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Steel Curse  作者: 接木ねこ
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第六話「平和」

人形には感情がない。


多くの人形に携わる人間がそう口を揃える。


「人形たちは、我々つまりは人間の模倣(もほう)しているだけであり、そこに独自性は存在しない」というのが大半を占める無感情派の意見だ。


しかし、それを正論であると現在、確証を持って言うことができない。


それは、主人の行いに嫌悪感を覚えるものや、芸術や探究心のある行動を取る存在もいるという有感情派の意見があるからである。


それに対しての無感情派は、主人自身の自己嫌悪が、人形に対して影響を与えているという意見であったり、ただ単に模倣対象が複数いることによる取捨選択の結果ではないのかなど様々だ。


この論争が起きたのは、人間と人形(特に啝式)の区別を図るための会議で挙げられたことが始まりだ。


心臓が存在しないというのが、元々の解答だったが、国際人形協会の審問委員がそれに対し、肉体ではなく、精神という観点においての区切りを設けよとのお達しがあり、論争は活発化した。


人工物に感情は存在しない、というのが無感情派の極論である。


それに対して、霊魂という魂が宿っている以上、彼らは単なる人工物と言い切ることは出来ず、感情は存在するというのが有感情派の意見だ。


人形が感情を識れば、自ずとそれは結論づけられ、他の議題へと変わっていくのだろうが、感情を理解できた人形などいないのだから仕方がない。


そんな人形協会とは縁遠い俺の意見は、

「人形に感情は存在しない」

である。


理論などという大層なものを俺は持っていない。


だが、もし感情があるのであれば、人殺しをこんなに容易に出来ることはないと考えるのだ。


感情が形成した【道徳】による安全装置。


人間が戦争で人殺しをした後に、カウンセリングを行うのは、一時的に外した安全装置をもう一度掛け直すためである。


そうしなければ、ハンドガンの安全装置を外し、スーパーマーケットで店員の脳天を撃ち抜く可能性があるからだ。


人形にはカウンセリングも精神安定剤も必要ない。


俺たちはいつでも人を殺せるし、同類を殺せる。


そして日常生活では、人間の真似事をして銃を抜かないのだ。



ジェネスタの任務通達から数時間後、俺は日本の某国際空港に居た。


武器は、予想通りジョクラトルに運ばせる手続きとなったため、装備は何一つ携帯していない状況だ。


様々な人種が歩き、発砲音や爆発音が一切聞こえないここは、俺が生きている世界とは違うと実感させられる。


――――これが、平和というものか。


地獄しか見てこなかった俺にとって、この風景はあまりに異様だった。


人種が違う、思想が違う、律している人が違う。


それだけで、人間は争う生き物だと考えていた。


そんな違いだらけの人間がここには多くいるというのに、全くと言っていいほど、争いは起きていない。


ここは、一体――――。


「フォルトゥム」


凛とした声で自分のコードネームを呼ばれ我に帰る。


声の聞こえた方向に俺は顔を向ける。


墨のように深い色の黒い髪、海のように暗い青い瞳に病的なまでに白い肌。


それはまさしく和風人形を連想させた。


「共同作戦は久しぶりになるな、ラエティティア」


「そうね。よろしくお願いするわ」


そう言って、タグ同士を軽くぶつける。


ラエティティア、意味は「希望」


【アナクシビアのブレード使い】と周りから称される啝式で、近接戦で右に出るものはいない。


あまり表情は変えないが、誰とでも気兼ねなく話すため一匹狼といった印象はない。


任務においても、冷静沈着に着々とこなすところから無駄がないという印象だ。


「事前連絡では合流後、ある場所に行きたいと言っていたが」


それに対して、ラエティティアは軽く頷く。


「日本に帰って来たら、必ず行かなければならないところがあるのよ。悪いけど、付き合って欲しいの」


「別に構わないが……」


「ありがとう。それじゃあ、時間もあまりないし、行きましょうか」


そう言って話を切られ、ラエティティアは歩き出した。


マイペースな奴だ。


そう思いながら、俺はラエティティアについて行く。


国際空港の外に出ると、太陽の眩しさに目を瞑った。


季節は夏。


蒸し暑いと言われている七月下旬の日本の青空は、遠くどこまでもあるように感じる。


周りを見渡すと、多くのビルが立ち並んでおり、それはまさに先進国というのを如実(にょじつ)に表した風景で、こんな人工物の山を見るのは久しぶりだった。


昼夜のズレに対する感覚は何年も経ち慣れたものであるが、未だに視界のギャップというものには驚かされる。


先程までいた世界とここはまるで異世界なのではないかという錯覚。


それほどまでに繋がっているはずである世界はそれぞれ色が違う。


血と鉛玉と異臭で充満した世界。


死に絶えた肉体からは糞尿がだらしくなく流れ、口から出た血は人間だったものの輪郭をなぞる。


命が失われようと祈りを捧げられることも、牧師からの言葉もない。


瞑ろうと思うことすらない虹彩の失われた瞳で彼らは空を仰ぐ。


耳はピアノの音も母の声も聞くことはなく、虫たちの小さなトンネルへと早変わりする。


そんな世界とここが果たして同じであると言えるのか。


銃声ではなく曲が


悲鳴ではなく笑い声が


戦車ではなく自動車が


日本(ここ)を作り上げている。


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