4. 運命を受け入れる
異例の短い婚約期間を経て、私は王家に嫁ぎ、ラフィム王太子の妻となった。
「お前に悪い虫がついては困るからね。俺が無理を押して在学中に結婚するように仕向けたのさ。ふ……、ようやくお前を得た、ステファニー。これでもう、俺だけのものだ」
王宮内の、王太子殿下の私室。革張りのソファーに足を開いてゆったりと座る殿下の腕の中に、私はいた。後ろから私の腰に腕を回して抱き寄せながら、私の耳に唇を押し当てる。
「今後は俺のことだけを考えるんだ、ステファニー。俺だけを見て、俺だけのために尽くせ。……お前の身も、心も、全て俺のものだ。……いいな」
押し当てられた唇から囁かれるその言葉はまるで呪詛のように聞こえたけれど、私に拒否権などあるはずもなかった。
「……承知いたしました、殿下」
私の返事に満足したのか、殿下はふ、と笑みを漏らし、その長い指に私の髪を巻き付けて弄んでいた。
この結婚のために、イレーヌ嬢とロドニー侯爵家が犠牲となった。あちら側には何の落ち度もない身勝手な婚約破棄であったために、王家はロドニー侯爵家に莫大な慰謝料を支払った。しかしそんなことは深く傷付いたイレーヌ嬢にとって何の慰めにもならないだろう。
数ヶ月後、イレーヌ嬢は他国の貴族家の子息と結婚の話がまとまり、学園を辞めて旅立ってしまった。もうこの国にいたくないというイレーヌ嬢の強い希望だったそうだ。
和解などできるはずもなく、私は永久に大切な友を失ってしまったのだ。ロドニー侯爵家からも、どれほど恨まれていることだろう。
望まぬ結婚を強いられ大切なものを失った私もまた、しばらくの間ひどく落ち込んでいた。だけど時が経つにつれ徐々に立ち直り、自分の気持ちを奮い立たせようと努力しはじめた。
ラフィム王太子殿下と私の結婚のために、王家も多大な損失を被っているのだ。落ち込んでばかりで何の仕事もできないようでは、王太子妃失格だ。
こうなった以上、もう現実は変えられない。私も前を向いて運命を受け入れるしかないんだ。どんなに後ろを振り返ったところで、私はもうここで生きていくしかないのだから。それならば、私にできることを精一杯やるだけだ。
私にできること。それは早々に妃教育を終了し、公務に邁進すること。ラフィム殿下と夫婦として心を通わせあい、あの方を公私共に支えていくこと。
迷いや未練を振り切るように、私は一心不乱に勉強した。幸いにも公爵家の一人娘として幼少期から様々な学問を学んできていた私は、この大陸で使用されている様々な言語をすでに習得していたし、近隣の諸外国の文化やマナー、歴史についてもある程度の知識はあった。それらを再度細かいところまで深く学び直しながら、王家の人間としての心構えや立ち居振る舞い、これから行う外交などの様々な公務についても覚えていった。
苦手意識のあったラフィム殿下とも、少しずつ心の距離を縮めていった。好きになろう、好きでいようと、殿下の良いところに目を向ける努力をした。
爽やかで人好きのする美しい外見は、民の心を掴み魅了している。移り気で飽きっぽいところはあるけれど、好奇心旺盛で、まるで少年のような無邪気さも垣間見え、それが魅力でもある。
勉強嫌いで我が儘なところは、私がしっかりとサポートしていかなくてはならない。望めば何でも手に入る環境で育ってきたためか、一度欲しいと思ったものは必ず手に入れなければ納得しない。
(……私のことも、こんな感覚でいたのかしらね……)
だがこの執念深さはある意味人の上に立つ者として、好ましいのかもしれない。簡単には折れない心の強さが、内政や外交においては有利に働く……かもしれない。
(うーん……。ともかく私がしっかりと殿下をお支えしていかなければ…)
私は殿下と共に学園に通いながら妃教育にも邁進し、忙しく日々を過ごしていった。
そして私たちが学園を卒業する一年前に、彼女が─────タニヤ・アルドリッジ伯爵令嬢が入学してきたのだった。