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自殺騒ぎ



途中、『聖杯』と言う表現が出てきますが、これは聖遺物としてのものではなく、キリスト教の儀式で用いたものというだけ意味に受け取ってください。




 満月がまだ建物の屋上から抜け出たあたりで、まださして遅くない夜。

 繁華街の通りに面したビルの前に、満月の魔力が呼び寄せたのか、サイレンを鳴らしたパトカーと消防車と救急車が集まってきていた。

 通りには大勢の野次馬たちが集まり、十階建てのビルの屋上を指さし、見上げていていた。

 野次馬たちの視線の先には、白いドレスを着た女性が立っていた。

 何を期待して見ているのか。

 心配して? それともどうやってこの騒ぎが治るかが知りたいとか。

 噴き上がる風でドレスの長い裾が大きく持ち上がると、男の野次馬たちが声を上げる。

 ……この距離で、何が見えるわけでもないのに。

 通報を受けた警察がビルの屋上に着くと、オーナーが扉の鍵を開けた。

 ここで疑問が生じる。

 今鍵が開いたとするなら、では、その屋上に立っている女性はどうやって屋上に入ったのだろう。

 その時点では、誰もそんなことを考える余裕はなかった。

 屋上にでた警察は、女性が立っている手すりへと近づいていく。

 よく見ると、屋上の縁に立っているのではなく、女性は細いパイプで出来た手すりの上に、ハイヒールで立っていた。

 警官たちは、女性の容姿を見て息をのむ。

 透き通るような白い肌。

 異人のような西洋風の顔立ち。

 輝くような赤い瞳。

 それだけではない、彼女は何か人を惹きつける特別なオーラを発しているかのようだった。

 吸い寄せられるように、惹きつけられるように見つめたその唇が、開くと、言葉が発せられた。

「あなたたち、警察ね? 私に何の用なの? 私、別に悪いことしてないわよ。風景を眺めているだけ」

 彼女は自らが何をしているのかわかっていないようだった。

 自殺未遂だと言う通報を聞いてきた警察は、彼女の様子に戸惑った。

「危険だから、こっちに降りてきなさい」

「危険? あなたたち何も分かってないのね。ここから帰るのが一番近いのよ」

 女性は片足をあげて、通りに踏み出そうとした。

 赤いハイヒールが月明かりで光った。

 同時に白いドレスが風で持ち上がる。

「あ、ありえない……」

 警察官の一人が言った。

「何よ。文句あるの?」

「とにかく危ないから降りて。まだ人生は長い。辛いことがあって取り返せるさ」

 別の警察官は、首を振った。

 そして小声で伝える。

「ドラックか何かをやっているとしか思えない、あのバランスで手すりに立つことなんて」

「バカな警察。こんなことができる薬を作れたら人類はもっと平和になってる」

「と、とにかく」

「近づかないで!」

 警察の動きが止まった。

「私、これから下にいるバカな男どもが歓声を上げるのを、動画に撮ってネットにあげるんだから」

 女性はスマホを取り出して、通りに向けて撮影を始める。

 そして一方の手で、ドレスの裾を持ち上げた。

「おお!!」

「バカな男たち。ああいうのが、電車で隣に座った女の胸に肘を当てたり、足を広げて、太ももを擦ったり、痴漢まがいのことするのよね」

 女性は細い手すりの上でターンする。

「こら! そこの警察の人」

 女性は、そう言うと、取り押さえようとした警察官の頭に足を乗せた。

「あなたも下の連中と同じだね」

 言った瞬間、警察官の頭を蹴り出した。

 警官は、女性の足を掴むことすら出来ずに後ろに倒れてしまう。

 ビル下の通りで掛け声と共に複数の隊員が展開されると、救助用の送付式エアマットが広がった。

「あそこに飛び降りろってことかしら?」

 女性はそう言うと、再び足を通りの方へあげ、踏み出すような真似をした。

「おい、やめろ、やめろ!」

「けど、あそこに降りたら捕まえるつもりでしょ? 私は家に帰りたいの」

 言い終えると、女性は手すりの上を走り出した。

 端に到達すると、隣のビルの屋上に向かってジャンプした。

「嘘だ!」

 勢いよく跳ね上がると、隣のビルの屋上に着地した。

「わ、ワンフロア分はあるぞ……」

「そうじゃない、手すりの上を助走するの使って」

 警察官が見つめる中、女性は隣のビルの屋上から顔を出すと、手を振った。

「さようなら。もう二度と追いかけてこないで」

 女性はそう言うと、また別の方角へ走っていってしまった。

 警察は散開して、彼女の行方を追う。

 念のため隣のビルの屋上も捜索するが、彼女も、遺留品も見つけられなかった。

 消防と救急車は、片付けに入り、それぞれ別件の現場へ移動していく。

 野次馬たちも、始めのうち追いかける者がいたが、次第に姿を見失い、数分も経たないうちにいなくなった。

 同様に、警察も彼女の行方を見失ってしまう。

 騒ぎになった最初の屋上には、遺留品などもなく、地区交番の警官に事の顛末をまとめさせることにし、他地区の警官は持ち場に帰っていった。

 深夜近くまでパトカーが巡回したが、その日警察は二度と彼女を見つけることはなかった。




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