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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

アフター・ドリーム

作者: ストロガノフ

当時、趨勢を誇った陰謀論をテーマに書いて見ました。

社会的不平等にも問題提起した作品です。

是非、お読みください。

「うぃぃぃぃ~~~っす! どうも~、毎度おなじみ、社会の闇を暴く系ユーチューバー、あつひとですぅぅう~~! え~、今回、わったっくっしっが挑戦するのはですね~。究極の闇! そう、皆さん大好き人気テーマパーク、夢の国ことチバニ―ランドの閉園後。そこでは何が起こっているのでしょうか? さっそく潜入して解き明かしていきたいと思います~~」

 長い金髪を後ろでくくった若い男がハイテンションでまくしたてていた。男は喋り終わると、自身だけがかっこいいと思っているであろう決め顔を作った。それと同時に、彼にカメラを間近で向けていた垢抜けた感じの若い女が「いぇええええぃ」とこれまたハイテンションで叫んだ。

「あつひと、いっけ~~!」

 騒いでいる二人を尻目に人々は同じ方向へと足並み揃えて向かっていた。ある者は少しばかり感慨深そうであり、ある者は満足しきった表情を浮かべ、家族で来たであろう子供はまだ遊びたいと駄々をこねていた。


もう、すっかり夜が深くなってきており、子供は寝る時間だろう。その時、夜空に人々の群れを照らすかのような巨大花火が打ちあがった。夜十時を示す合図とともに夢の終わりを告げる鐘である。

「レディースアンドジェントルメン。東京チバニーランドは閉園時間となりました。楽しい一日をお過ごし頂けましたでしょうか? またお越し頂ける日を心よりお待ち申し上げます。本日は、ご来園ありがとうございました。お気をつけてお帰り下さい」

 アナウンスと共にノスタルジックで甘ったるいBGMが流れる。その間、人ごみは段々とその塊を小さくしていき仕舞いには消滅した。ただ二人を残して。先程までのにぎやかさが嘘のようにしんと静まり返った『夢の国』を忍び足で歩く二人は物陰に身を潜めた。

「あー、本当にやっちゃうんだねー。大丈夫かなー、あつひとー?」

 女はへらへらとした笑いを顔に張り付け、男に尋ねた。

「大丈夫だって、あきにゃん。ネズミの化物に食われるとか地下に連れて行かれてそのまま海外に売り飛ばされるとか、そんなもん頭のねじが外れた奴が垂れ流す被害妄想に決まってんだろ」

 あつひとは余裕綽々としてどこか期待に胸を膨らませているかのようである。あきにゃんがあつひとに飛びつくと彼は思わずハハッと甲高い笑い声をあげた。だが、その瞬間、一筋の光が向かってくるのを二人はその身に感じた。

「伏せろ」

 あつひとが小さく呟き、二人はそのまま倒れこんでうつぶせになり匍匐前進して移動を始めた。先ほどの光は彼らの頭上をしばらく通過していたが、少し経つとその向きを変えた。

 移動した先で二人は物陰から見渡し、光の元を探すとそこには二人の色鮮やかな服を着た男が懐中電灯を持って立っていた。

「ヤバくね?」

 なおもヘラヘラした調子のあきにゃんは呟くが、あつひとはそれに応答しない。どうやら向こう側にいる男たちの会話に耳をそばだてているようである。しかし、不思議と向こう側の男たちからは殺伐とした様子が感じられない。

「な、なんか笑い声しませんでしたか? なんかネズミーの笑い声に似てたような……」

「こういうことよくあるんだよ。まぁ、またあいつらが出てきたんだろう。ビビるなよ、新人。定年までまだ四十年以上あるんだぞ。こんなもん怖がっててどうすんだ」

 男たちは軽口を叩きながらそのまま歩き去って行った。ほっと胸をなでおろす二人。

「ま~じ、ビビった~」

「それにしても、あつひとの笑い声やっぱネズミーに似てるわ~」


 二人はしばらくして誰も来なくなったことを確認して立ち上がり、あきにゃんがあつひとにカメラを向ける準備をし始めた。そして、決め顔の練習をしていたあつひとにおもむろに語りかける。

「これが成功したら私たちの夢が叶うね」

 それに対して、あつひとは作り物ではない決め顔を彼女に向ける。

「ああ、勿論さ。大物ユーチューバーの仲間入りしてゆくゆくは社長になってやるんだ」

「誰が何と言おうとも、根拠がなかろうと問題ないよね。信じりゃ夢は叶うってネズミーも言ってるんだから」

 自信満々のバカップル二人組であったがこの後起こる悪夢にまだ気付く由も無かった。談笑する彼らの背後で、得体の知れない黒い影が蠢いていることにすら気付かないくらいなのだから。



 千葉県の町はずれにある名も無き大学の大講義室の隅で、いつものように二人は動物園の如くがやがやとした喧騒の中に身を潜めていた。講師もやる気がなくロボットのように教科書を読んでいるだけだ。そんな中で二人はスマートフォンの画面にくぎ付けになっていた。

「おっ、ようやく一万回再生きた!」

 敦人が歓声を上げガッツポーツを取ると、その傍らの明乃はパチパチと控えめな拍手をした。

「今、私が再生してあげたんだけどね」

 そんなことはお構いなしとばかりに敦人は彼女の肩に手を回す。ふと彼女のカバンに目をやると、そこには人気アニメキャラクターであるネズミーのストラップがついていた。

「それを抜きにしても、始めたばかりのことを思えばよくここまで来たもんよ」

「ほんとそれよ~。でもまだまだなんでしょ?」

 敦人は野心に満ちた笑みを浮かべて深く頷いた。


 二人は現在、大学四年生である。そして、付き合いだして二年目だ。どういう馴れ初めかというと、敦人が駅でふらふら歩いていた明乃をナンパしたことにより意気投合してそのまま流れで近所の居酒屋に飲みに行き、敦人が一方的に「社長になりたい」という身の丈に合わない意識の高い夢をまくしたてたのを聞いてた明乃が面白がったという感じらしい。晴れて付き合うことになった二人は社長になる資本金もコネも能力も持っていなかった。しかし、知名度が必要ということだけは理解できたようであり、二人は顔を突き合わせて考えていた時に同じ結論に達した。

「「ユーチューバーになろう!」」

 彼らの行動力は凄まじく、そこからの動きは早かった。毎日、動画を投稿し続けた。料理を自炊する様子、二人でのデート、おすすめの化粧や食品だけでなく果ては怪しげな情報商材の宣伝などありとあらゆる動画を出していった。ここまでは彼らの目論見通りであったが、一つだけ誤算があった。

 それは、そう簡単には登録者数も再生回数も一向に伸びないということであった。一年以上投稿し続けても登録者数は十数人のままで、再生回数もよくて三桁にようやく届くか届かないかという有様だ。ありきたりな企画しか考えつかない彼らには、どうにも人気が出ない理由が分からなかったようだ。それでもお構いなしに動画をあげ続けていた彼らだが、四回生という学生生活最後の年に差し掛かり、動画投稿を生業としてきた自分たちに就職という選択肢は無いということを思い知った段階でようやく真剣に考えざるを得なくなった。そして、辿り着いた道は過激な動画を出せば人気が出るかもしれない、いわゆる炎上系である。

 それからというもの彼らの動画は非常識なスタイルが主になり、酔っ払いやヤンキーに絡んでいったり美人局まがいのドッキリをしかけたり、著名人の悪口を言いまくる、暴力団関係者と思われる人物に因縁をつけて喧嘩を吹っ掛け警察沙汰にするなどもはや無敵とも言える状態だった。それから少しは登録者数も再生回数も上昇し始め、彼らは念願であった『有名人』の域に足を踏み出しつつあった。しかし、それが悪い意味ということは目に見えたことだ。学内を二人が歩いていると、周囲が避けたり嘲る素振りを見せるなどといった形で可視化されていた。だが、ちょっとした有名人であるという自負を持つ二人にとっては、それはむしろ誇らしいことであったようである。悪名は無名に勝るという類だ。


「もっとね、なんかデカいことやりないといけないよな。何があると思う?」

 唐突に、敦人に質問を投げかけられた明乃は相変わらずヘラヘラした調子で首を傾げる。

「う~ん、分かんな~い。阿保総理に凸るとかは?」

「ちょっ、無理。殺される」

 それから暫らく喧騒の渦中、ドーム状に包まれた二人に静寂の時が流れ、その間、明乃は窓の外をぼーっと眺めていた。その視線の先には巨大な大人気テーマパークである東京チバニーランドがそびえたっている。

 今から数十年ほど前、経済成長の絶好調に達した日本はあまりに浮かれて、国家的プロジェクトとして外資系アニメ会社の遊園地建築計画を誘致した。しかし、いざ計画が開始となった段階で好景気は弾け飛び、政府はプロジェクトにかけられる予算を大幅に失ってしまった為にへんぴな千葉県の片隅に遊園地を追いやった。当初は東京に建設される予定であった為、その名残でチバニ―ランドには『東京』との冠が付くようになった。しかし、そんな東京チバニ―ランドは老若男女に愛される夢の国としていわば一種の独立国のように今に至るまで存在し続けている。この二人もたびたび記念日と称してはデートに訪れているようだ。

「ねぇねぇ、またチバニ―ランド行きたいな~」

 静寂のカーテンを引き裂いたのは明乃のかったるい声だった。それを聞いて敦人ははっと何かを閃いたようだ。

「そう、それだ!」

「えっ、連れてってくれるの?」

 敦人の目はらんらんと輝いている。そのただならぬ様子に明乃も驚きを隠せず口元を手で押さえる。

「あぁ、今すぐ行こう!」

 二人は騒々しい大講義室から人目もはばからず堂々と退出した。その途中、講師が何か言っていたようだが気にも留めない。そして、「千葉から夢を」と学校の標語が書かれたポスターにも目をくれず校門を後にした時、彼らには決心がついていた。

 だからこそ「夢を」の後に落書きで「終わりにする」と書かれていたことにすら気付かなかったのだろう。



 静けさと暗闇が支配するチバニ―ランドは物足りなさだけではなく、そこには新鮮さもあると二人は感じていた。普段、閉園時間後にいることなどあり得ないから当然だろう。普段、BGMと共に煌めいているパビリオンやアトラクションは今や夢を与える魔法の城ではなく、ただそこに在る無機質な建築物だ。スタッフたちも客もキャラクターの着ぐるみたちももうどこにも見当たらず文字通り二人だけの楽園と化していた。

「えー、このようにですね。閉園後のチバニ―ランドは、とにかく! 暗いです! もちろんネズミーもいません! あいつら出てこいやって感じですねぇ」

 あきにゃんの回すカメラに向かってあつひとはひたすらに喋り続けた。

「ね~、ネズミーの真似やって~」

「ハハッ! さぁ、みんな! 夜の世界に旅立て! 魔法の力で夢を叶えようッ! レッツ、セェーックスッ!」

 あきにゃんはそれを聞いて、またやっていた本人であるあつひとも下品に大笑いした。

「ちょっ、ユーチューブの規約で下ネタは収益停止なんだよ」

「あとで編集かけといて」

無邪気なあきにゃんの顔に思わずあつひとは見惚れる。彼は自身の壮大な計画に酔っていたのだろう。そして、そのクライマックスを思い描いていた。

「では、シャンデリア城に参ります~~」


 チバニ―ランドの中心部にはなんといっても遊園地を象徴するシャンデリア城がある。貧しい身から魔法を駆使して王子と結婚した少女のアニメに出てきたものが眼前に建っている、まさに夢の具現化とも言える代物だろう。二人はカメラを傍らにおいて、そのシャンデリア城を背景にする。

「わぁ~、きれい~」

 そんなあきにゃんの目を盗み、あつひとはポケットから小箱を取り出す。

「あきにゃん」

「なぁに?」

 突然、あつひとの顔から笑みが取れて神妙な面持ちになる。

「そう、前から言おうと思ってたことなんだけどさ」

「えっ、待って待って。今から何が始まるの?」

 あつひとは片膝をつき頭を垂れて、先ほど取り出した小箱をあきにゃんに差し出した。驚く様子のあきにゃんに彼は続ける。

「ずっと、本当に、好きだった。二年間もこんな俺と一緒に動画をやってくれるあきにゃんは本当にかわいい。周りからバカにされたりムリだとか言われてるけど社長になるっていう夢、これからも俺は追い続ける。だから、その為にずっとそばにいて欲しい。いつか本当に夢を叶えた時、今この日が笑えるようにしよう」

 小箱の中身は指輪だった。その瞬間、あきにゃんは察した。そう、全てはこのプロポーズの為に用意された企画だと。

「あつひと……」

 あきにゃんは指輪を手に取り、何かを言おうとした。

だが、そこに水を差す存在が唐突に現れた。


「君たち。ちゃんとお金払ったかい?」

 エコーの効いた甲高い声が二人の耳に鳴り響く。二人が声のする方向に目をやると、暗闇から異形の姿の『何か』が現れた。

「「ネズミー……」」

「ハハッ」

 それはネズミーの姿をした文字通りのネズミ男だった。球体の頭部にパラボナアンテナ状の耳が斜めに二つ付いている。そして、張り付いた笑顔と黒い目。服装はタキシード姿に白手袋。あまりの恐怖に腰を抜かす二人にネズミ男はゆっくりと近づいてくる。

「貸し切りならちゃんと貸し切り料金を払ってもらわないとなーッ。もしかしてタダで夢が買えるとか魔法の場所を使わせてくれる甘いこと考えていた? そんな理屈は著作権おじさんには通用しないよー。お伽噺の中だけの話さ」

 二人はなんとか体中の力を振り絞りカメラを手に取ってネズミ男と反対方向へと駆け出した。

「逃げるぞ」

「ハハッ、実に愚かなお子ちゃまだね。そっちは出口じゃないよ。ちゃんと寝かしつけてあげなくちゃね、いい夢を見れるように」

 ネズミ男の月夜に照らされた顔面は獲物を狙う狩人そのものであった。


「やばいやばいやばいやばいやばいやばい」

「マジでマジでマジでマジでマジでマジで」

 二人は死に物狂いで走りその道を覚えているヒマすらない。ただがむしゃらに、ただひたすらに加速し続けた。そして、疲れ果てて止まり息を切らした。ぜーぜーはーはーと呼吸を荒くする二人は口喧嘩を開始する。

「だから言ったじゃん。閉園後のチバニ―ランドの都市伝説って本物だったんだ」

「いや、あいつはネズミーなんかじゃない」

「じゃあ何?」

「分からねえよ」

「何それ?」

「とりあえず、あいつに見つからずにここから脱出する方法を考えよう」

 しばらく経って、ようやく二人は落ち着きを取り戻す。そして、熱い抱擁を交わした。走ったせいか体が火照って汗ばんでおり、文字通り熱い抱擁である。

「俺を信じろ」

「あんな化物なんかに負ける私たちなんかじゃないよね」

 あきにゃんは大粒の涙を流しながら、カメラに手を伸ばす。ピンチはチャンスだ。そう覚悟を決めて立ち上がった。一方のあつひとは口調こそ強気であったが、手足が小刻みに震えている。彼はあのネズミ男が常識を通り越した人外の何かであるということを薄々感じ取っていた。

 その時、ピンポンパンポーンと景気の良いチャイムが園内に響き渡る。

「えー、迷子のお知らせです。金髪の男の子と垢抜けた女の子です。見つけ次第、お近くのネズミーへの報告とクラブ21での保護を何卒お願い致します」

 それを聞いた二人はゾッとする。

「クラブ21って何?」

「そんなこと気にしているヒマはねえ。とりあえずあそこに入ろう」

 彼らは無数の視線を感じながら、眼前の豪邸へと入って行った。そこがどこであるかもお構いなしに。


 豪邸の中は異様なほどひんやりとしている。不気味な絵画が飾られておりその一つ一つが恐怖心をあおる効果のあるものだった。それに加え、歩く度に靴が鳴らすカツーンカツーンという足音が不安を煽っている。

「ねぇ……、ここ前に来たことあったっけ?」

 彼女の問いかけに無言であつひとは首を振る。そんな彼にあきにゃんはカメラを向け続ける。

「なんか喋ってよ」

「あ、ああ……。えー、今ですね。さっきのネズミーっぽくてネズミーじゃない何かに追いかけられてここに逃げ込んだんですけどね。まぁ……こ、怖いんですよ。何ていうかお化け屋敷のような――」

 彼が語るのを遮ってあきにゃんが大声をあげる

「あーーーーー!」

「と、当然どうしたんだよ?」

 あつひとは驚くと同時に不思議そうにあきにゃんに問いかける。

「思い出したの。前に二人で来た時、ここ行く~ってなって怖そうだからまた今度にしようって言ったよね。覚えてる?」

 それを聞いてあつひとの顔から血がさーっと引いていく。

「もしかしてここって……」

「最恐のお化け屋敷、スケアリーマンションよ!」

 二人が気付いたことを祝福するかのように、微妙に音程の外れたパイプオルガンの爆音が耳をつんざく勢いでドーンと炸裂した。二人はその瞬間、自分たちが黒い乗り物に固定されていることに気付く。

「ようこそ、スケアリーマンションへ。この悪夢の館では今宵、悪霊たちによる結婚式が行われるのです。御二方にも参列していただけば幸いに存じます」

 紳士的だが震え上がらせるような声色のナレーションが機械的に読み上げられる。

「ちょっと、ちょっと待って!」

 あきにゃんは動揺する。

「俺たちは祝儀持ってきてないんだぞ!」

 あつひとの叫びにあきにゃんは思わずそこかとがっくりした。しかし、彼の叫びを受け入れることなく乗り物はマンションの中をずんずんと進んでいく。その行き着いた先にある結婚式場ではまさに誓いの儀式が行われようとしていた。神父の法服を纏った骸骨の面前に並ぶタキシード姿の花婿とドレスを着た花嫁。先ほどと同じ調子の音程の外れたパイプオルガンが演奏者もなく一人でにメンデルスゾーンの結婚行進曲をかき鳴らしている。

「それでは新たに夫婦となるお二人は参列者にその晴れ晴れとした表情をお見せください」

 骸骨がそう促した時、新郎新婦はあつひととあきにゃんの方を向く。それを見て二人は絶句する。

「オレハ、シャチョーニナッテオマエヲシアワセニスル……」

「ワタシハ、ツイテイクワ……」

 新郎新婦の容姿は、腐って肉が削げ落ち骨がところどころ見えているゾンビのようなあつひととあきにゃんの姿であった。なおも言葉を失っている二人に骸骨は諭すように言う。

「まだお分かりになりませんか。これはあなたたちを映す鏡です。それと、このメンデルスゾーンの結婚行進曲は偉大なるシェークスピアの『真夏の夜の夢』の劇中曲ですが、この後に演奏されるのは――」

 体を寄せ合う二人の間に骸骨が顔を近づけ、腐乱臭のする息をまき散らし、

「葬送行進曲」

 その瞬間、乗り物は地下深くへと落下していった。下へ……下へ……。止まることを知らず、落ち続けている間に二人は気を失ってしまった。



 二人が目を覚ました場所は仄暗く広い天井があり、先が見えないほど奥行きのある通路だった。

「ようやく起きたか。このバカどもを連れていけ」

 野太い声がする。そこには黒いスーツにサングラスをかけた筋肉質な野獣のような男が立っていた。

「おいおい、嘘だろ」

 あつひとが動こうとすると手足に痛みが走る。足枷と手錠で繋がれており横にいるあきにゃんも同様だった。動揺する二人を見て野獣は馬鹿にしたようにふんと鼻で笑う。

「自分が置かれている立場を理解していないようだな。どこの馬の骨か分からないお前らみたいな奴は我ら中央情報局がどうしようと勝手だろうが」

 流暢な日本語で話すが野獣の顔つきは白人系の彫りが深いものであり、髪は金髪であつひとの人工着色料によるものとは違い自然な色合いだ。二人には未だに何が何だかさっぱり理解できないが壮大な陰謀の為に犠牲になろうとしていることくらいはかろうじて理解できた。

「えぇえええええぇ! ここどこ? 今から何が起こるの?」

 あきにゃんの方はパニック状態だ。しかし、そんなあきにゃんと対照的に野獣は平然としている。

「映画の悪役のようにわざわざ教えてくれると思ったのか。ってか、知ってどうする? 何も知らないまま死ねて幸せだと思え」

 くるりと振り返り野獣はその場を後にした。

 あつひとがぐるりと周囲を見渡すと自分たちと同じように手錠と足枷で繋がれた人々が大勢おり、一列に並ばされていた。だが、その殆どがまだ幼い子どもたちだ。彼ら彼女らはあつひとたち同様に自身の身に何が起きたのか分からず、ただ親と引き離された恐怖に震えているのだろう。あまりの恐ろしい光景にあきにゃんは思わず大声をあげて泣き出した。

「静かにしろ!」

 再び野太い声がしたが、先ほどとは声質が違う。つかつかと歩いてきたのは日本人風の顔の若い男だった。だが、先ほどの男と同じようなオーラを身にまとっている。その手には警棒のようなものが握られており、彼がそれを振るうとビビッと音がしたと同時に先端に電流が流れた。スタンガンというやつではないか。そう思う間もなく、それは二人の腹部へと押し当てられる。

「静かにしろ」

 若い男は、先ほどと打って変わり敵意のない口調で囁いた。スタンガンから電流は出ておらず、彼はもう片方の手と腕で二人の口を押えた。彼の燃えるような目つきを見て二人はこくりと頷いた。


 そのまま捕まった一行は銃を持った集団に囲まれながら歩き続けた。彼らの頭上で空気が通る音がする。どこかで体験したことがあるとすれば――地下鉄。あきにゃんは、はっとその光景を思い返した。同時にチバニ―ランドの地下には巨大空間が広がっており、人身売買をする機関があるという陰謀論もだ。

「あんたらは私たちをどっかの国に売りさばくつもりなんでしょ! 嫌だ嫌だ嫌だ!」

 あきにゃんは制止を振り切って走り出す。「やめろ!」と叫ぶあつひとの声も聞かずにだ。リーダー格である野獣がそれを見逃すはずがなかった。

「やれ」

 冷血な野太い声が鳴り響くやいなや周囲の隊員は銃を一斉にあきにゃんへと標準を合わせる。そして、その引き金がまさに引かれんとした時、誰にとっても予想だにしない出来事が起こった。


「うぎゃあああああああ!」

 隊員たちが音を立てて火で熱せられたゴムの如く溶けていった。そして、一行を縛っていた手錠と足枷が音を立てて外れる。

 その光景に驚いているのはあつひとやあきにゃん、捕まった一行だけではない。

「な、なんだと……?」

 野獣の狼狽ぶりは必死だった。そんな彼の背後から唯一生き残ったであろう隊員がすっと忍び寄り彼を地面に押し倒し、組技をかけた。

「お、大室。貴様、何の真似だ! 日本人のお前を対日エージェントとしてリクルートしてやった恩を仇で返す気か? 愚か者ばかりのこの世界を支配するお方たちをお守りする我らの崇高な使命を放棄する気か?」

「マウスさん。いや、中央情報局の犬め。貴様らの企みはこれで一貫の終わりだ」

 マウスを押さえつけた大室と呼ばれた人物は、先程あつひととあきにゃんを庇ったあの若い男だった。押さえつけられてなおマウスは野獣の如くもがき続ける。

「貴様風情が中央情報局に盾ついて勝てると思っているのか? 我らが大統領はどのような手を使ってでも貴様を絶望的な死へ追いやる」

 大室はそれを聞いて嘲笑う。

「何を言う。人々の生き血をすすり生き永らえる支配層の操り人形に過ぎない偽大統領なんか俺は怖くない。俺が忠誠を誓うのは真の大統領であるトラサンさまだけだ」

 トラサンとは某国の前大統領であり、かなり問題のある発言や根拠不明な陰謀論をまきちらして不人気やバッシングの中で選挙を戦ったが、最終的には敗北してその職から解任された人物だ。しかし、現在もなお不正選挙を訴え自分こそが真の大統領であると主張している。

「敗戦国であるこの日本が急激な経済発展したことを恐れた支配層は金融危機を引き起こし、日本をオワコンにしたが、それは手段に過ぎない。計画通り、千葉県のへんぴな海沿いに治外法権の半独立国家である人身売買特区TLマジックワールドを作り、支配層の食料品とする為に数えきれないほどの人々をその地下に誘拐してきたな。それも、魔法と称した催眠術や幻覚剤を駆使して。トラサンさまは世界と人々を偽りの世界から解放する偉大なる計画を我々Zアノン軍に託され、遂に実行命令を出した」

 大室は言い終わると勢いよくマウスの首をへし折った。それを見ていたあつひととあきにゃんたちは何が何だかさっぱり理解できない様子である。そんな折、突如赤い警告灯が輝き始め恐怖心をそそるブザー音が鳴りだした。

「みんな急げ! 出口を見つけて逃げるんだ!」

 大室がそう言うと子供たちは一斉に蜘蛛の子を散らすように四方八方へと駆け出した。それと共にどこからともなく暗視ゴーグルをかけた重武装の集団が現れ、子供たちを追いかけ始める。それを見た彼は覚悟を決めた。

「なぁ、お二人さん。君たちはユーチューバーだったよな。ここで見た世界の真実をありのままに映像にとって世間に拡散してくれ」

 彼が差し出したのはあつひととあきにゃんのカメラだった。黙ってうんうんと頷く二人にそれを手渡した大室は晴れやかな笑顔だった。

「ありがとう。また会おう。願わくは君たちが生きて帰って欲しい」

 そして、くるりと振り返り飛び交う銃弾を避けながら武装集団に接近した彼は手に持った手りゅう弾のピンを思い切り引き抜く。その瞬間、強烈な爆発音とともに火柱が立ち、その衝撃で二人は遠方まで吹き飛ばされた。そんな彼らの眼前には瓦礫の山があるのみであった。



「ちょっ、展開がアレ過ぎて脳のキャパが追い付かないんだけど、どうなってんの?」

「いや、これは本当にマズイやつだ」

再び走り出す二人。そして、やはり疲れて再び立ち止まる。この地下迷宮はチバニ―ランドよりも広いかもしれない。二人はあぶら汗にまみれて服もべとべとになっていた。疲労困憊は心身ともに絶頂に達しようとしている。

「社会の闇を暴く系ユーチューバーだとか言ってたけど、これは流石にな」

 あつひとが諦めたように呟く。

「私たち殺されちゃうのかな?」

 流石のあきにゃんも諦めムードである。二人でその場にへなへなとしゃがみこみ無気力感に陥る。追手はしばらく来なさそうだ。

 何気なくあつひとが舌打ちをした瞬間、あきにゃんが指輪を思いっきり遠くへと投げ捨てた。

「おいっ!」

 あつひとが怒鳴るもあきにゃんは表情を変えない。

「どうせ、あれはおもちゃでした~とかいうドッキリ企画だったんでしょ。それくらい分かってたもん」

 あきにゃんはわーわーと泣き始め、それをあつひとは黙って見ているしかなかった。そして、自分の薄っぺらさをまじまじと実感する。しかし、それはその場しのぎの現実逃避に過ぎない。そう感じた彼は意を決して口を開く。

「そうかもしれない」

 言葉にもならないような声で小さく呟く。

「ナメやがって! あつひとは女をアクセサリーのように思ってるんだ。どうせあつひとなんか頭悪いし社長にはなれないことくらい自分でも分かってるのに使える時だけ都合よく使われて。結局あつひとは自分のことしか、後先考えず今のことしか考えていない。それでも人間か?」

 叫ぶあきにゃんの胸倉を掴みあつひとは立ち上がる。

「残念だな。これでも人間だ。これだからこそ人間だ。ああ、お前の見立ては全て当たっている。あの指輪もティファニーの偽物のディファニーとかいうやつだ。たった1980円だったよ。お前は俺にとって都合の良い女だからこれくらいがお似合いだと思ったからな。でもお前はいくつか大きな勘違いをしている」

 その気迫にあきにゃんは思わず言葉を失う。

「それはな……。今を必死に生きないと未来は来ないってことだ」

 強い感情を込めた台詞はまだ続く。

「誰が何と言おうとも、根拠がなかろうと問題ない。信じりゃ夢は叶う。ネズミーも言ってるだろ? 夢を叶えることだけが生きる意味じゃない。俺の生きる意味は夢を叶える為にあがき続けることだ。万が一にも夢が叶っちまったら新しい夢を見つけるさ。今この瞬間の夢はな、有名になることよりも社長になることよりも、この地獄をあきにゃんと一緒に生き抜くことだ!」

 あつひとは喋り終わるとはーはーと息を荒くし、一方のあきにゃんはもう既に涙が止まっていた。

「あつひと――」

 あきにゃんが言いかけた時、銃撃音が響き、人影が二人の視界に入ってきた。

「こっちだ!」

 暗い地下通路の中できらりと小さく光るものの方向へ導かれるように二人は走り出す。走り際、あきにゃんはその物体を拾った。彼女自身が投げたものは彼女自身で拾うのは自明の理であろう。


 走り続けて早数時間、彼らは線路を見つけた。その先にはトンネルがあり文字通りの真っ黒な暗闇であり、入るには勇気が要りそうだ。

「なぁ、あきにゃん」

 あつひとが呼びかける。

「確か前に来た時、コアー・オブ・ジ・アースまた乗りたいって言ってたよな」

 あきにゃんはそれを聞いてはっとする。

まず、コアー・オブ・ジ・アースとは東京チバニ―ランドと併設するテーマパーク、東京チバニ―シーにあるアトラクションである。チバニ―ランドの象徴がシャンデリア城だとするとチバニ―シーの象徴は巨大な人工活火山であり、その中心をジェットコースター形式で探検するという趣旨のものだ。火山の内部は地球の中心、マグマが流れる(コアー)へと続いていることは中学の理科や高校の地学でどんなバカでも習うことだろう。幸いにも線路にはコースターが備え付けられていた。

 その瞬間にも彼らの後方には武装集団がじりじりと迫っていた。

「乗るぞ!」

 二人は追われるまでもなくコースターに飛び込み、備え付けられていたボタンを手当たり次第に押した。だが、一向に動き出す気配がなく、二人は焦りだす。

「もうそこまで来てるよ~」

 あきにゃんの不安をよそに、あつひとは最後のボタンに力を込めた。彼女が言うように武装集団は手が届く位置まで来ている。圧倒的絶望的状況。そういう時でなければ奇跡は起こらない。

「頼む、動いてくれ」

 その時、セーフティーバーが二人の腹部へがちんと降りる。そして、コースターは勢いのよい雄叫びを上げ、ぐるりと周囲を囲っている武装集団を跳ね除けて真っ暗闇のトンネルへとミサイルのように駆け出して行った。


 コースターはこれまでにないスピードで地底を抜けて活火山の中を疾走する。BGMがない中、動きを止めた機械仕掛けの地底生物をよそに飛ぶように駆け抜けた。最後のクライマックスはおぞましい姿の怪獣の脇を潜り抜けて頂上へと向かい、一気に下降するところだ。

 しかし、怪獣だけは何故か躍動感をもって動いており、唸り声をあげ二人の乗ったコースターへとその鉤爪を向けて来た。二人が頭をかがめてそれを避けた瞬間、コースターは一気に上昇を始め噴火口を目指す。

「「いっけえぇええええええ」」

 加速が止まらないコースターに乗る二人はどこか楽し気で、ぐんぐんと暗闇の中を上り続けるコースターは宇宙にでも届きそうだ。上昇が終わって下降が始まる瞬間にはチバニ―シーの全景を一瞬だけ一望できる。二人はそれを期待した。誰もいない光の灯らない静かなネズミーシー。しかし、その光景は数秒続いている。

「どゆこと?」

月明かりに照らされる二人を乗せたコースターは線路上ではなく空中に浮かんでいた。そう、彼らはまさにマグマであった。噴火口からそのまま噴出されたというわけだろう。そこからは言うまでもないだろう。

「うわぁああああああ」

 コースターは垂直に加速しながら、紐の切れたエレベーターの如く落下していった。



「あぁあ、死ぬかと思った」

「死ねてたらラッキーだったかもな」

 二人はぐしょぬれで無人無音の終末感溢れるチバニ―シーを徘徊していた。

 二人が何故こうして喋れるように生きているかというと、それは着地点に理由がある。もし、地上であれば彼らは肉の塊と成り果てていただろう。しかし、運が良いのか悪いのか火山の付近にある人工池に落下した。衝撃は吸収され、コースターはその衝撃で大破して二人は泳いで陸地がある入江へと向かったのだ。

「ここまで来たらエントランスゲートは近い」

「ようやく開放?」

「いや、まだ早いかもしれない」

 二人は自分たちの周りに無数の影が出来ていることに気が付いた。そして、それが近づいてきていることも。

「また会えたね」

 影から現れたのはあの時のネズミ男だった。そして、彼らを取り囲む無数の人影の正体もまた同じ顔をしたネズミー、いやネズミ男の大群であった。

「このチバニ―リゾートの、いや世界の真実を知って生きて帰すとお思いかな?」

 最早、その甲高い声に二人が怖気づくことはない。もう色々ありすぎて慣れてしまっていたから。

「生きて帰るって約束したんだ」

「こうなれば朝まで鬼ごっこよ。化物」

 あつひとは眼前のネズミ男を殴り飛ばし、あきにゃんの手を取って走り出す。

 無数のネズミ男は二人を即座に追いかけるが、二人は入り組んだ路地に入り込み追手をかわした。


「そういやこんな場所あったね。今まであんまりしっかり見たことなかったけど」

 二人は前時代的な西欧風の要塞の中に立っていた。ここまで来ればあのネズミ男も来るまい。しかし、二人は今いる街に対して記憶があまりない。たまたま来なかっただけなのだろうか、それとも? 確かにこの要塞は火山の麓に建っていて見栄えがすると言えば見栄えがするのだが、どうにもあまり観光ガイドにも詳しく書かれていなかった。二人はここに来てようやく観光をすることとなった。

「こうしてみると本当に手が込んで作られてたんだな。この恐ろしいテーマパークは」

 あつひとが感嘆する。石の作り、わざと編み込まれたであろう傷跡、時代を感じさせる絵画やミニチュア。勿論、今の時間帯にはいないがマスコットキャラクターの着ぐるみや音楽、洋食の食欲をそそる匂い、スタッフの活気ある対応。明るい時間のチバニ―リゾートを懐かしがるかのように思い出していた。

 その時、要塞に灯りが灯っている一室があるのを二人は発見した。

「あいつらかな?」

 あきにゃんが疑うも、あつひとは一歩を踏み出そうとする。あきにゃんはそんな彼の袖を掴む。

「八つ裂きにされるかもよ」

 怖がるあきにゃんの頬をあつひとがそっと撫でる。

「どうせ最後に捕まってしまうくらいなら。こちらから一人でも多くぶん殴ってこの悪夢を終わらせてやろうじゃないか。夢を叶えるのだって同じさ。戦わずして負けるなんて絶対にごめんだ」

 二人は覚悟を決めてそのドアを開いた。



「ようこそ、クラブ21へ。よくここまで来れたな。ネズミども」

 彼らの眼前にいる不吉な雰囲気の男が無表情で彼なりの歓迎の言葉を放った。二人はその声の主を見て先ほどまでの出来事以上に驚く。

「阿保総理大臣……!」

 そう、彼はこの日本国の内閣総理大臣である阿保信央であった。毎日のようにテレビや新聞、ネット記事ではよく見るのに直接見たことがない人物がここにいるのだ。

「調べさせてもらったが君たちはあまり国民としての質も地位も低いゴミのようだな。底辺大学生? 迷惑ユーチューバー? 社会のガンか。はたまたなんでそんなどうしようもない奴がこんな日々黙々と社会に貢献している我々の平和な日常に土足で上がってくれたものか。閉園時間を過ぎてからのお前たちの逃避行はそこら中にある監視カメラで一挙一動全部見てたぞ」

 阿保は辛辣な言葉を投げかけ、目の前のステーキをぺろりと一口でたいらげ、燃える火よりも赤いワインを一気に口へと流し込んだ。

「こ、ここは一体何なんだ?」

 あつひとが疑問を思わず口にする。

「流石は社会のガンだ。人にものを尋ねる時には敬語を使わなければならないことすら知らんのか。お前らのおもりをする教授や警察たちが可哀想になってくるよ。まぁ、せっかくだから教えてやろう。このクラブ21のことか? それともこのチバニ―リゾート、いや治外法権軍事特区TLマジックワールドのことか? それとも世界のことか?」

「全てです……」

 彼の徹底した見下しに対して二人はおもわずたじろいでしまう。その時、横やりが入る。

「まぁまぁ、まだ夜は長いことですし、ゆっくり最初から順序良く話していけばよろしいじゃないでしょうか? お二人さん、足も疲れているだろうしソファーにお掛けなさい」

 その声の主を見て二人は先ほど以上の驚愕により開いた口が塞がらない。そこには二人が憧れる大手ベンチャー企業の社長にして大物ユーチューバーの前畑雄三がいた。それだけではない、あたりを見渡すとこの洒落たラウンジには多くの人々が団欒している。そのメンツは毎日テレビで見ない日がないような有名タレントや政界・財界・学術会の大物クラス、大手総合法律事務所の弁護士に大学病院の権威ある医師、そうした『上級国民』が楽し気に談笑して、食事に舌鼓を打っている。戸惑う二人を見ながら阿保は口を開く。

「いいだろう。まず、このクラブ21は日本を動かせる力がある者だけが入会できる秘密サロンだ。まぁ、表向きはチバニ―リゾートの株を大量に持っている株主としているがな。まぁ、日本政府が一番の大株主でそのトップが内閣総理大臣である俺だからこのVIP席に座れている。我々は夜な夜なここで色々しているのだ。ただくつろぐだけのこともあれば、世論を動かす工作や株価操作など日本の命運を左右する重要な決定を下す会議も行う。お前らには難しい話か? 簡単なものだと、俺たちがヘマした時とかに国民の目を逸らすための茶番劇を考えたりとかな、誰々が麻薬で捕まったーとか結婚したーとか大事件が起こったーとか至極どうでもいいことに愚か者どもは食いつくだろう。しかし、ここはそんな真面目なことだけをやっている場ではない。いかがわしいこととかもな」

 二人の傍らから全裸の爽やかな顔つきの若い男が下品な笑みを浮かべながら泣き叫ぶ女児の髪を掴んで引きずりながら歩いてきた。

「いやー、あのクソジジイ。有名にしてやるからお前のケツを差し出せとかマジで勘弁、口臭いのどんだけ我慢したことか。社長だからって何でもやって許されると思ってんのかよ、パワハラだパワハラ。たまには俺も趣味でガス抜きしねえとな」

 そう言って男と女児は奥の部屋へと消えていった。あつひととあきにゃんはこの下品なイケメンに見覚えがあった。そう、大手男性アイドル事務所であるシャニーズ所属のグループ、サマーズのリーダー格。池田翔太、略して池翔だった。爽やかなルックスとファン対応の良さから女性ファンが多くいることで知られている。あきにゃんもその一人だった。

「まさか、池翔くんが……」

 あきにゃんはドン引きの様相である。それを見て笑い転げている前畑が説明をする。

「いやぁ、彼もね。君たちに愛されるために色んな努力をしてきたんだよ。事務所の社長のおじいちゃんと毎晩ベッドでお遊びをしたりとかね。そんな彼のストレスフルな心境を察してあげないと。人間には誰しも表の顔があれば裏の顔もあるの」

「彼の一言一言はファンたちを熱狂させる。一種の大衆動員だ。世論工作の為に敢えてクラブ21に誘ったが、あの趣味には困ったものだ。さぁて、次は何の話かな」

 想像を絶するレベルに二人は頭がついていけない。いわば思考することすら不可能な中であつひとが呟く。

「チバニ―ランド……」

 阿保はそれを聞いて辛気臭い空気を吸ったような顔をする。

「ああ、それか。お前たちは地下であの裏切り者に大分話を聞いたはずだろうが。お前らの曽祖父たちが無駄死にしたあの戦争くらいはお前らでも知っているよな。ボロ負けして占領されたこの国の文化政策に、偉大なアニメーターであるヴァルト・ネズミーも関わった。彼は戦時中、日本人はネズミのような下等人種だってアニメを作りまくっていた人物なんだけれども。戦後ずっと日本人の頭をすっからかんにするための方法論を実践して、それをヴァルトが死んだ今に至るまで引き継いでいるわけだ。んで、長い時間かけてバカになったネズミどもは夢と魔法の国に行きたいと本気で考えるようになったから叶えてやっただけの話だ。もちろん対価はきっちりいただくさ。ネズミーランド及びシーを作る利権は当時不況で嘆いていた下等国民の全財産1万人分くらいってとこだったかな。でも、それだけじゃ足りない。チケットを読んでみろ、迷子は自己責任ですよって書いてんだ。まぁ、遊園地の義務として保護はしてやるがその後はどうしようとこちらの勝手だ。法律的にアウトと思うだろ? でもここは日本じゃないから問題ない。例の戦勝国様が主権を握っている軍事特区だ、彼らが何をしようと地下迷宮を作ろうと自由。沖縄や横浜にある駐留軍基地みたいなもんってところ。まぁ、勿論タダってわけにはいかないからこうして俺たちの安らぎの空間を提供してもらったりしているわけだ。最悪、万が一にもこの国で革命が起こるなんて事態の時がやってきた時でも、今までふんぞり返ってきた連中はここに来れば安全が保障されて緊張することなく亡命できる」

 阿保の喋り方はテレビの国会答弁で見る様子とさほど変わらず面倒くさそうな調子だ。その調子で話はまだ続く。

「この遊園地に来ると夢見心地な気分になったり、魔法にかけられたような気分になるだろ? それは科学で説明がつく。催眠作用のある微弱な電波を流しているんだ。ガキどもが大はしゃぎしてたり、人がうじゃうじゃいるのに携帯が繋がりやすかったり、カラスがこの遊園地に寄ってこないのを不思議に思ったりはしないか? 頭にアルミホイル巻いてここに来たらあまり楽しくなくなる。お前たちは先ほど逃げている間、ネズミ男や幽霊屋敷を見ただろう。あれはわざと電波強度を上げただけの話だ。まぁ、迷子ちゃんもこれのおかげというわけ。話は逸れるがそういや、この前幼女強姦殺人とかで捕まった凶悪犯罪者もネズミ男が見えるとか公判で言ってたらしいな。すまない、戻そう。もちろん催眠術だけじゃないぞ。ここで食う食材にはすべからくマジックマッシュルームとLSDをミクロ単位にした粉末を混ぜてある。これらの相互作用の結果だ」

 恐ろしい。二人はそう感じたが恐ろしすぎて意味不明といった具合である。改めて、今いるラウンジをぐるりと見渡すと夢と魔法の国であるネズミーランド&シーに似つかわしくない大人の空間、いわば銀座にある高級BARやホステスが迎えてくれる倶楽部のような雰囲気を醸し出している。しかし、違和感はそれだけではない。そこかしこに宗教的な小物、十字架や写本、銅像などが立ち並んでいるのだ。

「んで、最後の話だな。この世界は一体何なんだってのか」

 二人はもはや頷くことすら出来なかった。だが、面倒くさそうな様子の阿保も気分が乗ってきたのか話すのを楽しんでいるかのようだ。彼は前畑に顎で指図する。すると、彼は深いため息をつき、

「君たちが夢に向かって努力していたり頑張っていたりしてもそれが報われることは絶対にない」

 鋭く言い切った。

「なんでだ?」

 思わずあつひとが声をあげ立ち上がろうとするも、阿保が彼に手を伸ばして座れと暗黙に促したので、その通りにせざるを得なかった。

「例えば、俺が総理大臣になったのを努力のたまものとか思っていたりするか? だとしたら間違いだ。最初からそれは決まっていたんだよ。いや、あまり印象の良くない言葉を使うと仕組まれていたと言った方が適格だ。先ほども言ったように戦争でボロ負けしたこの国は占領された。しばらく占領軍はこの国を壊すだけ壊して女を犯すだけ犯して都合の悪い人間を殺すだけ殺して馬鹿を量産できるだけ量産して去って行ったわけだが、それだけで終わらせるわけがないだろう。この国を永遠に負けっぱなしにすることに成功した。すなわち属国にするということだ。自分たちのテリトリーゾーンにおいて信用に足る人間とは、自分たちに従順でありかつ利に適うと判断した人間のみであってその者にしか成功できないようにシステムを作っており、そのシステムの中で目星をつけて選定しているのだ。就活、受験、偏差値制度や学歴フィルターもその一種だ。俺が有能だからとか選挙や派閥争いの力が強いとかそんなことではなく、たまたまあの国のお偉いさんに直々に任命されたのさ。俺だって不必要になった時は挿げ替えられるか政権交代が起きる。お前たちはそもそもシステムの俎上に乗っていないから根本的に不可能な夢を追いかけているというわけだ」

 阿保の顔に薄っすらと笑みが浮かび始める。

「あと、それ以前の前提があってな。それは遺伝子だよ。愚か者どもは神が人間を作ったとか猿が人間になったとかほざいているが、どちらも正解でどちらも間違えている。神なんて奴は宇宙人に決まってんだろ。んで、猿に欲情したかもしくは自分の遺伝子を猿に組み込んだかでたまたまこんな不完全な生命体ができちゃったっていうだけのこと。お前たちは妊娠したないしはさせたことはあるか? 母親になるにしても父親になるにしても責任と言うものもしくは親の情というものが沸いてしまうのは自然の理だ。それと同じ要領で、農業や狩り方や金属の扱い方を教えたり文字を与えたりしたってわけだ。でも、子どももいつか成熟したら親に教育の義務はなくなるだろ? んで、宇宙人様も地球を見限ったってのよ。その結果、無節操にはびこって監視を失った人類は争いごとや揉め事を起こしまくっているわけだ。まぁ、宇宙人といっても色んな種類のやつがいる。その中には変人だったり仲間外れにされた奴もいただろう。そいつの遺伝子を引く少数派の種族はどこに行っても迫害された」

 何の話をしているのか全く理解できていない二人を前にしてぺらぺらと喋る阿保。

「その種族は悔しがった。だからこそ逆に多数派の種族を見下すようになり、彼らから押し付けられた様々な生業を逆手に利用して彼らに対して逆に優位に立つようになり多数派を気付かない内にコントロールできるようになった。それは貨幣であったり、学問であったり、お前たちの大好きなユーチューブでもそうだ。全て手綱に過ぎない。まぁ、こうした支配システムが世界規模で確立するのは大いに時間を使い大量の犠牲を必要とした、先の大戦もそうだ。まぁとりあえずの完成形になったのはお前たちが生まれる何年か前くらいだな。最後の抵抗勢力を自滅させた時からだ。まぁ、まだ道半ばだがな。その遺伝子の発現が形で見えてこそ我々は『成功』を与えられる。しかし、お前たちは目立ちたいが為に閉園後の遊園地に忍び込むくらいだから遺伝子を引いていないのだろう。あと、運も実力の内っていうよな。我々の遺伝子はそれを導き出す。ネズミーが言うような『誰が何と言おうと、根拠があろうとなかろうと、夢は信じれば叶う』など劣った多数派の遺伝子グループを見下す為かつ働きアリの奴隷にする為に我々が作った偽りの理屈だ。これが世界の真実。教科書には載せれんことだな」

 言い切ってのどが渇いたのだろう。阿保はグラスの赤ワインを一気に咽へと流し込んだ。あつひととあきにゃんの絶望に打ちひしがれる表情を肴にしながら。あきにゃんはか細い声を振り絞る。

「それを変えようとした人ってもう出てこなかったの……?」

 グラスを置いた阿保はそれに答える。

「あぁ、いたとも。ついこの間現れて無様に引きずりおろされたが未だに暴れている。だが、奴は異常者で心を病んでいるから正常な判断力を持つ我々に勝つことはできないだろう。奴は我々の遺伝子を引いているからこそかの国の大統領になれたのに、何故か突如として我々とこの世界に反旗を翻してきてな」

 そこまで聞いて彼らは地下でのやり取りを思い出した。

「トラサン……」

「お見事、正解だ。だが、彼もお前らとなんら変わりない。ただ目立ちたいだけだろう。奴につき従っている者も皆、精神鑑定をすれば心神喪失ないしは心神耗弱と判定が出ている。鳥のような頭でもない限り、俺の前の総理大臣がトラサンと仲良しだったの覚えているだろ? あいつはイカれた極右思想の持ち主でこの国を負けっぱなし状態から回復させる為にトラサンと手を組んでいた。奴を邪魔するのは至難の業だったよ。その時の俺の苦労は喋り出すとキリがない。奴はトラサンが引きずり降ろされるのと同じくらいの時期に突然辞めただろ? あれはバックを失ったから用済みになったまでのことだ。だから最近あまり表舞台で見ないだろ。病気だったのは本当だが頭の方の病気だ。入院しているというのは大嘘で実際はもう死んでいる。たまに出てくる奴はゴムマスクを被った別人だ。大室もわざわざ我々が手を回して送り込んでやったのに、お前らみたいなバカをのこのこ逃がしやがって。今回の教訓として得たのは、検査は先手先手で数を増やしていかねばならないということだな。ああ、そう言えばあのガキどもはどうなったかって? 心配するな。我々が我々なりの方法で弔ってやる。それが礼儀正しい紳士の作法だ」

 阿保の元へウェイターが「お待たせしました」とやってきて机に料理を置き、一礼して戻って行った。それは彼が最初食べていたものとさほど変わらないであろう高級ステーキに見える。その時、奥の部屋の扉が開いた。

「いやぁ、多分良い食べ心地だと思いますよ。僕が保証します」

 満足げな表情の池翔が出てきた。先ほどと打って変わって、普段のテレビで見る様子と何ら変わりない感じだ。

「ご苦労さん。その様子だと美味しいことは間違いないだろう」

 二人はそんな池翔の後ろ姿を見ると、手に薄っすらと赤と黒の中間くらいの色合いの何かが付着しているのに気が付いた。

「もしかしてこれって」

「想像に任せるよ。まぁ、お前ら程度の脳みそでも分かるだろう」

 二人は先ほどの地下の子供たちや池翔に連れ込まれた女児の顔が目に浮かぶ。周りを見渡すと、ラウンジの他の客たちも一心不乱にステーキにしゃぶりついている。その瞬間、あつひととあきにゃんは思わず強烈な吐き気に襲われるが必死でそれを喉元へと押し返す。阿保はそれを見て甲高い笑い声をあげた。

「ハハッ、素晴らしくジューシーな味わいだ。我々は偉大なる遺伝子を常にアップデートする為に神聖なる儀式を行っているだけだ。お前たちだって生きる為に牛や鳥を食うだろう、何のためらいもなく。同じだ」

 これが世界の真実。先ほどの阿保の言葉をもう一度あつひとは反芻した。

「お前たちはこれを目的にチバニーランドを利用しているのか?」

「まさかそれだけだと思うか? お前らも子供の時があっただろう。思い出してみろ。あの頃は純真で無垢で想像力豊かだったはずだ。それは脳の松果体が新鮮だったからだ。この松果体というのが人間の想像力を司っている。ここから出るエナジーはとあるプロジェクトの為に非常に役に立つ」

 阿保は天井を指さす。するとそこには眠っているかのような老人が磔にされている。

「誰?」

「ヴァルト・ネズミーだ」

 穏やかな顔をしたこの老人の頭部には数多のチューブが挿し込まれており、そのチューブを光る物体が行き来している。

「ヴァルト・ネズミーの夢は不老不死だった。しかし、夢半ばで死んでしまったわけで、死ぬ直前に夢を変更した。それは再び蘇ることだ。新鮮な松果体から出るエナジーを絶えずヴァルトの脳に送り続ければ彼はいつの日か生と死の(ヴァルト)を開いてこの世に目を覚ますだろう。たったそれだけの為に何十年もヴァルトの遺体を冷凍保存し、推敲に推敲を重ねて夢と魔法の国である軍事特区チバニ―ランドを作ったのだ」



 あつひととあきにゃんは改めて、世界には夢も魔法も果ては希望もないことに気が付いた。誰も変えられないのなら自分たちは何をすればいいのか。考えている余裕はなかった。

「お前たちは最強かもしれないが、俺たちは無敵だ」

「今のあたしたちにあんたなんか勝てない」

 立ち上がった二人は阿保に宣言する。

「ほう? それはどういう意味だ?」

 怪訝そうな顔をする阿保を前にして、あきにゃんがカメラを取り出す。それと同時に、あつひとが阿保へと飛び掛かった。

瞬時にラウンジは騒然となりざわつき始める。

「貴様! 何をする?」

 阿保がもがくも、あつひとは続ける。

「俺たちがどういう人間か知っているよな」

「勿論だとも。底辺大学生にして迷惑ユーチューバーだったな」

「それだけじゃない。自由を貫き通す意志の具現化だ」

 首を絞められてなお調子を変えない阿保にあつひとは怒りを浮かべる。

「お前らみたいな高級遺伝子の上級国民には分からないかもしれないけどな。みんな必死に生きてるんだ」

「勿論、分からん。それがどうした。俺たちの知ったことか」

「必死に足掻いて、それでもどうにもならねえからこんなのになったんだ」

「そうかそうか、よく分かった。お前たちが終わってるということがな。自分たちが負け犬だからと言って成功者を攻撃しても、成功者にはなれないぞ」

「俺達にはお前たちに吸い上げられて貯金もほとんどない、家族や友人にも底辺だと馬鹿にされている、就職もできない」

「経済学で言うところの利害のゼロサム命題だ。誰かが富めば誰かが貧しくなる。資本主義というシステムはそれによって競争が規定されているから機能しているのだ。絶対勝ち続ける者と絶対負け続ける者を確定させているのは社会を安定させるために必要な正義だ。そうでなければ毎日が革命祭りだぞ。日本人と言うのは安定と人並が幸福だと往々にして思いがちだからな。その代わり、お前たちには対価として自由を与えたはずだぞ。バカみたいに動画を撮り続けて、夢の国で踊れるのも我々が与えてやった自由のおかげだぞ。お前たちだけが持っているかけがえのない貧乏になる自由を謳歌しろ。その代わり、成功者の自由を妨害したり足を引っ張ったりするな」

「俺たちが自分は成功者だって言ったらどうする?」

「どうでもいいことだが、俺がたまたま機嫌良くて憐憫の情を持ち合わせている時は良い精神科に紹介する手はずを整えてやろう。トラサンみたいな連中に引き寄せられても困るからな」

「あいつと俺らって同じって言ったな。負けは負けと認めなければ負けではない。ということは、逆に傍目に見て失敗に見えても成功だと言い張れば成功になる。たとえ何をしても何を失おうとも自分のやりたいことやるだけやって、なりたい自分になった奴が、誰が何を言おうと、根拠があろうとなかろうと成功者だ」

「お前がそう思うならそうなんだろ。お前の中ではな」

「そうか。そういや、命乞いの言葉をまだ聞いてないな。今、お前を殺そうと思えば殺せる」

「好きにしろ。命は手段に過ぎない。限りある命を駆使して何をしたかで人生の価値は決まる。俺は大いに内閣総理大臣としてやってきて、その最後がお前みたいな虫けらに殺されるときたら世間は英雄扱いしてくれるだろう。俺を殺した暁には、お前たちは晴れて国賊として死刑だ。それがお前たちの命をかけて成し遂げた偉業となるだろう」

「迷惑系ユーチューバーなんか国賊と同じだろ。どうせ社会的に死んでるから暴れることができるのさ。お前らがのさ晴らしにしてきたんだ。それが返ってきているだけに過ぎない」

「よく分かってるな。そうそう、訂正するか。異常者が一番怖いというのは間違いだ。本当に恐れるべきは真に怒れる命以外に失うものが何もない人間だ」

「最強のあんたが恐れるってことはそれが無敵だ」

「まるで、片道だけの燃料のボロ飛行機に乗って艦隊に体当たりして無駄死にしていった貴様らの曽祖父と同じだな」

 阿保は問答を繰り返した後、あきにゃんに目を向けた。彼女はカメラを回して動画を撮っている。阿保は彼女に手を伸ばすがその瞬間により強くあつひとに首を絞められる。

「お前は彼女を大切に思っていないな。撮影の為の道具の一つとして見ているのだろう。最後に残った守るべきものまで自分から手放すとは最低の人間だが最高のエンターテイナーだ――」

 阿保の言葉をあきにゃんが遮る。

「だからこそ、あつひとについて行ってるんだよ。幸せになる、大切にされることだけが一緒にいたる目的じゃない。なりたい自分になって好きなことを好きなだけやる為なの」

 阿保は呆れるような表情をする。

「あつひと、お前も利用されてるな」

「お互い承知の上さ。そんなことよりも今初めて名前で呼んでくれたな」

 阿保は顔を背ける。ふんと鼻を鳴らし、

「長い話は疲れた。国賊になるのがお前たちの成功と言うならさっさと殺せ。俺は死んで英雄になる、いつかヴァルトみたいになれるかもしれないしな。お互いの利益が一致してるだろう。最後になるがいい人生送れよ。まぁ、どうなるかは分からんが」

 その瞬間、あつひとは手に全身の力をこめる。ぐじゃりと音がしてあつひとはようやく手を放した。

「あーあ、私たち死刑?」

「まだ終わってない。この動画をユーチューブにアップロードするまでは」

「即垢BANだよ」

「別にいいだろ。動画を誰かが保存して他の媒体に流してくれる。別に必ずしも国賊と言うわけでもないさ。悪名は無名に勝る。一定数の共感は得れるさ。こんなド直球な正論を言うような奴を赦せない人間は俺たちだけじゃない」


 ふと倒れ込んだ阿保の遺体を見ると二人は顔面蒼白になる。なんと阿保の首が取れており、体からは一滴の血も流れていない。

「どういうこと……?」

 そんな二人の背後に人影が立った。

「世界は偽りでできている。全ては壮大なる茶番劇で成り立っているんだ。だから、今までお前たちが話していた俺がロボットだったとしてもなんら不思議なことではない」

 そこには阿保が立っている。彼はタキシード姿に白手袋姿であり、手に持った巨大な何かを頭に被った。

「ハハッ!」

 ネズミ男がそこにはいた。

 二人は悲鳴を上げるなり、ネズミ男を押しのけラウンジの扉を蹴り開けて外へ出て一心不乱に走り出した。


 どこまで走ってもその甲高い笑い声は彼らの耳から離れない。しかしというか、だからこそというか二人は口から心臓が飛び出そうな勢いで走り続ける。

「見て、エントランスよ!」

 ようやく現実世界の(ゲート)が見えてきた。もうあと一歩。二人が加速した時、何かに足を掴まれる感覚がして二人はその場で転んだ。何が起こったのか分からない二人が振り返ると恐怖の象徴が佇んでいた。

「世の中触れていいこと、いけない事がある。後は分かるよな?」

 ネズミ男が二人に手を伸ばす。

「君たちの夢の時間は終わりだ」

 今まさに太陽が昇ろうとしている。



 今日も国会では阿保総理大臣が面倒くさそうな答弁を続けている。

「総理、政府が所有する東京チバニ―リゾート株はいくらでしょうか?」

「えー、政府といたしましてはリゾートとの共同開発事業を通じて来訪者の皆様とともに……」

「総理、答えになっていません」

「ですから、しっかりと透明性を確保して……」

「国民の血税がかかっているんですよ!」

 野党議員の追求に対しても一切無視を貫いて答弁を読み終え、阿保は席へと戻って行った。場面が変わり国会の外の様子が映し出されると、そこには何万もの人々が怒りの声を上げており、今にも乱入せんとばかりの勢いである。

 クラブ21では阿保がテレビを見て笑っている。

「このロボットは性能が低いな」

 ステーキをぺろりと平らげた。そして、国会中継に飽きたか別のチャンネルに差し替える。

「昨朝6時ごろ、開園前の東京チバニ―シーの敷地内にて大学生の男女二名が倒れているのを千葉県警が確認致しました。スタッフが早朝見回りにて発見し、警察と共に保護にあたったとのことです。二人は自称ユーチューバーと見られ、閉園後のチバニ―ランド&シーの様子を撮影する企画を行っていた模様です。警察の調べに対し、意味不明な供述を繰り返していたことから警察は医療機関に身柄を移送したとのことです」

 阿保はふんっと鼻を鳴らす。

「久しぶりに機嫌が良かったから憐憫の情を見せてやっただろ。あと、おまけ付きだ」

 小さく独り言を呟き、天井のヴァルト・ネズミーを見上げた。その目は大きく開かれ、邪悪な光が灯っている。


 一方、その頃、

「うぃぃぃぃ~~~っす! どうも~、毎度おなじみ、社会の闇を暴く系ユーチューバー、あつひと社長ですぅぅう~~! え~、今回、わったっくっしっが挑戦するのはですね~。究極の闇! 世界を操る暗黒の支配層。彼らはチバニ―ランドを牙城にして、少女をさらい食べている恐ろしい連中なのです。彼らと戦うトラサン真大統領万歳! 我々はタブーを恐れず解き明かしていきたいと思います~~。あと、時間が余れば、人生が成功する秘訣についてお話ししていくつもりです」

「いぇえええええい! あつひといっけ~~」

 病院の一室で敦人と明乃はハイテンションで撮影ごっこを楽しんでいた。本来なら個室のところが空き部屋がないとのことで同室になったようだ。また、医師たちの噂によると、病院長に友人と称する何者かから彼らを相部屋にするようにとの脅すような高圧的な一本の電話が入ったらしく、弱みを握られたかのようにビビった様子の病院長が急遽指示を出したらしい。

 そんな調子の彼らの元に看護師がやって来る。

「敦人さん、お薬の時間ですよー」

 それを聞いて敦人は激怒する。

「社長って呼べと言っただろう!」

「そうだぞ~~!」

 二人は夢を叶えたようだ。そして、なお夢を見続けているのである。

めでたし、めでたし――。


閉園(ゲート・クローズド)


作者:ストロガノフ(吉岡篤司)

『あしまかせ』掲載作品

発行者:甲南大学文学研究会

発行日:2021年8月30日


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