第五話「勝率」
扉を閉めると視線を感じた。
「盗み聞きは良くないぞ。ジョクラトル」
壁にもたれかかっている男に声をかける。
コードネーム、ジョクラトル
意味は「道化」
ジョクラトルはオールバックにした頭を掻きながら、
「そう言いなさんな。お前さんだけが緊急で呼ばれるなんて珍しいと思ってな。ちょっと様子を見にきたんだよ」
と口を開いた。
「大した事じゃない。新しい任務の通達だ」
「へぇー。どんな?」
好奇心は危険を招くぞ、と言ってやろうとも考えたが無駄だと思い正直に答える。
「無縁がクーデターを起こした。そんな無縁の抹殺任務が言い渡された」
そう告げると、ジョクラトルは目を見開き、
「はぁ!?無縁を殺せだって!ジェネスタの旦那もおかしくなっちまったのか。アレは世界各国の中でも、最高レベルの人形だ。日本の特殊な力【特異】だっけか?それも無縁は強大だっただろ」
と大きな声で叫んだ。
相変わらず、わざとらしいリアクションである。
そして任務に対する機密性というものを全く理解していないようだ。
しかし、ジョクラトルの言葉は正しい。
無縁の特異、【二撃昇華】。
二回触れるだけで対象を破壊するという能力。
同じ啝式の俺も、特異は持っているが、無縁のような反則的な能力ではない。
「任務だから仕方ないだろう。やれるだけやってみるさ」
自分でも呑気なものだと分かっていたが、俺はそうやって話を流す。
「適当な奴だなぁ……。まあ、どうせ俺がお前たちの武装を持って行くことになるだろうさ。なんたって【運び屋のジョクラトル】だからな。欲しい奴をアップしておいてくれ」
「どれくらいの規模まで持ってこれる?」
「俺に持っていけない武器なんかねえさ」
ジョクラトルは胸を張ってそう答えた。
どうやらその言葉に偽りはないらしい。
……それならば。
「それなら、これ持ってこれるか?」
そう言って俺は一枚の画像データを渡した。
「君は、勝ち目があると思っているのか?」
フリールームで俺にミルクティーを渡しながら、アーラはそう問いかけてきた。
アーラ、意味は「翼」
アナクシビア部隊の隠密班に所属している女型人形だ。
「勝ち目の有無に関しては、現時点では無いに等しいな」
相手は啝式の序列一位。
勝つなんていう言葉は戯言でも言えない。
アーラは俺の隣に座る。
「そもそもな話、作戦への参加人数が少なすぎるだろう。アナクシビア部隊、全勢力をぶつけるくらいでないと、対等に渡り合えない」
褐色の手で身振り手振りを交えながら、アーラは話す。
「それが不可能なのは分かっているはずだ」
「……それは、そうなのだが」
任務が行われる場所である日本が海外の介入を拒否しているなか、俺たちは強引に割って入るのだ。
大人数ではどう上手くやっても、雨のように小さな波紋が生まれる。
そして、それは大きな波へと変化して相手方に感付かれる。
「それでも、もっと別のやり方があると私は思っているよ」
銀フレームの眼鏡の奥にある青い瞳がかすかに揺れているのが分かる。
今回の任務は他にも情報不足である事が否めない。
現地調達するにも、この界隈を深く理解している人間にあたるしかない。
課題は山ほどある。
「ニャーハハハハ!お二人さん、コソコソと何喋ってるニャ?」
陰鬱な雰囲気を壊すような明るい声が飛んで来た。
髪の色と同じオレンジ色の猫耳を動かしながら、ユビキタスがこちらに向かって来る。
ユビキタス、意味は「遍在」
アナクシビア部隊屈指の諜報能力を持っている。
「君には難しい話だよ、ユビキタス」
「ムムムー、難しい話は嫌いニャ!もっと楽しい話をしようニャ!」
表情をコロコロと変えながら両手をあげ、ユビキタスはそう話す。
「傭兵が楽しい話とは随分矛盾していると思うが」
「何を言うニャ!人形とは本能で生きて、理性で死ぬニャよ!つまーり!フォルトゥムのようなつめた〜い奴がパパッと死ぬニャ!」
本当に自分の言っている事を理解しているんだろうか。
そして、何か失礼な事を言った気がする。
「相変わらず君は変わってるね。ユビキタス」
「ニャハハハ!アナクシビア部隊の人形に変わっていない奴なんて一人もいないニャ。全員変わってるニャ!みんな違ってみんな良いニャよ!」
「そうかも知れないな。アーラだって普通ではない」
「な、何を言っているんだ君は!私を変人扱いしないで欲しい」
そう言って、アーラは顔を真っ赤にして俺に反論してくる。
天才は変態であるという理屈は案外、的を得ているものである。
アナクシビア部隊で俺が天才だと思う人物は、ほぼ全て変態だ。
「ニャニャニャ?まさかアーラ振られたニャか?私の腕の中で泣くと良いニャ」
「そんなことはない!というか告白もしていない!」
ユビキタスの斜め上の言葉に、より顔を赤くし大きな声で答える。
普通の傭兵部隊でこんな歓談はあまり無い。
傭兵部隊というカテゴリでもここは変わっているのだ。
「全く、君と話していると調子が狂うよ」
アーラは嘆くようにそう呟く。
その言葉を聞いて、ある噂を思い出す。
アナクシビア部隊では有名な話で「ユビキタスが来るとそれまで何を話していたか忘れる」というものがある。
噂はどうやら事実のようだ。
先程までの重い雰囲気がどこかへ消えていた。
「お前は自由だなユビキタス」
なんとなく、そう呟く。
この世に自由なんていうものが存在しないと分かっていながらも、言わずにはいられなかった。
それはアナクシビア部隊の人形であれば、全員が悟っている。
自由というのは不自由だからこそ存在し、永遠に求めるからこそ成り立っているものなのだ。
「何を言うニャ、フォルトゥム。自由はあるニャよ。それぞれの自由は違うとしても存在する」
驚きから反射的に俺はユビキタスの顔を見る。
ドヤ顔ながらも、ほんの少し哀れみを含むそんな表情をしていた。
はぁ、と俺はため息をつき、
「あまり勝手に心の声を聴くなよ、ユビキタス」
「こりゃ失敬!ついついやってしまったニャ」
ユビキタスの明朗快活な笑い声が廊下に響いた。