13. 時間が巻き戻っている……?
「…………。」
狐につままれたような妙な感じだ。自分の身に起こっていることが信じられない。食堂で遅い朝食をとりながら、私は両親や屋敷の使用人たちの様子をひそかに窺い続けた。
「いよいよだな、ステファニー。お前の成績の良さならば、困ることは何もないはずだ。しっかり勉強してきなさい」
「ふふ、まずは明日の新入生総代の挨拶ね。緊張するでしょうけれど、王太子殿下がご事情により辞退された大役があなたに回ってきたのは、それだけあなたの実力が評価されているからだわ。頑張ってね、ステファニー」
「……っ、……ええ、……頑張りますわ」
(うーん……。どう見ても演技をしているような感じじゃない……。誰もふざけているわけじゃなさそう。新品の制服、最後に会った時よりも少し若い父と母、結婚してうちでの勤めを辞めて郷に帰った侍女までいる……)
目覚めてから時間が経って、気持ちも随分と落ち着いた。その上で冷静になって分析した結果、……やはり認めざるをえない。
時間が……巻き戻っている……?
処刑されたはずの私が目覚めた場所は、私が貴族学園に入学する直前の世界だった。
「もうそろそろ決めないといけないな。ステファニーの結婚相手を」
(……っ!)
ふいに父が呟いた言葉に思わずスープを吹き出しそうになり、必死で嚥下した。両親はそんな私の様子に気付かず会話を続けている。
「ええ、そうですわね」
「やはりランチェスター公爵家との縁を結ぶのが我がカニンガム家にとって最良であろうな。マルセル殿が一番良いだろう」
「彼は素晴らしいお相手ですわ。文武両道で人望もありますし、とても誠実そう。きっとステファニーを大切にしてくれますわ」
「お前の基準はステファニーを大事にしてくれるかどうかだからな」
「まぁ、当たり前ですわ!大切に大切に育ててきた可愛い一人娘ですもの。しかもこんなに美しく、出来の良い子に育って……。娘に相応しいしっかりとしたお人柄の方を選んでくださいませ、あなた」
両親の会話を聞きながら、心臓の鼓動がどんどん早くなる。不審な様子は見せられないと思いながらも、手の震えを抑えられない。
ねぇ、待って……、これって……、
(……私……、やり直せるんじゃないの……?)
ラフィム殿下と結婚する前に、いや、学園で再会して彼に目を付けられる前に戻っているんだ。つまり、……私の行動次第では、今後起こるはずの様々な出来事を変えることができ、それはつまり……彼との結婚を回避できるということではないの……?
理不尽に処刑されずに済むということじゃないの……?!
(……そうよ……。私は、そのために戻ってきたんだわ……!)
ようやくそこに思い至った私は、叫びだしたくなるほどに興奮した。どうしてこんなことになったのかはさっぱり分からないけれど、ともかく、私はやり直すチャンスを与えられたのだ。説明のつかない、何らかの力によって……。もうこれは、天の采配だと思うほかない。
「……ぇ、ねぇってば、……ステファニー?」
(……っ!)
ハッと気が付くと、父と母が変な顔をして私を見つめている。
(し、しまった……!)
きっとよほど様子がおかしかったのだろう。母は心配そうに私のそばにやって来る。
「一体どうしてしまったの?ステファニー…。食事も全然進んでいないし、手はこんなに震えて……。やっぱり具合が悪いんじゃないの?」
「……っ、」
母の言葉に、私はあることを思いついた。
「え、ええ……。ごめんなさい、お母様。私、ちょっと部屋で休ませていただきますわ。なんだかとても、気持ちが悪いの……」
「まぁ……っ」
心配をかけて申し訳ないけれど、ここは大事なプロセスだ。私はよろめきそうになりながらゆっくりと席を立ち、母が呼んだ侍女たちに付き添われながら階段を上がり部屋に戻った。
「お嬢様、すぐに薬湯をお持ちいたしますので」
「……ありがとう。……はぁ……」
渾身の演技で侍女たちが出て行くまでぐったりとしていた私は、一人になった途端、頭をフル回転させる。
(絶対に回避してみせるわ、結婚も、処刑も……!そして、私のせいで犠牲になったグレン様や王宮の侍女も死なずに済むよう、絶対に……!)
ベッドに横になったまま、私はこの天与のチャンスを無駄にしないための計画を真剣に考え続けたのだった。




