29. 変わり果てたイレーヌ
新年度が始まり、ついに学園に登校する日がやってきた。皆と共に難なく進級できた私だけれど、やはりこの日が近づくにつれて胃がムカムカするほど気が重くなっていた。
(いよいよこの日が来てしまった……。ラフィム殿下も、もちろん登校してくるだろうし、…どうなるだろうこれから。イレーヌからの手紙が最後の二ヶ月間一度も来なかったことも、気になって仕方がない……)
そう。何より不安だったのは、ある日を境にイレーヌからの便りがぱったりとなくなってしまったことだった。
最初の十ヶ月間は毎週のようにやり取りしていた手紙。イレーヌからの便りには学園生活のことや、友人たちの近況など楽しい話題がたくさん書いてあって私の心をとても慰めてくれた。それが突然、本当に急に来なくなったのだ。
それでも私からはずっと手紙を出し続けた。元気にしているの?体調崩したりしていない?もうすぐ帰るから待っていてね。……最後の二ヶ月は私の方からそんな内容の短い手紙を一方的に送り続けた。
そうなると不安になるのはラフィム殿下のことだ。まさか……殿下がイレーヌに変なことを言ってしまったのではないか。私のことを好きだとか、……キスをしたとか。
(……まさかね。いくらあんな男でも、婚約者である侯爵令嬢にそんなことを暴露して無意味に傷付けたりはしない、はず……)
私はドキドキしながら自分のクラスに向かった。どうか、イレーヌの態度が冷たくなったりしていませんように。嫌われていませんように……。「ステファニー!やっと帰ってきたのね!会いたかったわ!」そう言ってくれる、はず。きっと……。
おそるおそるクラスに入っていくと、皆がこちらを見て歓声を上げる。
「まぁっ!お帰りなさいステファニー!」
「よかった!元気そうね」
「クレアルーダはどうだった?いい所だった?」
皆に一斉に質問攻めにされ、しばらく久しぶりのお喋りを楽しむ。
「俺も行ってみたいよ、クレアルーダ王国。結婚したり留学したり、忙しい学園生活だね、ステファニー嬢。はははっ」
以前のように軽口を叩きながら笑っているグレン様も、相変わらず元気そうで私はひそかに安心した。よかった……ちゃんと生きてる。当たり前だけど。
(……イレーヌは……、……っ?!)
皆との再会の挨拶がひと段落して講義室の奥に目をやると、そこには私を見つめながら微笑んでいるイレーヌの姿があった。笑みを向けられていることに安堵しつつも、私は驚愕した。半ば呆然としながらイレーヌのそばに行く。
「……イレーヌ……?」
「……お帰りなさい、ステファニー。会いたかったわ」
掠れた声でそう迎えてくれた彼女の容姿は、激変していた。すっかり痩せ細り、頬が痩け、目が落ち窪んでいる。あんなに美しく手入れされていた艶やかな黒髪もパサつき、驚くほど短く切り落とされていた。肩にもついていない長さだ。
「……あ……あなた……」
言葉が出ない。私たちの様子をクラスメイトたちが気遣うように遠巻きに見ている。
「ふふ、ごめんなさいね。なんだか皆の輪に入っていく気力がなくて。やっと会えたわね。嬉しい」
「……っ、」
「ステファニー、……手紙、ごめんなさいね、ずっとお返事書かなくて」
「……いいのよ。そんなことは……。……ねぇ、」
「どうだった?隣国は。たくさん勉強してきた?とても素敵なところだったみたいね」
そう言って私を迎えてくれたイレーヌの声には全くハリがなく、目はうつろで輝きを失っていた。
「……とても、素敵なところだったわ。……でも、ねえ、イレーヌ。……何があったの……?」
聞かずにはいられなかった。彼女の様子は尋常ではない。
「……え?」
「あなた、その……、随分と、疲れているように、見えるから……だから……」
私がいない間に、一体何があったのか。まるで別人のように、……何か、大きな病を抱えた人のように見える。
「……そう?……私、疲れているように、見える……?」
「……ええ」
我知らず、私はいつの間にかすっかり細くなってしまった彼女の両手を握っていた。とても冷たい。イレーヌの目は私に向けられているけれど、光を失ったその瞳には何も映っていないようだった。
「…………。」
そのまま彼女は黙ってしまい、そのタイミングで教師が部屋に入ってきた。話はうやむやになったまま、私たちは講義を受けることになった。
私はイレーヌの隣の席に座り、時折彼女の様子をそっと窺った。片時も目が離せないほど頼りなげなその風情に、不安は広がるばかりだった。




