27. 想い続ける(※sideマルセル)
幼い頃からずっと想っていたステファニーとの婚約がついに成立したと聞かされた日、僕は我が身の幸運を神に感謝したものだ。
ステファニーは聡明で美しく、昔からとても清らかで優しい空気をまとっていた。誰もが憧れる神々しいほどの存在。もしも彼女が僕の妻となってくれるのなら生涯大切にするのに、と、何度も切ない溜息をつきひそかな想いを持て余していた。それがまさか、ついに現実のものとなるなんて。
だけどこうして彼女のことを想えば想うほど、嫌というほど痛感させられる。ステファニーの方は僕のことを異性として特に意識してはいないのだと。自分が恋い焦がれているからこそ、彼女の僕を見つめる瞳にその情熱がないことはすぐに分かった。
それでも別によかった。愛の始まりには様々な形があるもの。必ずしも燃え上がるような大恋愛から始まらなくてもいいのだ。寄り添いあっていろいろなことを乗り越えながら徐々に芽生えていく確かな絆が、深い愛へと変わっていくことだってあるはずだ。僕がステファニーを夫として大切に守って生きていくことで、きっと僕らの間にもいつかはそんな愛が……、……芽生えるといいな。うん。頑張ろう。
そんな風に思っていたある日の両家の食事会の席で、ステファニーが突然僕との結婚を急ぎたいと言い出した時には心臓が止まるかと思った。
(……え?……え?!ど、どうしたんだろう……ステファニー……)
呆気にとられて見つめている僕には見向きもせず、ステファニーはカニンガム公爵に対して必死の形相で訴え続ける。婚約者という曖昧で不確かな関係は不安なのだと。
「私は、マルセル様と一緒になりたい。今すぐにでもマルセル様と結婚したいのです!」
あのステファニーが……、この僕と一刻も早く結婚したいとこんなに夢中で訴えてくれている……。嬉しさのあまりクラクラするほど顔を火照らせながらも、僕は頭の片隅で冷静に考えた。
いや、そんなはずがない、と。
彼女をよく見てきた僕だからこそ、ここまで彼女が必死で父上に懇願している理由が虚言であることは分かった。こんなにまで僕のことを恋い慕ってくれているとはとても思えない。だけど、必死だ。ものすごく。こんな切羽詰まったステファニーを見たことがない。
最近時々、様子がおかしいと思うことがあった。学園では特に。誰かに怯えているようにキョロキョロしていたり、物思いにふけってぼんやりしている時の顔が暗かったり。些細な言動にピリッと張り詰めた空気を感じることがあった。
(……言えない何かがあるんだろうな。僕にも、家族にも。理由は分からないけれど、ステファニーが困っている)
それならば、僕のするべきことは一つだ。
彼女の味方でいること。
「……僕も、ステファニー嬢と同じ気持ちです」
夫婦となってからはこれまでの遠慮がちな関係から一気に距離が縮まったように思う。自惚れかもしれないが、ステファニーの僕を見つめる瞳にも、以前よりずっと熱がこもっているような……。……だとしたら、こんなに幸せなことはない。
けれど、これで万事解決、順風満帆な二人の生活、……とはいかなかった。
ステファニーはやはりまだ何かに苦しんでいた。むしろ前よりももっとひどくなっているような……。
ある日の昼休み、彼女は学園から出て外の広場に行きたいと言った。僕は黙って従う。持参してくれたサンドイッチを僕に食べるように勧めながらも、自分は一口も食べない。笑顔が明らかに強張っている。
だから僕は先に全てを打ち明けた。ずっと前からステファニーのことが好きだったこと。ステファニーが結婚を急いだのは、僕を愛しているからという理由ではないと気付いていたこと。それでも構わなかったこと。求められて、どれほど嬉しかったかということを。
ステファニーは蒼白になり俯いたかと思うと、堰を切ったように大粒の涙を流しはじめた。顔を覆って、体を震わせて。その頼りなくか細い体を抱き寄せながら、大丈夫だと安心させた。
しゃくり上げながらも彼女は必死に訴えてきた。今は違うと。本当に僕のことを想ってくれていると。嘘偽りのない想いは抱きしめた彼女の体温を通してきちんと僕の中に伝わってきて、この上なく満たされた気持ちになった。
言えない事情を抱えたステファニーにその後打ち明けられた願いは、そんな僕にとってはかなり、いや、正直とてつもなく大きな打撃ではあった。
……留学……。
…………留学かぁ…………。
「……一年間だけ、ここを離れたいのです」
「……。……そうすれば、君が今抱えている問題は今度こそ解決するということ?」
「……お……おそらく……」
「……。」
いやぁ……きついなこれは……。こんな状態のステファニーと一年も離れ離れかぁ……。ものすごく寂しいし、何より心配でたまらない。
だけどわざわざそこまでするということは、よほど遠ざかっておきたい何かが……誰かがいるのだろう。たぶん。
もう仕方ない。これでステファニーが少しでも楽になるというのなら。彼女を苦しめている問題がそれで解決する可能性があるというのなら、……僕のするべきことは、やはり一つだ。
必死で謝るステファニーに、僕は寂しさともどかしさを全力で抑え込んで笑顔を向けた。
「大丈夫。僕は君を信じているから。それが君のためになることなら、協力させてもらうよ」
離れている間、彼女からの手紙が届くたびに何度も何度も大切に読み返した。そして一文字一文字に心を込めて返事を書いた。
これで彼女の不安が少しでも和らぎますように。
僕の愛情が彼女の心を満たし、癒すことができますように。
愛する僕の妻。
どうか無事に、早く帰ってきておくれ。
僕はただ毎日それだけを祈り、君のことを想い続ける。




