35. 欲望の日々、その終焉(※sideラフィム)
「どう?このドレス」
「ああ、いいな。よく似合っている。綺麗だよ」
「うふふ」
新しく拵えた、宝石をふんだんにあしらったドレス姿でくるりと回ってみせた妻の愛嬌のある仕草に、自然と笑みが漏れる。どれだけ見つめていても見飽きることがない、俺の可愛い妻。王妃の座を与えたことを心から喜び人生を謳歌しているタニヤは、溌剌として輝いている。ますます美しさを増したこの姿は、きっと民たちの心を癒すことだろう。
父上が死に国王となった俺は、ついに誰からも文句を言われることなくタニヤとの蜜月を過ごすことができるのだと喜んだ。イレーヌをあっさり捨て、あれほど執着したステファニーのことさえどうでもよくなるほどに、このタニヤを見た瞬間俺は猛烈な恋に落ちたのだ。蠱惑的で妖艶な、だが愛らしさも兼ね備えた不思議なタニヤの魅力は他のどの令嬢たちも持っていない特別なものだった。何が何でもこの子を俺のものにしたい。そう思ったのだ。
そしてタニヤは王太子であるこの俺の愛をもちろん受け入れた。当然だろう。見目麗しい王子の愛を喜ばぬ女などいない。あのステファニーはおそらくどこかおかしいのだろう。プラチナブロンドで俺を惑わしてきた愛想のない女。随分と時間を無駄にしたものだ。だが、もういい。今俺は最高峰の女を得たのだ。タニヤの魅力に勝る女などこの世にいない。ああ……本当に可愛い。いつまででもずっと見ていたい。
宝石が好きなタニヤを喜ばせるために、俺はたくさんの贈り物をした。国王の座を継いでからはますます贅沢をさせた。これも当然のことだ。俺はこの国の王なのだから、最上級の愛を期待して嫁いできたタニヤを失望させるわけにはいかない。愛とはすなわち、どれだけ金と手間を惜しみなく注ぎ込むことができるかだ。
しかしそんな俺たちの幸せな日々を邪魔する連中が多い。
「恐れながら陛下、すでにお使いいただける予算は底をついております。どうぞ、不要な買い物は当面お控えくださいませ」
「陛下、誠に申し上げにくいのですが、王妃陛下の妃教育はいまだ修了しておりません。このままでは王妃陛下には外交の一切を欠席していただくこととなり、我が国の他国からの信用問題にも関わります。どうぞ陛下、王妃陛下へその旨お伝えいただけますか。我々の話は一切お耳に届かぬようで……」
「陛下、恐れながら、ご公務が滞っており皆に影響が出はじめております。急ぎの書類にだけでも至急目を通していただきたく……」
舌打ちをしたくなる。どいつもこいつも、少しは俺たち国王夫妻をゆっくり過ごさせてやろうという気遣いはないのか。これから長い年月国を背負って立ち公務に邁進する俺たちは、今やっと結ばれたばかりなのだ。可愛いタニヤとの甘い時間をたっぷりと味わった後でなくてはやる気など出るものか。ようやく朝から晩までタニヤをベッドに閉じ込めておけるようになったというのに……馬鹿どもが……。
こんな時に代わりに働かなくて、一体何のための臣下だというのか。
そうして俺たちが夫婦としての日々を謳歌するようになってから数ヶ月、ついに宰相から厳しく小言を言われた。
「進退をかけて申し上げます、陛下。このままでは我が国の存亡にも関わりますぞ。少しはご自分の役目を真剣にお考えくださいませ。あなた方ご夫婦は公務を放り出して無駄な浪費を繰り返すばかり。近隣諸国からどのように言われているかご存知ないのですか。お父上である先代国王陛下までの代で築き上げたこの国を滅ぼしてしまうおつもりですか」
俺は激怒した。この俺に、国王である俺に何という無礼極まりない態度だ。偉そうに。
「……もういい、下がれ。進退をかけると言ったな。では貴様はクビだ」
「なっ……!」
「他の者たちも覚えておけ。この俺に逆らう者、説教する者、タニヤに無礼を働く者らも全てこの王宮から去ってもらう。場合によっては処刑だ!臣下ならば黙って尽くせ!」
「…………。」
「…………。」
せめてこの時に、俺は気付くべきだったのだ。
その場にいた家臣たちの俺を見る目に。
誰一人俺に従順な目を向けていないこの状況が、どれほど自分にとってマズいものなのかということに。
「ね~ぇラフィム、新しいアクセサリーを欲しいと言っているのに、あいつら本当にお金がないっていうのよ。どう思う?王家なのにお金がなくなるなんてことあるの?」
「……まぁ、使い続ければいつかはなくなるからな……」
「えぇ~そんなぁ。私どうしても欲しいネックレスがあるのよ。前に呼んだ外商に見せてもらったダイヤモンドとサファイアの豪華なものなの!私のためにあるようなものだって言っていたわ!王妃陛下以外にこれが似合う女性はこの世におりませんって。ねーぇ、どうしてもあれが欲しいの~ラフィム。どうにかしてくれない?お願いよ」
「……そうか。ふ……」
タニヤがその妖艶な金色の瞳で俺を誘惑するようにしなだれかかってくる。甘え上手で本当に可愛いヤツだ。何でもしてやりたくなる。
「……仕方ないな。貴族たちからの徴税額を少し上げるか。奴らはたっぷりと資金を持っていやがるからな。多少上げたところで痛くも痒くもないだろう」
「それであのネックレスが買えるの?」
「ああ、大丈夫だ。お前はこの国の頂点に立つ女なのだからな。気が済むまで着飾るといい。王妃としての威厳を保っていなくてはな」
「まぁっ!ありがとうラフィム!あなたって本当に素敵な旦那様だわ!」
素直に喜んで俺の首に抱きついてくる愛妻を受け止め、熱い口づけを交わす。
税金を上げたことで潤い味をしめた俺は、大臣たちの反抗的な顔を無視し、少しずつ、何度も同じ手を繰り返した。
そのうち平民らからも徴税額を増やし、全国民から収入の五割を徴税するようになった頃、一部の平民たちが暴動を起こした。
騎士団に命じ暴動に加わった連中を捕らえさせ、見せしめのために首謀者らを磔にして野ざらしにした後斬首した。
そして全国民からの徴税額を収入の六割にした頃のことだった。
その日も俺は王宮内の私室でタニヤとの甘い時間を過ごしていた。
「……なんだか今日はやけに静かね」
「……そうだな……。朝は普段通りだったが……。侍女たちの姿も見えないな。俺たちに気を遣っているのかもしれない」
「うふ。そうね。二人きりのこの時間……幸せだわ」
「ああ。俺もだ」
しどけない姿でうっとりと身を委ねてくる妻の温かい重みを腕に感じながら、俺はベッドの中で目を閉じた。この午睡の時間がたまらなく好きだ。
だが、その時だった。
ダーン!と凄まじい轟音が響き渡ったかと思うと、部屋のドアが外れて内側にバタンと倒れた。
「っ?!」
「きゃぁぁっ!!なにっ?!何なのっ?!」
慌てて身を起こした俺にタニヤが強く抱きついてくる。
その瞬間、大勢の武装した人間が部屋の中に押し入ってきた。
「なっ!何だ貴様ら!!」
あまりの驚きに心臓が止まりそうだ。何だこいつらは。侍従は……近衛兵たちは何をしている?!大臣はいないのか!
「国王陛下、及び王妃陛下、我々に従い大人しくついてきていただく」
「……は、……はっ?!お、お前ら……」
よく見ると、押し入ってきた連中は皆見知った顔ばかりだった。高位貴族の連中に……、ん?近衛兵たちまでいるじゃないか。それに……、後ろにいるのは、大臣たちか?!
「おっ!お前ら!何をしている!ボーッとするな!早く、こっ……こいつらを捕らえろ!!」
何が起こっているのかはさっぱり分からないが、ともかく俺とタニヤの身が危険な気がする。俺に歯向かうはずのない連中ばかりだが、おそらくこの中の誰かがドアを壊して押し入ったのだろう。早く捕らえろよ!!
しかし、
「捕らえられるべきはあなた方なのですよ、ラフィム殿、タニヤ殿」
後ろにいた宰相が静かな低い声ではっきりとそう言った。
…………何だと…………?




