最終話. それから
「男の子ならギャビンかオリバーがいいって言ってるのよ。女の子ならカリスタかロゼッタですって。どう思う?」
「ふふ、どれも素敵よ。楽しみだわ。早く会いたいな」
今にも生まれそうなほど大きくなったイレーヌのお腹を撫でながら、私は赤ん坊との対面に思いを馳せていた。グレン様とイレーヌの子だもの。きっととても可愛い赤ん坊が生まれることだろう。
「ついに行ってしまうのかぁ。新婚旅行から帰ってきた時には君のお腹も大きくなっていたりしてね」
イレーヌの夫となったグレン様は彼女を見守るように隣に寄り添いながら、そんな軽口を叩く。
「まさか。ふふ。行ってしまうといっても、ほんのひと月足らずのことですわ。マルセル様はこれからどんどん忙しくなるし、帰ってきたらこんな息抜きも当分お預けよ。でもあなたたちの赤ちゃんはもう生まれてきているのでしょうね」
「ええ!楽しみにしていてね。ちゃんと無事に帰ってきてよ」
「大丈夫よ。前にも行ったところなんだし。それに今回はマルセル様がついていてくれるから」
「まぁ、ステファニーったら……。幸せいっぱいね」
「あなたもね」
そう言い合って私たちはクスクス笑う。
ラフィム国王とタニヤ王妃はクーデターの末処刑され、混乱を極めた国内情勢は徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。もちろん横暴な税率は真っ先に元に戻された。
新国王に就任したランチェスター公爵は多忙を極めており、私たちだけ優雅に新婚旅行なんて申し訳なかったけれど、大丈夫だから行っておいでとのお言葉に甘えてお忍びでクレアルーダ王国に行かせてもらえることになった。お忍びと言っても仰々しいほどに護衛や侍女たちがついてきているので、とても忍んではいない気がするけれど。
「お待たせしてごめんなさい!あなた」
「大丈夫だよ。もう出発の挨拶は済んだの?」
「ええ。イレーヌのお腹とても大きくなっていたわ。明日にも産まれそうよ」
「はは。楽しみだね」
馬車の中で待っていてくれたマルセル様が優しく微笑んでそう言った。
ゆっくりと馬車が動き出し、ロドニー侯爵邸が遠ざかっていく。
「……僕たちの子どもにはいつ会えるだろうね」
「……。……えっ?!」
ふいにマルセル様にそんなことを言われて思わず変な声を上げてしまう。
「そっ……そうですわね……ええ」
……なんだか妙に照れる。
「きっと君に似てとても可愛い子だろうな。楽しみだよ」
「あ、あなた……」
隣に座ってこちらを見つめるマルセル様がそっと私の手を握る。私もその温かい手を握り返し、幸せを噛みしめた。
やっと訪れたのだ。憂いのない平穏な日々が。
この日を迎えるために、私は人生をやり直してきた。
愛する人が、大好きな友人が、皆幸せに笑っている。
(……。…………ん?)
小窓から何気なく外の景色を見ていると、馬車が通り過ぎる時に黒いベールを被った誰かが、じっとこちらを見つめていた。……気がする。髪も目も深く被ったベールで見えないけれど。……気のせいかしら?
チラリと覗くその人の口元は、とても満ち足りたようににっこりと微笑んでいた。
ーーーーー end ーーーーー
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