』

「どの程度人を殺した吸血鬼がいるっていうんだ?」

『この前、お前が偶然傷つけたルビー・ハートリッジだ』

 咥えたタバコから、自然と灰が落ちる。

「覚えてねぇな。その吸血鬼、どれくらい人を殺した?」

『数え切れない。いいから、早く来い』

「この事務所は寄付でもっている。あなた様の寄付は本当に助かっているんだ。それは確かさ。けど、なんつーかあんまり頻繁に指示(・・)しねぇでくれるかな。こっちにも計画ってものが……」

 タバコを吐くように口から飛ばして、落ちたものを踏みつけて消す。

『さらに寄付が欲しいということなら、今すぐ入金してやる』

「いや、いいんだけどさ。俺はあんたの正体を知りたいんだ。なぜそんなに吸血鬼の居場所を知っている。俺が思うに、あんた自身が吸血鬼なんじゃないか? そして仲間を売っている。違うか?」

 相手の笑い声が聞こえる。

『ダンピールくんはそう推理するわけだ』

「おい、俺をバカにするなら仕事は受けないぜ」

『では、バンパイア・ハーフと呼ぶべきだったか?』

 同じ意味だ。どうもこいつの言い方が気に入らない。

「うるさい。どうせ俺には吸血鬼の力なんてほぼないんだからな」

『そんなに自分のことを卑下するものじゃない。君がこの国で唯一で随一(ずいいつ)のバンパイア・ハンターなんだからな』

 またこれだ。一人なのだから随一になるのは当然なのだ。

 とにかくバカにしたような雰囲気が喋りから漏れ出ている。

 冴島は電話を切った。

 テーブルにスマホを投げ出すと、タバコを取り出して火をつけた。

 この事務所の唯一いいところは紙タバコがOKであることだ。

 すると、また電話がかかってきた。

 音と共に、バイブレータでテーブルの上をズルズル移動していく。

 冴島は、鳴り止むまで電話に出ずに待ってみる。

 すると、スマホの振動が止まった。

 止まった後、通知が表示される。

「……」

 入金の通知だった。

 今月、来月と、何も働かなくても暮らせる額。

 誰がなんの目的で金を入れてきたとしても、この金額に応えないわけにはいかない。

 冴島はそう考えた。

 再びスマホが鳴ると、通話に切り替える。

『とにかく来てくれ。早くしないと間に合わない』

「……わかった」

 通話を切ると、冴島はタバコを咥えたまま部屋の隅に立てかけてあるゴルフバッグを二つ肩にかけた。

 非常階段に出ると、踊り場から踊り場に飛び降りる。

 向きを変えると、同じように階段を省略して踊り場に落ちる。

 汚い厚底に詰まった汚れが、踊り場に残されていく。

 降りきって非常階段を抜けると、タバコを携帯灰皿に突っ込む。

 冴島が通りに出ると、手を挙げてタクシーを止めた。二つのゴルフバッグを積んだ後、客席に冴島が乗ると、車のサスペンションが大きく沈む。

「……」

 確かに冴島の体格は大きいが、車がこれほどの沈むものかと運転手は首を傾げる。

「どちらまで」

 ルームミラーに映る冴島が『薄い』気がして、運転手は直接振り返る。

「動物園だ。急いで欲しい」

「……この時間だとどれだけ急いでも閉まって」

 言葉を遮るように言う。

「そういう意味じゃない。とにかく動物園に向かってくれ」

 運転手はこれ以上関わらない方がいい、と判断したのか黙って車を発車させた。

 冴島は窓の外に流れる風景を見ている。

 吸血鬼と人間の子として生まれ、ここまで育ったのは奇跡だと言われた。

 大抵の吸血鬼はヨーロッパに偏在している。

 極東のこの国は、吸血鬼にとって宗教上、最も安全な国だった。

 一つは、人々の信仰心が薄いことだ。

 信仰心が強い地域では、吸血鬼かどうか、普段の生活の中で人々の信仰心で見破られてしまう。

 この国では、不注意に十字架に触れてしまうことも、偶然通りかかった教会で聖水を浴びる事もない。

 宗教団体の力も強くないため、組織的に探し出されたり追い詰めたりしない。

 二つ目はヨーロッパの著名な宗教家がやってこない事だ。

 一つ目の話とも繋がるが、信仰心の薄い国で活動しても信徒を増やせないから、やってこない。そういう著名な宗教家も来ず、存在自体が希少なら聖域に踏み入れたり、聖なるものに触れたりする機会も当然減る。

 そういったことから、吸血鬼の死に直結するものが限りなく少ないわけで、とても安全な国と言えた。

 冴島は思う。

 元々この国の生まれだった母は、なぜかヨーロッパ旅行中に吸血鬼と行為をしてまった。そこで妊娠した母は、一人この極東の国に戻ってきて俺を産んだ。

 小さい時から、自分の体の異常さには気づいていた。

 中学の身体測定の日に、母が休めと言った。

 その時は、なぜなのか理由がわからなかったが、後でその理由が俺が『ダンピール』つまり、バンパイア・ハーフだからだと教えられた。

 高校を卒業すると、それまで存在した全ての人間関係を、俺は捨てた。

 自暴自棄になった時期を経て、やがて俺はバンパイア・ハーフとして人類に貢献できることを考え始めた。

 それが『バンパイアハンター』だった。

 幸いZ世代の俺にとって、ハンターとしての知識を集めることは容易かった。

 裏サイトには『ウソの吸血鬼』の情報も多かったが、『真実の吸血鬼』に関する情報もあった。

 海外のサイトから聖杯の銀を入手して、吸血鬼殺しの『(もり)』を作った。

 ダンピールの俺は、聖杯に触れれば、それが本物なのか、偽物なのか、体で感じることができた。

 価格が高いものの方が、偽物が多い事も学んだ。

 本物は宗教家が所有していることが多く、宗教家は人を欺こうとしないので、正当な値段をつけるからだ。

 初めて殺した吸血鬼は、この国を旅行で訪問したようだった。

 思い出そうとして、彼は首を横に振り、額に指を当てるとやめてしまった。

 まるで心の成長が止まっているかのように恥ずかしいためだ。

 一方、体の異常さは高校を卒業しても、引き続き拡大していた。

 今では、タクシーの運転手がすぐ気づくほど体重は重く、ルームミラーに映る影はより薄くなっている。

 それだけ体が重くても足は早いし、傷の回復は早い。

 どれも本物の吸血鬼の能力(スペック)には到底及ばないのだが……

 彼は何気なく外を見た。

 そこにある看板を見ると、目的の動物園が近づいていることに気がついた。




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