10. 策略(※sideラフィム)
「……殿下?」
俺は思わずタニヤの腰に回した腕に力を込めていた。
「ごめんなさい、殿下。許して……。私が最近読んだミステリー小説に、そういう一場面があったのです。あまりにも不謹慎すぎましたわね。もうこんなこと、言わないわ。怒らないで……。ね?」
タニヤは俺の方を振り返った。
「……っ!」
至近距離から俺を見上げるその瞳は不思議な光を帯び、あまりにも妖艶だった。ああ……なんて魅力的なのだろう、この子は……。ステファニーよりも先にタニヤと出会ってさえいれば、俺は迷わずこの子を選んだのに……!
吸い込まれそうなその金色の瞳を見つめながら、俺は掠れる声で囁いた。
「タニヤ……、もし、もしも、……今の物語が、現実になったら、どうする?」
「……え?……どういう意味ですか?殿下……」
俺の鼓動は相変わらず速かったが、頭の芯は妙に冷静だった。
「もしも、ステファニーと近衛騎士が不貞を働き、俺を毒殺しようとしたら……、いや、……そういう風に仕組むことができたら……」
「……で、殿下……?まさか、そんな……、そんなこと……っ、い、いけませんわ!」
「だが俺はどうしても君を得たいんだ!!」
「……っ、……殿下……。そんなにまで……」
タニヤの瞳が不安げに揺れる。
「……どうにかして、その小説と同じようにできないだろうか……。侍女はいつも俺が口にするもの全てを毒味している。ステファニーとグレンが懇意にしていることを、どうにかしてもっと周囲に印象づけておき……」
「……印象づけることはわりと簡単だと思いますわ。ステファニー様とグレン様がお話をされるのをご覧になるたびに殿下が、“あの二人は本当に仲が良いな。妬けてしまうよ”などと周りの方に言っていればいいのですわ。殿下のお言葉とあれば、誰にでも印象づけられます」
「……ああ。……そして準備が整ったら、あらかじめ俺用の紅茶に毒を仕込み、毒味役の侍女が……死ぬ」
「その時に殿下がハッと気付いたように、グレン様の名を出して、拷問……、……いえ、それでは必ず上手くいくという保証がありませんわね。拷問にかけられても、根も葉もない話であればグレン様はお認めにはならないかもしれません。あのステファニー様とグレン様が二人がかりで完全に否定すれば、国王陛下や王宮の方々はそちらを信じる可能性も……」
いつしかタニヤも俺と一緒になり、この策略を夢中で考えていた。
「……ならば、先に殺すのはどうだ。グレン・マクルーハンを」
「……ええ……そうですわね。秘密裏にグレン様を亡き者にしておき、あたかも侍女が毒味をして死んでしまった後に拷問して、彼が全てを白状し、処刑したことにするのです」
「……死人に口なし。それならば信憑性が生まれる。父上もステファニーを見限るかもしれない」
「…………。」
見つめあうタニヤの瞳に、強い光が宿った気がした。
「……殿下……本当に……?」
「……ああ。俺はやるよ、タニヤ。……全ては、君を得るためだ」
「……殿下……っ!!」
突如こちらに体を向けたタニヤは、弾かれたように俺の首に抱きつくと熱く深い口づけを与えてくる。まるで縋りつくように俺の背に手を回したタニヤから、強く抱きしめられる。俺もまたタニヤの想いに応えるようにその激しい口づけを受け入れながら、全身でタニヤを抱きしめた。
人までは殺したことがなかった。
いくら思い通りにならずに腹が立とうが、そのたびに誰を傷付け貶めようが、そこまではしたことがなかった。
だが、やるしかない。俺がこの子と出会ったのは、この子を愛したのは、運命だ。
王太子であるこの俺の愛を成就させるために、ごくわずかな犠牲を払う。
ただそれだけのことなのだ。




