第七話「一位」
「それで、どこに行くんだ」
「大したところではないしすぐに着くわ。それよりもフォルトゥム、今回の任務の現状況は把握しているかしら」
「……五時間前の情報だと、啝式三万体に対し、無縁はたった一体で戦闘しているそうだ。一万体の啝式は戦闘復帰不可能らしい。主人である詩ノ原創元は行方不明、目下捜索中だ」
話を逸らされたと思いながらも、俺はラエティティアの問い対して答える。
三万体VS一体
その聞くだけで、あり得ないことを感じ取る数量差を持ってしても、無縁が押している。
【歴代最強の序列一位】
【啝式の最高傑作】
様々な異名というものをつけられている無縁だが、その容姿から一番呼ばれているのが【影法師】である。
法師のように表情を大きく変えず、影のように黒い髪、瞳、服を着ているのが由来だ。
今回の任務。
正直な話、現状況で達成は不可能だ。
「策はあるの?フォルトゥム」
「今の状況ではどうにもならないな。だがジェネスタの旦那は、勝算のない任務を引き受けはしない。つまりは、何か方法はあるはずだ」
「ジェネスタを信頼してるのね」
「まあな。戦術家としてはそれなりに評価している。実際、今まで俺たちが任務で失敗したことがないしな」
ラエティティアからの問いに俺は正直に答えた。
しかし、策が見当たらない。
一体、旦那は何をもって勝てると思ったのだろうか。
それをまず見つけなければいけない。
「着いたわよ」
彼女の声で、俺は現実に引き戻される。
俺と彼女が立っていた場所はカフェの前だった。
「なぜ、俺たちはここにいる」
爽やかさを連想させる空間。
店内では今流行りだと思われる曲が軽快に流れており、周りには十代~二十代の女性しかおらず男は俺のみである。
「ここにちょっと馴染みの人がいるのよ。その人と会っておこうと思って」
「別に俺は必要ないし、他をまわっている間にその馴染みの人と話せばよかっただろ?」
「そういうわけにもいかないのよ」
「なぜ、そういうわけにも」
「いらっしゃいませ!ご注文は決められましたか?」
俺が理由を尋ねようとすると、店員によって遮られた。
「私はイチゴクレープとバナナパフェ。シュウは?」
シュウというのが俺の偽名であることを悟り、俺はメニューを見る。
そこまで腹は減ってないし、飲み物だけで済まそう。
「アイスココアを一つ」
「はい、かしこまりました。少々お待ちください」
そう言ってトタトタと店員は去っていく。
「ふふっ、案外あなたって子供っぽいのね。ココアだなんて」
「別に良いだろう。コーヒーはなぜか体に合わないだけだ」
「アルコールも無理だったり?」
俺はその問いかけをあえて無視した。
数分後、注文したメニューがやって来た。
先ほどの店員と違って、見た目は三十代前半と言ったところだろうか。
「久しぶりだね!白孤」
「そうね。一〇年ぶりかしら」
店員の言葉に対し、懐かしそうな表情をしながらラエティティアは握手を求めた。
店員はガッチリと握り、ブンブンと振る。
白孤。
彼女の魂に刻まれた名前なのだろう。
「ラエティティア。説明を頼む」
俺は、率直にラエティティアにそう尋ねた。
「そうね。彼女の名前は白風 波瑠【霊刧術師】よ」
「確かに霊子の流れが妙だとは思ったが、まさか霊刧術師だとは」
霊的残滓や大気のマナで異能を発動する術のことを霊刧術という。
この世に居てはならないモノを排除するために使われる術であり、俺たちの魂である霊魂は、この霊刧術で造られる。
「初めまして、白風 波瑠だ!よろしく頼むぞ、少年」
「あ、あぁ。こちらこそ頼む」
「さて、とりあえず食べましょう。温かいうちに食べた方が美味しいわ」
そう言って、モグモグとラエティティアは食事を始める。
俺は食べ物を頼んでないが。
そう思いながら、自分で頼んだココアを飲み始める。
「それで、確か無縁のことを聞きたいんだったね」
「そう。無縁は確かに有名だけど、詳しいことはよく分からないから、あなたに聞こうと思ってね」
「悪いけど、私も詳しいことは知らないわ。創元先生とは、人形使いになってから会っていないし」
「今俺たちは本当に何も分からない。どんな小さな情報でもいい、何かないか?」
日本は人形関連の情報を秘匿としている部分が多い。
それは製造方法などは勿論、内部での揉め事や派閥なども一切分からないという状況だ。
俺がそう訴えると、ラエティティアは続けて、
「詩ノ原創元のことを教えて。先生と言うからには霊刧術師の中でも名を馳せていたのでしょう?」
そう言うと波瑠は頷き、
「詩ノ原創元。人形使いになる前は確かに霊刧術師で名を馳せていたわ。そんな彼が人形使いになるということを言った時は、業界に衝撃が走ったものよ」
と話し始めた。
霊刧術師が人形使いになるということは、霊刧術が使えなくなることを意味する。
正確には霊魂を造ったと同時に、霊刧術は扱えなくなってしまうのだ。
霊魂を保つために、人形使いは霊刧術をずっと使っているような状態になってしまうため、霊刧術をランクダウンさせた霊子術を我々の主人たちは使うのだ。
「二十代にして、霊刧術師の十階位の第三の階位【叢雲】に認定され、第四の階位【時雨】である早儀楓と結婚。そして今や啝式の頂点である序列一位に君臨しているのだもの。六十代後半になっても全く衰えを見せないわ」
確かに異常な経歴だと俺は思った。
霊刧術師として二十代でその地位につくのは、普通ではあり得ない。
鬼才と言われるほどの才能の持ち主だと分かる。
そして、何よりもその能力を捨て、人形使いになるというところに俺は心底、詩ノ原創元の精神を疑った。
「詩ノ原創元が海外と繋がりがあるという話は聞いたことがあるか?」
「んー聞いたことがないわね。そもそも創元先生は外国を嫌っていたみたいだし」
つまり創元自身から海外に行くことを希望したというわけではないということになる。
そうなると、何らかの断れない理由からの亡命ということになる。
話を聞く限り、私利私欲のために動くわけではないように感じる。
何かを知ってしまった?
それで啝式協会から離れるということだろうか?
「確かにすごい経歴ね。でも正確には今の頂点は彼ではないわ」
そう言ってラエティティアは水を飲み、食事に一息がつく。
「へぇ〜、つまり彼と無縁より上の啝式がいるってこと?」
「佐原皐月、人形の名前は影縫。彼女らが現状最強と謳われているタッグよ」
「それじゃあ、創元と無縁は、序列二位ってことね」
いいえ、と彼女は首を振る。
「彼女らは序列として扱われないわ。能力が破格すぎて【番外】という存在にされている」
「話が逸れている。創元の情報が俺らは欲しいんだ。他に知っていることはないのか?」
俺は軌道修正するためにそう問いただす。
しかし、番外という存在がいることは初めて知った。
もしかしたら、利用できるかもしれない。
「創元先生の霊子術で扱える属性は風と火。霊子術っていう霊刧術よりランクダウンしている術だけど、その威力は破格よ。エリートの霊刧術師も負けるくらいにね」
「他には?」
「そうねー……。そういえば、創元先生は居合術ができるって聞いたことがあるわ」
無縁の攻撃手段は日本刀による武術と資料に記載されていることから、創元から学んだことは明白だ。
「同じ刃物使いとして勝てる可能性はあるか?ラエティティア」
率直にラエティティアそう尋ねる。
ラエティティアは溜息をつき、
「あなたは、日本の居合術を甘く見過ぎよ」
と口を開いた
「どういうことだ?」
「居合術は、刀が使われている時代ではすれ違いざまに抜刀して殺す暗殺術なんて言われているわ。
ただ、臨戦態勢の状態で使うんじゃなくて、相手から急に斬りかかられた時に使う技として使われるものだから、果たして実践で使えるのかって感じなところもあるけれど。それに居合術だけじゃなくて、剣術もどうせ教えているはずだし」
「お前のブレードの使い方はどうなんだ?あれも剣術なのか?」
「そうね。東雲流って言われるところのものを自分なりにアレンジしたものよ」
「それだったら、勝機はあるんじゃないのか?」
無縁が居合術と剣術を扱うにしても、結局実用性があるのは剣術。
それならば、剣術同士の戦いになるのだから、良い戦いをするのでは無いのだろうか。
「それは、どうかしらね。アレンジっていうのは良くも悪くも我流よ。剣術に型があるのは、それが一番効果的に相手を斬ることができるから。彼女がもし、本家本元を忠実に再現出来ているのであれば、勝利するのは厳しくなるわ」
俺はあまり近接戦を行なったことがないが、近接戦で重要なのは、反射神経と攻撃の選択肢の量にあると思っている。
どのような攻撃でも防ぐ、または避ける反射神経。
そう言ったものを戦闘の中で判断し、実行するのが重要である。
近接戦は俺のような狙撃手とは違って忙しいものだと、勝手ながら思った。
「さて、私から渡せる情報は以上かな」
と言い、波瑠は席を立つ。
「参考になった。感謝する」
「ありがとう、また何かあったらよろしく」
「いやいやー、少しでも貢献できたなら私も嬉しいよ。にしても……」
波瑠はニシシと笑うと、
「あんたらお似合いね」
と言い残して厨房の方に戻って言った。