6. 王太子の心変わり
(……くだらない。……馬鹿馬鹿しい……)
呆然としたまま王宮に戻り王太子妃の私室に帰った私は、疲れ果ててベッドに横たわっていた。起き上がる気力が湧かない。
あんなにも熱烈に言い寄ってきて、イレーヌ嬢を深く傷付け、カニンガム公爵家とランチェスター公爵家の婚姻を台無しにし、王家に多額の損害を出してまで私を強引に妻に迎えたラフィム殿下。
それでも私は運命を受け入れ、王太子妃としての責務を全うしようと心に決めた。そしてラフィム殿下を愛し、生涯おそばで支えていこうと。
始まりこそこんな形ではあったけれど、これから先長い時間をかけて夫婦二人の絆を築き上げていくのだと思っていた。殿下もきっと同じ思いを持ってくれているのだと。
それなのに。
(……強引な結婚から、たった数年。新しい美女が現れたらあっさりとそちらに目移りして、簡単に愛を囁いていた。あの人は)
私たちの結婚は一体何だったのか。こんな虚しい話があるだろうか。あの軽薄な人に振り回されて、心底馬鹿馬鹿しくてならない。
(ああ……。嫌いになってしまいそう……)
あの人を恨み、憎んでしまいそうだ。こんなことになるのなら、私のことは最初から放っておいてほしかった。こんな簡単に心変わりするのなら。
私は枕に顔を伏せ、深く溜息をついた。
(……ここでへこんでいてはダメ。しっかりしなくちゃ。私は王太子妃なのだから……)
どうにか気持ちを整えようと、私は重い上体をゆっくりと起こして瞳を閉じ、ベッドに腰かけたまま深呼吸をする。
「…………。」
……もういい。考えるのは止めよう。ここであの人を恨んでも、運命を呪っても、何も変わらないのだから。
殿方がよその女性に浮ついた気持ちを向けるのは、太古の昔からいくらでもあること。どこの国でも、いつの時代でも、女は皆悩まされてきたのだ。
私だけが、特別苦しいわけじゃない。
たとえラフィム殿下がこれから何人の女性に心を移したとしても、この国の王太子妃は私以外にはいない。あんな殿下を支え、至らない部分を補佐していくのもまた私だけに課せられた役目。どうにもならないことでくよくよしている暇があったら、他国の歴史書の一つでも読もう。
(私は、ここで頑張ると決めたのだから)
これ以上考えていたら、自分が惨めで涙が出そうだ。もう考えない。前を向かなくては。
いつかラフィム殿下も歳を重ねて落ち着く日が来る。その時におそばに寄り添っているのは、私のはず。人生が終わる時、頑張って生きてきてよかったと思いたい。
いつかはラフィム殿下も変わってくださる。きっと。今はまだ若く、本能的にも周りに目がいってしまうだけ。
大したことじゃない。
私だけじゃない。
私は何度も深呼吸を繰り返しながら、日が暮れるまでそうして自分に言い聞かせ続けた。




