19. なりふり構わず
「……わ……私、マルセル様と結婚したいです!今すぐにでも!」
私は意を決して大きな声で言った。
「…………え?」
「……ステファニー、お前一体何を言い出すんだ、突然」
急に突拍子もないことを言い出した私に、両親がギョッとしている。でももう構ってはいられない。どうにかして、一刻も早くマルセル様と結婚してしまわなければ……!
「ふ、不安なのです。私とマルセル様だって同じようなことにならないとも言い切れないでしょう……?婚約者なんて、曖昧な関係ですわ。別に、マルセル様がブレイアム伯爵令息のように心変わりしてしまうと疑っているわけではありませんが……それでも不安なのです。もっと確かなものが欲しい……。マルセル様と、一生共に過ごしていける確かな関係になって安心したいのです」
「…………。だが、それは別に卒業してからでも遅くはないだろう。そんなに心配せずとも、私もランチェスター公爵もお前たちの婚約を解消するつもりなど微塵もないというのに」
「心配せずにはいられないのです!お父様……お願いですから、在学中に籍だけでも入れさせてくださいませ。もちろん、一緒に暮らすのは卒業してからで構いませんわ」
「……まぁ……ステファニー……」
「……何故そこまで急ぐ必要があるんだ?お前……。何かあったのか?」
(何かあるからこんなに必死に頼んでるんです!!)
「ですから、こうしてよその方々の婚約破棄の話を聞くたびに不安になって、心が乱れてしまうからですわ!こっ、……ここ数年私が体調を崩しがちなのも、実はこのことで思い悩んでしまうことが原因なのです。私は、マルセル様と一緒になりたい。今すぐにでもマルセル様と結婚したいのです!」
「………………。」
食堂の中は水を打ったように静まり返った。
父が思うような返事をくれないことでついムキになってしまい、我に返った私は急に羞恥心に襲われる。
(……や、やりすぎた、かしら……)
父のことばかり見て夢中になって話していた私は、ふとマルセル様の方を見る。すると、
「……ス……ステファニー嬢……」
マルセル様は茹で上がったような真っ赤な顔で私を見つめていた。
「…………っ、」
そんなマルセル様を見て、私にもその熱が伝染したかのように一気に体温が上がる。
「……はは、驚いたな。まさかステファニー嬢が息子のことをそれほどまでに真摯に想ってくれていたとは」
「まぁ、本当に。ありがたいことですわ。ほほ。若いっていいわね」
ランチェスター公爵夫妻の言葉に私はますます頭に血が上り、もう顔を上げていられなかった。
「いいじゃありませんか、あなた。ステファニーが何かをこんなに真剣にお願いしてくるなんて初めてのことよ。それほどマルセル様のことを心から愛しているということですわ。……ね?ステファニー」
フォローしてくれる母の言葉に、もう体から湯気が出そうだった。
その時。
「……僕も、ステファニー嬢と同じ気持ちです」
(…………え?)
思わず顔を上げると、真っ赤な顔のマルセル様が凛々しい表情で両家の両親の方を向いて言った。
「心変わりなどもちろん有り得ませんが、ステファニー嬢がこんなにも不安に思っているのなら、その不安を解消して差し上げたい。どうせいずれは夫婦となるのです。在学中は互いに学業に専念すると約束します。父上、カニンガム公爵、どうか僕たちをすぐにでも結婚させてください」
「……マ……」
(マルセル様……!!)
信じられない。これほど彼のことが格好良く見えたことが今まであっただろうか。優しく温厚で素敵な方だとは知っていたけれど、まさか……いざという時にこんなにも頼もしいなんて……!
大切な私の婚約者がキラキラと輝いて見える。ああ……私は生涯この方を大事にしよう。文字通り人生の一大事に、私の味方をして救ってくださろうとしているこの人を……。
マルセル様が私と同じ気持ちだと言ってくれたことと、何より「私の最近の体調不良は婚約者のままでいることが不安なせいだ」なんて発言したことで、思惑通り私たちの婚姻はすぐに成立した。何度も学園を休んでベッドに臥せっていたことが功を奏した。母が「これ以上ステファニーが寝込むことがあったら心配で心配で私まで倒れてしまいますわ!」と父に詰め寄ってくれたのもよかった。
私はようやく心底安心することができた。もう私はマルセル様のただの婚約者ではない。役所に書類を提出し、れっきとした“妻”になったのだ。これでいくらラフィム殿下が駄々をこねようとも、もうどうにもできないだろう。
ようやく前の人生とは完全に違う道に進むことができた。……よかった……。
これでもう、何の心配もいらないはずだわ。




