第三話「開始」
「フォルトゥムは主人と連絡は取るのかい?」
「事務的連絡だったら、一ヶ月に一回の頻度でとっている。それ以外で連絡することはほぼ無いな」
「ふーん、私と同じようなもんだね」
主人。
俺たちをこの現世に縛り付けるためには、なくてはならない存在である。
俺たちの身体を作り、霊魂という仮の魂を創造し、装填したのは全て主人によるものだ。
そして魂の契りによって、主人と人形は切り離せない関係となり、人形はその主人のために動くのだ。
「フォルトゥムは恨んでいるかい?自分を、こんな血生臭い世界に連れ込んだ主人をさ」
「それは無いな。そもそも、俺は最初からこの地点にいた。この【地獄】とも言える場所にいた。だからこれが俺にとっての普通だ」
「そうかい。まぁ、私は恨んでるけどね〜。こんな場所に好きでくる女なんていないし、一体うちのご主人様は何を思っているんだか」
俺たちは霊魂に名を刻まれた瞬間、意識が生まれる。
そこには、主人の選択の余地などない。
だから、主人に異議を唱える人形も少なからず見ることがある。
無論、どう抗おうと主人には絶対服従で、それを揺るがすことはできない。
自然の摂理と同じだ。
「しかし、アナクシビア部隊の中でも今回の作戦かなり大規模だよねぇ」
「俺たちの担当が一番多いからな。それにジェネスタの旦那の計らいで、他の傭兵部隊も今、俺たちのように歩いているはずだ」
同時に作戦を行い、成功すればそれは今後の抑止力へと変わる。
移植パーツを横流しにしている商会や、手術を行う整備士達に恐怖を埋め込むことで、今後こういったことが起きなくなる。
「もう少しで、例の作戦区域に入る。切り替えていくぞ」
「あいあいさー。やっと殺せるのかぁ!ヒヒヒッ、楽しみで仕方がないねぇ!!」
「あまり、やり過ぎるなよ。派手にやる作戦じゃないんだからな」
そう言ったが、インサニアの目はギラつき、それはライオンを連想させた。
高揚感と緊張感を併せ持った表情は狂気そのものだ。
何時間と歩いたジャングルを抜けると、そこには小さな町があった。
灰色のコンクリートの壁で建造物が並び、外では露店が多く開かれている。
老若男女問わず入り乱れており、貧しそうながらも活気に満ち溢れているようだ。
「【クラビク】は貧困であるのは当然だけど、街の規模はそこそこデカイねぇ。住民も大勢いるようだし」
「だが、隣国同士の戦争により、国からの支給品は減り、住民の食事やその他諸々を賄うことが厳しくなった。結果、ドールカンパニー【レイブンズ】の移植手術の拠点にここを提供した」
「レイブンズは民間軍事会社(PMC)を雇ったり、拠点の住民に対して武器を支給する。他にも色々な手厚い待遇をする所だから、そこに当たったのはまだ運が良かったかねぇ」
「ドールカンパニーなんていう詐欺会社に引っかかる時点で運の尽きだ。所詮、あいつらは人形を作ることはできない、半義体人間しか作れない半端ものだからな」。
誰が義体の移植方法を見つけたかは知らないが、結局のところ半端な知恵からできたモノだ。色々と欠けている。
双眼鏡で見渡していると、青いワンピースを着た少女が笑っている姿が見えた。
金属の右腕を輝かしながら、友人らしき右足が銀色の少女と話している。
まもなくここが一つの地獄になることも知らずに。
その右腕が吹き飛ばされるとも分からずに。
視界の時計をみる。
作戦の開始時刻が迫ってきていた。
「インサニア、分かっていると思うが、今回の任務は作戦区域にいる全員の抹殺だ。女、子供だからといって容赦するなよ」
「フォルトゥム〜私がさ、容赦なんていう腑抜けたことする奴に視える?」
「それもそうだな。それじゃあ、頼むぞ【狂気】」
「あんたも頼むよ。【運命】」
鉄の蟹は両手をブレードに換装し、
彼女の手はガトリング砲に変形し、
俺は右目の眼帯を外した。