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処刑された元王太子妃は、二度目の人生で運命を変える  作者: 鳴宮野々花@書籍4作品発売中


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15. 髪は下ろさない

 入学から半年。予想以上に学園生活は順調だった。

 ラフィム殿下の行動パターンはだいたい分かっていたし、同じ講義をとらないようにこちらで調整できる部分は可能な限りやった。どうしても同じ講義室にいなければならない時は、とにかく彼の死角になるような位置に席をとり、ひたすら目が合わないよう心がけた。

 彼がご友人たちとよく行く中庭や学園内のカフェには絶対に足を踏み入れなかった。

 先日は王家の方々も出席される大規模なパーティーがあったが、私は体調不良を理由に欠席していた。こんなことが続けば不自然に思われるかもしれないけれど、これも無事私がマルセル様と結婚するまでのことだ。どうにか切り抜けなくては。




「……ねぇ、ステファニー。あなたってどうしていつもそうやって髪をまとめているの?」

「……えっ……」


 ある日イレーヌから不思議そうに尋ねられた私は、思わず口ごもる。私たちは気さくにステファニー、イレーヌと呼び合う関係になっていた。こんな些細なことがとても嬉しい。どうかずっと続きますように。


「あ、ううん、もちろんそれも素敵よ!あなたは綺麗だから、どんな風にしていたって美しいし。……だけど何となく、もったいないなぁって。あなたのプラチナブロンドの髪はこの国ではとても少なくて貴重な色でしょう?私がその髪の持ち主だったら絶対に毎日下ろしてくるけどなぁ」

「まぁ……。イレーヌの髪だってとても綺麗じゃないの。私は大好きよ、あなたの艶やかな黒髪が」

「うーん、まぁ気に入っていないわけじゃないけれど……やっぱり金髪やあなたみたいなプラチナブロンドに比べたら地味じゃない?だからせめてお手入れだけはしっかりしているの。ラフィム殿下は艶やかな長い髪がとても好きな方だから。ふふ」

「……そう」


 知っている、そのことは。嫌というほど。


 ラフィム殿下は女性の美しい髪がとても好きな人だった。私のことも、特にこのプラチナブロンドを何よりも気に入っていて、いつもこの髪に指を通してはじっくりと眺めて楽しんでいた。


(だからこそ……他の方と無事結婚するまでは私は絶対に髪は下ろさないと決めたんだから)


 元々私も長い髪を綺麗に梳かして、サイドだけをまとめて髪飾りをつけたりリボンで結ったりして流す髪型を好んでいた。年頃のご令嬢たちは皆大抵そんな髪型にしている。長く美しい髪は美しいドレスやアクセサリーを身につけるのと同じように、女性にとって自分を飾る術の一つだった。

 でも今の私は必ず髪をまとめている。毎朝出かける前に侍女に頼んで後ろで一本に編み込んでもらったり、全部アップにしてしっかり留めてもらったりしているのだ。

 もちろん、全てはラフィム殿下の目につかないようにするため。目立たないためだった。

 私は毎朝少し残念そうにしている侍女たちにするのと同じ言い訳をイレーヌにもした。


「なんだか勉強の邪魔になって気になるのよね、ノートをとっている時に横からハラハラ落ちてくると。まとめていた方が楽なのよ」

「ふぅん……もったいないわねぇ……」


 イレーヌはまだ不思議そうな顔をしていたけれど、それ以上は何も言わなかった。


(こんな風に自分を喜ばせたいと健気な努力を続けているイレーヌを、あの男は簡単に捨てたのだ。その気持ちに一切配慮することもなく……)


 イレーヌを好ましく思えば思うほど、ラフィム殿下に対して湧き上がる憎しみが抑えきれなかった。






 怖いほど順調に、日々は過ぎていった。こんなにも違うものかと思うほどに、私とラフィム殿下は何の接触もないまま二年の月日が流れた。目立たないように、会わないように、……毎日そう気を付けているだけでここまで前の人生の時と変わるものなのか。

 最近になってようやく私は少し安心できるようになっていた。この調子なら、どうにか学園生活の最後の日まで切り抜けられるんじゃないかしら。

 イレーヌともずっと仲良しのままだった。彼女は相変わらずラフィム殿下の傍にいるし、学園を辞めたりもしていない。

 

 気になるのは、私たちの卒業の一年前に入学してくるはずのタニヤ・アルドリッジ伯爵令嬢のこと。

 ここまでいろいろなことが違っているということは、あの人が来てからの運命も、もう変わっているのだろうか。それとも……やはり殿下はイレーヌを差し置いてあの人と不埒な仲になるのだろうか。




「マルセル様!ごめんなさい、お待たせしてしまって……!」

「やあ、ステファニー嬢。ううん、全然待ってない。大丈夫ですよ」


 お昼休みになるとイレーヌは一目散にラフィム殿下の元へと行ってしまうので、私はマルセル・ランチェスター公爵令息と一緒にランチをすることが多かった。

 マルセル様と私は、無事正式に婚約した。このことが私が安心した理由の一つでもあった。殿下からは何の声もかからず、しかももう婚約者もいる。とんとん拍子に別の人生を歩んでいるのだと実感できた。


 マルセル様は会えば親しく挨拶してくださるし、こうしてランチにもよく誘ってくれる。結婚するとなると、事前にたくさん会話をしてお互いのことを知り、仲良くなっておいた方がいいに決まっている。私と円満にやっていこうという気持ちでいてくださるのだと分かって嬉しい。


「たまには中庭に行きますか?天気が良いから気持ちいいと思いますよ」

「……っ、あ、……えっと…」

「……それとも、いつものように食堂にしておきますか?」

「あ、はい」


 マルセル様は私が困っている様子を見抜くとすぐに話題を変えたり違う行き先を提案したりしてくれる。人の心の機微に敏感な方だ。






 ところが。


「……っ!」


 ラフィム殿下を避けて学園内の食堂に来たのに、なぜか今日は、ここにいた。食堂で姿を見かけたのは初めてのことだった。思わず息が止まる。

 私たちが中に入った途端にご友人方と入り口近くに座って談笑していたラフィム殿下がこちらをチラリと見た。私は慌てて目を逸らしたけれど……ほんの一瞬目が合ってしまった。緊張で動悸がする。


「……あ、あの、マルセル様。あちらの、奥の方の席に行きません?」

「ええ、いいですよ」


 何も知らないマルセル様はニコニコして私の言うとおりに奥に進んでくれる。私はもう一切殿下の方を見なかった。……気にしすぎだろうか。後ろからの視線を感じる気がする。


(……大丈夫よ。大丈夫……。髪も下ろしていないし、入学してからこの二年、まだ一度も会話さえしていないのだから。きっと向こうは気にかけてもいないはず)


 今の時点ですでに、前の人生とは大きく違っている。前はこの頃にはすでにあの男と結婚していたのだから。





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