第九話「特異」
「ねえ、フォルトゥム」
名前を呼ばれ、俺は目を開けた。
いつの間にか日は沈み、夜になっていた。
窓から射しこむ月の光のおかげでラエティティアが視認出来た。
「どうした?」
「無縁ってどういう人形なのか、あなた分かる?」
「無縁か。俺も資料から得た情報しかないな」
「一体、どんな奴なのかしら」
「そういう情報も、ラエティティアの言っていた情報屋なら知っているだろう」
移動中にラエティティアは情報屋の話をしていた。
人形関係の情報であれば、どこの情報屋よりも多くの情報を握っているらしい。
日本の人形関連の情報は、あまりに少ない。
その秘匿性を掻い潜るには、現地の者の方が良い。
そこで、そういった存在が居ないかラエティティアに尋ねると、その情報屋が出てきたわけである。
「さて、それはどうかしらね。知っていたとしても教えてくれるかどうか。……それはそうと、一つ質問いいかしら?」
「別に構わないが」
「あなたの右目、それはどうしたの?」
俺は、右目に眼帯をしている。
無論、損傷をしているとかそういった理由ではない。
もし損傷してしまったとしても、修理することが人形である俺は可能だ。
「俺の特異が関係している」
「……あなたの特異、私は見たことがないわ。いったいどんな能力なのかしら」
「それはこっちのセリフだ。俺もラエティティアの特異を見たことがない」
ラエティティアとの作戦が少ないのも勿論だが、啝式にのみある異能の力特異は派手なものが多くないのだ。
そんな俺から返答に対し、ラエティティアは首を傾げ、
「そうだったかしら。まあ丁度いいし、これから作戦を二人一組でやっていくのだからそれぞれの特異について情報交換してもいいと思うのだけれど」
と言った。
「……確かに一理あるな。それぞれの能力の把握は作戦を構築するのにも重要なものだ」
「それじゃあ、私から話そうかしら。私の能力は」
ピピッピピッ
ラエティティアが自分の特異の説明をしようとした瞬間、映像共有デバイスの警告音が鳴った。
俺は身体行動停止状態を解除して、映像共有デバイスを手に取り、画面を見る。
ラエティティアも気になったのかこちらにやって来て、画面をのぞき込んできた。
反応ありと表示されているのは、今いる拠点から一番離れている場所だった。
「何も無いような気がするのだけど」
「いや……」
確かにラエティティアの言う通り、画面には何も映っていない様に見える。
だが、目をよく凝らすと、空間が歪んでいる
「光学迷彩か」
光学迷彩。自身を視覚的に透明にすることが出来るシステムである。
ただし、完全に空間に溶け込めず、空間が歪曲しているように見える。
また、暗視装置やサーモグラフィーにも弱く、それを用いれば姿は見えてしまうのが欠点だ。
厄介なのは今回、そういった類の装置を持ってきていないことだ。
つまりは、具体的に見えていない状態で戦闘をしなければならない。
どこの部隊だろうか。
今回の任務の依頼主はイギリスである。そのため、イギリスはほぼ確実にない。
しかし、それにしたって候補が多い。
今回の任務が達成されると不利益な者の仕業なのか。はたまた、全く関係のない者なのか。
正直、今の段階では判断できない。
ただし、光学迷彩なんていう大層な高級装備を使用しているということから、大きな部隊であることは確かだ。
そして、よくは見えないがこの規則的な動きとハンドサインを全くしていない所から察するに間違いなく奴らは人形だ。
「何はともあれ、倒すしかないか」
カメラで見る限り、敵は六体。多くはない。
他のカメラには何も表示されていないことから、敵は今見える部隊しかいないと考えるのが妥当だろう。
様子見をして、本当に他の部隊がいないか確認したいところではあるが、そんな悠長なことを言っている暇はない。
この拠点に到着されてはそれこそおしまいである。
いくら、戦場を駆け巡った俺らでも精鋭部隊との戦闘は別だ。
プロVSプロ。それは激しく、知略に満ちた戦いになるのだ。
損失や被害も甚大になってしまう可能性が高い。
そういった可能性があるなら、敵を強襲し、フォーメーションを崩し、混乱に陥れた方が早く終わる。
俺はキャリーケースを開け、戦闘準備に入る。
必要なモノ、不必要なモノを選別し、最小限に抑える。
【潜伏型戦闘服XBCL3(カメレオンバードスーツ)】を装着するために服を脱ぎ上下インナーのみの状態になる。
戦闘服は上下一体型になっている。
イメージとしてはツナギを着るようなイメージだ。
背中にある接合部を手のひらにあるコマンドキーを押しきちんと繋ぐ。
それと同時に戦闘服が不快感のないレベルで体に密着する。
武器が装着されているわけではないが、その分、動きやすく、足音などは全くしない。
そして彼らと同様、光学迷彩をこの戦闘服は行うことが出来ることも一つの利点だ。
俺はスーツに不良な部分がないかなど確認した後、アタッシュケースから状態同期ジェルを取り出し、戦闘服の手首にある注入口に注ぐ。
しばらくすると戦闘服の首の部分から透明な膜が出てくる。
それは頭を囲うように広がり、まるで風船を被っているような状態になる。
これのおかげで首だけが光学迷彩を使っても透明にならないということにはならない。
「私はどうすればいいかしら」
ラエティティアも【瞬発型戦闘服SBGH7(グラスホッパースーツ)】に着替え終わっていた。
「ラエティティアはここで待機していてくれ。正直不確定要素が多すぎるから一人はここに残らないといけない」
「私は、別に構わないけれどあなた一人で大丈夫かしら?」
「安心しろ。これでも狙撃はよくやっている方だ。それに今回みたいな戦闘だと、ラエティティアのような近接格闘分野の人形は不利だ」
「私じゃ勝てないと?」
「そう言っているんじゃない。この拠点まで来たら、ラエティティアの方が有利だ。敵に遠距離から撃たれることはないんだからな。しかし、ここまで近寄らせたくはないのが正直なところだ。俺が逃してここに敵を到達させてしまったら、ラエティティアに任せる」
「……分かったわ」
俺の意見を聞き、ラエティティアは渋々ではあるが納得してくれたようだ。
俺は目を閉じて、深呼吸する。
そして頭の中で何度もシミュレーションを行う。
どこで、敵を狙い撃つか。敵がこちらの位置に気付くのは何発目か。
不確定要素が多いため、頭の中でいくつものパターンを想像する。
作戦がまとまったところで、眼帯を外し、右目を開ける。
右目はキーンという高音と共に、起動した。
世界のすべてが視えそうな感覚。狭間が視えそうな感覚。
少しずつ、じんわりと熱くなる。それは涙からではない。
右目が敵をこれから殺すことに興奮しているからだ。
ここは平和な国、日本のとある一画。
少しの間だけ、ここは戦場と化す。