14. 入学式を欠席する
「可哀相に、ステファニー……。本当に残念だわ。熱もないというのに、一体どうしてしまったのかしら……」
「女性には特に、ままあることです。そんなに心配はいらないかと。血の巡りをよくする薬を出しておきますので、これを飲んで数日屋敷で安静に過ごしてみてください、ええ」
往診に来てくれた老齢の医者からそう言われた母は、そのようにいたしますわと返事をすると、ベッドサイドに腰をかけ私の髪を撫でた。
「どこも大事ないそうよ。よかったわね、ステファニー。起き上がれるようになったら少しずつお食事をしましょうね」
「……ごめんなさい、お母様。心配を、かけてしまって……」
これだけは本心だった。過保護な母は昨日から何度も私の様子を見に来ていた。
「ううん、いいのよ。あなたこそ、今日のことは残念だったけれど、落ち込まないでね。これからいくらでもあなたの実力を活かせるチャンスはあるわ」
母が言っているのは今日の入学式で私がするはずだった新入生総代の挨拶のことだろう。娘が大役を任されたことを大喜びしていたのに可哀相だけれど、もはやそれどころではないのだ。
処刑される運命を回避するために、まず私は入学式を欠席することにした。元はといえばラフィム殿下が私に目を付けたのはこの日、入学式で壇上に上がって挨拶する私を見た時からだった。それは後に本人から聞かされた。
学園に入学しないという手は考えられない。この国の貴族家の子女ならば、この歳になれば必ずいくつかある貴族学園のうちの一つに入学する。その中でも最も格式高く歴史のある学園への入学が決まっていたのだ。カニンガム家の子女は代々そうしてきた。大した理由もなく私だけ例外を作ることは父が許さないだろうし、突然大病を患ったなどの大きな嘘は今後ずっと続けるには危険すぎる。
(……まぁ、こんなことをしたって同じ学園にいればそのうち顔を合わせることにはなるだろうけれど……)
できるだけ目立たないように過ごし続けていれば、前回の人生とは全く違うことになるかもしれない。他にもできることはいくつか考えてあった。あとは、どうにかして……ランチェスター公爵令息、マルセル様との結婚の時期を早めてもらう。それについても考えなくては。
たっぷり五日間も休んでようやく回復したように装った私は、ついにおそるおそる学園に初登校した。緊張で心臓はドクドクと激しく脈打ち、喉がきゅっと締めつけられているようで息が浅くなる。
(目立たないように……目立たないように……)
せめてもの抵抗に余計なアクセサリーは一切つけず、地味な色味のカバンを持って私はコソコソと廊下を歩くと講義室に入った。よかった……とりあえずここまではラフィム殿下に会わずに済んだ。クラスが違う殿下とは同じ講義を受けることはそんなに多くなかった。
(っ!……あ……)
講義室に入った私の視界に、真っ先にグレン様の姿が飛び込んできた。ご友人と談笑している。
(……よかった……。グレン様、ちゃんと生きてる……)
その事実に、私は心の底からホッとした。そのまま何人かのご令嬢と挨拶を交わしながら静かに席に着いて、ようやく一息ついた。
「ステファニーさん!」
「っ!」
「まぁっ、やっぱり!お久しぶりね。覚えてくれているわよね?私のこと」
「……っ、」
(……イレーヌ嬢……っ)
満面の笑みで私に話しかけてきてくれてそのまま隣の席に座った黒髪の美女は、まぎれもなくあのイレーヌ・ロドニー侯爵令嬢だった。
(イレーヌ嬢が……私に微笑みかけてくれている……。昔みたいに……)
「っ?!や、やだ……泣かないでよ、ステファニーさんったら。ふふ、びっくりするじゃないの」
「……あ」
しまった。感極まって思わず涙ぐんでしまった。私は慌てて取り繕った。
「だ……だって、懐かしくて嬉しくて、つい……っ。お久しぶりね、イレーヌさん。元気そうでよかった。また会えて嬉しいわ、本当に」
「うふふ、私も嬉しい!私は元気だけれど……あなたこそ大丈夫なの?大変だったわね」
「あ……」
入学早々五日も休んだ私の体調を彼女は案じてくれていた。
「ええ、もう全快したわ。入学前で緊張していたのかしら。何だかずっと胃がムカムカして食事もとれなくて」
「まぁ……」
「でももうすっかり元気よ。やっぱり新入生総代の挨拶が私には荷が重すぎたのかしら。……あ、そうだわ……、結局あなたがしてくれたのよね、その挨拶を……。急なことで大変だったでしょう?ごめんなさいね、迷惑をかけてしまって」
「ううん、大したことないわ。だいたいああいう場で喋ることって決まっているし。その場で適当に考えたことをそれらしく話したわよ」
「まぁ。ふふ、さすがね」
賢くしっかり者の彼女らしい。一度は失ってしまった、私の大切なお友達。ラフィム殿下の婚約者。
……この人生では、イレーヌ嬢が傷付く結果にならなければいいのだけれど……。
(あの男の性格上、それは難しいかもしれないな……)
イレーヌ嬢のことを思い、私は気が重くなったのだった。




