21. 苦肉の策
「……ねぇ、……ステファニー?」
「……っ、」
その翌日。ふと気が付くとイレーヌが私の顔を覗き込んでいた。
「あ、……ご、ごめんなさい。ボーッとしてた」
「本当?ずっと呼んでるのに上の空なんだもの。またどこか具合が悪いわけじゃないの?」
「……違うの、平気よ」
「それならいいんだけど……。なんだか変ね。ラフィム殿下も不機嫌だし、あなたはボーッとしてるし。今日は皆調子が悪いのかしら」
「……っ、」
ラフィム殿下の名を出されて胃がぎゅうっと鷲掴みにされたような気持ちになる。……もうこのままじゃ時間の問題だろう。イレーヌにごまかしがきかなくなる。私が結婚すれば、ラフィム殿下の私への興味も削がれると思っていたのに。
甘く見ていた。あの男は一度欲しいと思ったものは、どんな手を使ってでも手に入れなければ気が済まない男だったんだ。
もう泣きたい気分だった。マルセル様と婚約者のままでいることが不安で体調が悪かったことになっている以上、結婚した今でも休み続けていたら絶対におかしい。どこかから綻びが出てそのうち嘘がバレるだろう。
(……かと言ってこのまま普通に登校を続けていれば、近いうちにラフィム殿下がまた私に何かしてくるはず……)
殿下が不必要に私に接触してきたり余計な会話をしているところを誰かに見られでもしたら、またイレーヌを傷付けるし、今度はマルセル様の心も大きく傷付けてしまうことになるだろう。
(どうすればいいの……?もうこれ以上、何も思い浮かばない……)
カニンガム公爵家の娘が貴族学園を中退するなど父は許さないだろうし、卒業まで殿下を避け続けるのもまず無理だろう。前の人生で殿下の興味が私から移ったタニヤ・アルドリッジ伯爵令嬢が入学してくるのはまだ一年も先だ。彼女さえ入学してきたら、今度こそ殿下は私に執着することもなくなるはず。その可能性はとても高いと思う、けれど……。
(……一年……。あと一年、どうやって逃げ続ければいい……?)
これから毎日毎日殿下に怯えながら生活しなければならない。それが一年も続くなんて気が遠くなりそうだ。……どうしよう……。イレーヌと仲違いする運命は、もう変えられないのかしら……。こんなに大好きな友人なのに。このままじゃまた私が彼女を傷付けることになる。それに、私の味方になって急いで結婚までしてくれたマルセル様のお気持ちは……?
……一年……。
(……っ!……そうだ……!!)
ふと閃いた考えに、私は思わず大きく息を呑む。
「……またボーーッとしてたかと思えば、今度はハッ!てしてる。……はぁ」
「あ……」
気が付くと隣の席でイレーヌが頬杖をついて私を観察していた。
「……なんだと?クレアルーダ王国へ、留学……?」
「……は、はい……」
その夜。
おそるおそる話を切り出した私に、父は鋭い視線を向け青筋を立てた。
「いい加減にしないか、ステファニー。最近のお前は一体どうしてしまったんだ。体調が悪いのは不安から来るものだとか言うからこんなに早々とマルセル殿と結婚までさせたというのに、次は隣国へ留学だと?気は確かか。自分の言動がどれだけ周りを振り回しているか、分かっているのか」
「……。……どうしても……クレアルーダ王国の芸術を深く学びたいのです……。い、今を逃せば、もう……かの国に留学できる機会など、ないかと思……」
「今も駄目だ、ステファニー。考えてもみなさい。無理を言って結婚を急いでおいて、今度は学園もマルセル殿も放り出して、隣国だと?ならばお前は一体何のためにわざわざ結婚を急いだんだ。あんなに不安だと言っていたくせに、籍さえ入れてしまえば一年離れたままでももうすっかり安心していられると言うのか。おかしいだろう」
「……。」
返す言葉もない。
「それに、今まで一度たりとも聞いたことはなかったぞ。お前が芸術の国と呼ばれるクレアルーダ王国に特別な関心があるなどと。……ステファニー。私には、お前がとってつけたような理由を並べて何とかしてここを、学園を離れようとしているようにしか見えない」
「……。」
「……ステファニー」
父との会話を心配そうに横で聞いていた母が、私の手に自分の手を重ね、今にも泣きそうな顔でそっと話しかけてくる。
「どうしてしまったの?ステファニー。お願いよ、言ってちょうだい。あなた……一体何を考えているの……?」
「……っ、」
私はそれ以上もう何も言えなかった。何の事情も知らない両親から見れば、私の言動はあまりにも身勝手だし、不自然なのは確かだ。気持ちが焦りすぎていた。
(……でも、……他にどうしたらいいの……)




