アルバート・ノクターとルビー・ハートリッジ
アルバート・ノクターは死んでいる。
死につつあるというべきだろうか。
彼もルビーと同じく吸血鬼である。吸血鬼は不老・不死と思われているが、実際にはそうでもない。寿命が非常に長いだけで、最後は細胞が維持できなくなって死ぬ。
だが、そうは言っても本来なら彼はまだ若く、死にゆく年齢でも体でもない。
ではなぜ彼は『死につつある』のか。
これには訳があった。
ルビー・ハートリッジとアルバート・ノクターは愛し合っている。
普通に二人は結ばれない。なぜなら、各々家の問題が立ちはだかったからだ。
ルビーのハートリッジ家とノクター家は昔から因縁深い関係で、互いに吸血鬼社会の覇権を争い、対立していたのだ。
ある時、アルバートはハートリッジの吸血鬼に、親友を殺されてしまう。だが、彼もただ殺された訳ではない。ノクター家の者である彼が、無断でハートリッジのテリトリーを犯していたのだ。
だが、親友を殺され逆上したアルバートは、彼の罪を棚に上げ、親友を殺した相手を殺してしまった。
決闘を申し込んだわけでも、何もない。
正当な理由なく吸血鬼殺しをしたアルバートは、掟を破った罪で追放されてしまう。
アルバートの家族も、そんなことがあってからルビーを逆恨みして殺そうと企む者も出てきた。
家同士の緊張感がこれまでにないほど高まってしまい、このままでは何もかもダメになってしまうと考えた二人は、ある計画を立てる。
アルバートとルビーは一度死に、別の肉体で復活しようというのだ。
ルビーはドレスの中に隠していた小瓶を取り出して見せる。
「これがその秘薬!?」
アルバートはそれを手に取り、夜空にかざすようにして、瓶を振って中の液体を確認する。
液体には夜空の星に加え、彼の瞳の中の星が映り込む。
「こっちが、アルバートの薬よ」
「聖水。これを飲めば……」
アルバートの表情が固く、緊張したものに変わる。
「吸血鬼の肉体は滅んでしまう」
「依代となる者は?」
「遥か遠い国に生きる者よ」
コウモリを使って、東の果ての遠い国から人間の一部、つまり血液を運んできた。
その血に復活呪文をかけ、聖水に混ぜることで、肉体が滅んだ後、血の所有者に憑依することができるのだ。
書に記述があるだけで、本当にそれを行なった者はいない。
記述の通りに復活できなかったら……
ルビーは震えた。
「怖いわ」
アルバートはこれを実行するしかないと、決意していた。
彼は少しでも彼女の気を紛らわせようとした。
「ちょっと東の国へ新婚旅行に出かけると考えれば」
「……」
ルビーは頷いた。
二人はそれぞれの秘薬を手に取って別れた。
家同士の争いをやめさせて、各々が死んだと思わせる為、ルビーはノクター家の屋敷の前で、アルバートはハートリッジ家の庭先で、この秘薬である聖水を飲むことになった。
相手の家族の前で、毒を飲み干した。
サラサラとこぼれる砂となって、ルビーの、アルバートの肉体が、それぞれ滅んでいった。
そこまでは良かった。
二人は智子が暮らす極東の国で復活し、互いの家の争い事とは無縁の地で幸せに暮らせる…… はずだった。
ルビーは智子の体の中で、夢を見た。
アルバートは夢の中で、ルビーに告げる。
『僕はどうやら憑依できていない』
アルバートが得た情報によると、彼の依代は交通事故に遭い、アルバートが死んだ時点で『灰に』なっていたのだ。
それが、彼がこの世とあの世を彷徨いながら得た情報だった。
そして、今も依代に取り憑くことができないまま、アルバートの魂はあの世とこの世の間を彷徨っている。
今は彷徨っていられるが、この状態には時間的な限界がある。急がねば、彼の精神は行き場を失い、あの世へ行くことになる、つまり死んでしまう。
同じ秘薬を使おうにも、肉体のない彼は薬が飲めない。
彷徨う彼の魂を新しい依代に導く方法がわかれば、彼を復活させることができる。
だが異国で、憑依した状態のルビー一人ではどうしようもなかった。
敵対する吸血鬼ではなく、味方になってくれる吸血鬼に出会ったルビーは、藁をも掴む気持ちで言った。
「一つ相談があるの」
「いきなりなんだい」
ルビーは小さい声で言った。
「アルバート・ノクターを地上に復活させたいの。何か方法を知らない?」
「……まさか。彼はまだ意識があるのかい」
ルビーは小さく頷いた。
ルビーはスマホを彼に向け、録画中であることを見せた。
彼は急に小さい声になった。
「ああ、憑依させることが可能なことは知っている。やり方が記された書も持っている」
たまたま黒峰を診察した医師で吸血鬼の前田歴彦、吸血鬼の名で言うところのフィオン・マックムールが、その術を知っているというのだ。
「で、依代はどうする」
「彼がいいわ」
「確かに最適な人物だな。後で検査ということで、血をとろう。その血があれば……」
ルビーとフィオンの二人は、アルバートの依代としてある人物を選んだのだった。
「今、この場で行うのは問題がある。数日検査入院させよう」
ルビーは静かに頷いた。




