12. 処刑、そして……
私は何度も訴えた。自分の無実を声の限りに叫んだ。
「お願いです!私の話を聞いて下さい!これは仕組まれたことなのです……!私は……私とグレン・マクルーハン伯爵令息は恋仲などではありませんでした!」
「だがグレン・マクルーハンは全てを白状したのだぞ。そなたとの愛を全うするために王太子の存在が邪魔であったと。我々が聞いているのは、そなたがいつから王太子殿下を裏切っていたのかということだ」
何度も尋問されたが、一事が万事この調子で誰もが端から私の話を信じていなかった。
「ラフィム殿下に会わせてください!」
「駄目だ。王太子殿下は大きなショックを受けられ、二度とそなたの顔は見たくないと言っておられる。信頼していた愛する妻に裏切られた殿下の身になってみよ、この悪女め」
「…………っ!」
すでに殿下が完全に根回ししてしまっているのだろう。誰一人として私の言葉に耳を傾ける者はいなかった。
そして──────
氷のような冷たい目をした国王陛下と、憎々しげに私を睨みつける王妃陛下の前に連れ出された私は、連行してきた騎士により乱暴に背中を押さえつけられ、その場に跪かされた。
「ステファニー・カニンガムよ、ラフィム王太子殺害未遂の罪により、そなたを斬首刑に処す」
「──────っ!!」
絶望のあまり、体中の力が抜けた。
それでも最後まで全身全霊で叫び続けた。自分の無実を訴えた。最後の望みをかけて。だけど、結局私の声は誰にも届かなかった。
「ステファニー!ステファニー…!!あぁぁ……っ、神様……っ!!」
泣き叫ぶ母。苦渋の表情の父。私を睨みつけながら野次を飛ばす群衆たち。
なぜこんなことになってしまったのだろう。私はただ運命に流されるまま、それでも与えられた場所で必死に生きてきただけだ。
どこで間違ってしまったのだろう。どうすれば、私はこんな運命から逃れられたのか。
私が、ラフィム殿下の目に留まらなければ。
もっと早くに、私が別の方と結婚していれば。
あの男と結婚などしなければ…………
乱暴な手つきで断頭台に押さえつけられる。頬を伝った涙が地面に落ちていくのを見届けると、私はそっと目を閉じた。頭上から響く大きな音と共に、最後に聞こえたのは母の声だった。
「いやぁぁぁっ!!ステファニー……ッ!!」
そして──────……
「……、ニー……、ステファニー……?」
…………。…………?
(………………あ、ら…………?……私……)
「ステファニー?一体どうしたの……?起きてちょうだい……。ねぇ、ステファニー……」
どうしたんだろう。さっきまで千切れるような声で私の名を叫んでいた母の声が、やけに穏やかだ。まるで何もなかったかのように。
「…………。」
私はゆっくりと目を開けた。……あれ?考えたら私はどうして仰向けに寝ているのだろう。こんなふわふわな場所で……。まるで、カニンガム家の私の部屋のベッドのような感触。あの懐かしい、幸せな日々を……思い、出す……ような…………
「…………え?」
目を開けると、見覚えのある天蓋が視界に飛び込んできた。結婚するまで毎朝私が目を覚ますたびに見ていたベッドの天蓋だ。そこに母の顔がヌッと横から入ってくる。
「ひゃっ!」
「……なぁに?変な声を出して。びっくりするじゃないの。もうお昼よ。いつもは早起きなあなたがいつまでも起きてこないから心配して様子を見に来たのよ。侍女たちもオロオロしていたわ」
「……っ、おっ……おかあさま……」
優しく穏やかな、いつもの母だ。安心して思わず涙が零れそうになる。……そう、きっと私は天国に来たのね。ここが、死後の世界……。
大好きな母の顔を見つめながらそんなことをぼんやりと考えていると、不安そうな母が私の頬に手のひらを当てる。……あれ?温かい……。
「どうしてしまったの?そんな変な顔をして。熱はなさそうね。嫌な夢でも見た?」
「…………っ、」
……ちょっと待って……。え?
なんだか、……夢では、なさそうな……。
夢にしてはやけに現実感がある。何?どうなっているの?もしかして、今までのが、ずっと夢……?
混乱しながらも、私はおそるおそる上体を起こし、ぐるりと部屋を見渡した。……やっぱり。間違いない。私の部屋だわ。
「大丈夫?ステファニー」
「っ、え、……ええ。ごめんなさいお母様。ちょっと……最近、寝不足だったから、まだ、ぼーっとしてしまっていて……」
もはやパニック状態だったけれど、私はしどろもどろに言い訳をする。
「そう。じゃあ今夜こそはゆっくりと眠ってちょうだいね。いよいよ明日からあなたも貴族学園に通うのよ。入学式では大役を仰せつかっているんだもの。体調を整えておかなくてはね。ふふ」
そして母は「早く降りてきてお食事をとるのよ」と言い残し、部屋を出ていった。
「…………え?」
今、何て言ったの?お母様……。
明日から、貴族学園に?……入学式……?
「な……何が起こっているの……?」
母は何を言っているのだろう。入学式も何も、私はもう卒業してる。さっきまでの、ラフィム殿下と結婚して王太子妃となり最後に処刑された方の人生が夢なのかと一瞬思ったけれど、絶対に違う。だって何もかも、はっきりと感覚を伴って覚えている。ラフィム殿下から髪に、体に触れられる感触、王宮の庭園の風、花々の香り、それに……断頭台の、冷たい無機質な感覚……。
「う……嘘、でしょう……?何?これは……」
狼狽えてもう一度部屋の中を見回すと、ふとテーブルの上の大きな箱が目に入った。
「……っ!!……あれは……」
あの箱を、よく覚えている。届いてから毎日、ときめきながら中を見ていた。混乱と恐怖と戸惑いの中、私は吸い寄せられるようにその箱に近付き、震える手で蓋をとる。
「ああ、やっぱり……」
その中に入っていたのは、貴族学園の新品の白い制服。胸元には金の糸で私の名前の刺繍が施されていた。




