第二話「潜入」
作戦時間の大半は、作戦区域までの移動になる。
それは人間の特殊作戦でも同じことだ。
作戦区域の周辺に、自分たちがいたという痕跡をできるだけ少なくするということ、またその区域に居る人間に、作戦が行われていることが悟られないようにするためである。
道のりは約一〇キロ。
その間、俺たちは重たい殺戮兵器を持ちながら歩き続ける。
日がちょうど真上に昇る頃、気温は朝方より大きく上昇していた。
「今回の作戦、言っちまえば人間殺し(ヒューマンズショット)っていえるよね〜」
インサニアはそう言って大きなあくびをかく。
「お上の方々は人間じゃなくて半義体人間だと言い切ってるがな」
「そんなのどっちが優先されるかだろう?人間に機械がくっ付いてんのか、機械に人間がくっ付いてんのかっていう、同義に出来ることを別にしてるだけじゃないかい?」
半義体人間
人間の体の一部を俺たち、つまりは人形のパーツに移植した者達のことを指す。
今回の任務は、そんな移植手術を行なっている地域の住民の殲滅である。
誰一人として残すな、という上官の命令の元、俺たちが所属しているアナクシビア部隊の者達は世界各国に散らばった。
人形のパーツを人間に取り付けることは、ご法度とされている。
人形という存在が秘匿とされているにも関わらず、新型の義肢などという広告を載せ、商売をしている奴らに罰を与えるという訳だ。
それに対して世界各国の人形協会は警鐘を鳴らし、俺たちアナクシビア部隊を含む多くの傭兵部隊に依頼したというわけだ。
「お上の決定事項は絶対だ。俺たちではどうにも出来ない」
「かーっ!フォルトゥム君は相変わらず冷たいねぇ!まるで結婚してから三年経った夫婦みたいだよ」
などと謎の例えを言い、インサニアは豪快に笑った。
「しっかりと考えなよ?私たちには魂ってやつはないかもしれないけど、意志ってやつは持っているんだ。どっかの量産人形と違ってさ」
「アメリカの軍隊用ドールの事を言っているのか?確かにあいつらはロボットという方が聞いた限りでは正しい気がするな。何も喋らず、ただ軍事的行動を覚え、作戦に参加する奴らだからな」
「人形らしからぬ人形。皮肉ってそんな風に呼んでるやつもいるっぽいね。まあ人形らしからぬっていうんだったら、私たちの方がらしくないけどさ」
「アメリカ国防高等研究計画局(DARPA)の連中が考えていることは相変わらずよく分からないな。日本から人形の基本設計が漏洩した十年前から変わらない」
「大国なんてそんなもんさ。何でもかんでもシステム化、大量生産したがるもんだ。ま、私の祖国を考えるとアメリカをそんな非難することはできないんだけどね」
人形、正確には戦闘型人形が普及してからというもの、国ごとの争いには人が参加することは極端に減少した。
しかし、その事実は国ごとの情報局による懸命な情報操作によって、現在まで隠し通す事が出来ている。
アメリカでいえばアメリカ国防情報局(DIA)、日本でいえば情報本部(DIH)。
インターネットが普及し、たった一分で数えきれない情報が増える中、彼らは「人形」というキーワードを見逃すことは無い。
都市伝説や噂という概念に留まるものを消すことは無くとも、事実になろうとするものは抹消する。
それが奴らのやり方である。
戦争への人間の参加が少なくなったというのは大国だけの話ではあるものの、小規模な国や長い間戦場に出て、金を稼いでいる荒くれ者にしてみれば良くない兆候である。
人形のパーツ移植はそう言った戦争屋も自ら行なっているものだ。
肌色と銀色。
彼らはミスマッチなその姿で生き続ける。
目標の場所まで約三キロまで来たところで、ピピピッと自分たちの戦闘服に内蔵されている生体識別センサーが鳴った。
視界に人間か人形がいる位置が映し出される。
それと同時に甲殻型強襲武装は光学迷彩モードに入る。
インサニアも状況を理解し、先程とは打って変わって、真剣な表情で辺りを見渡す。
俺たちは銃を構え反応のある方向に銃口を向け、足音を最小限に抑えるように態勢を低くしながら移動する。
人間であるならまだしも、人形であるならば話は変わってくる。
索敵型なら、こちらの位置を先に感付かれている可能性もある。
ジャングルという足場の悪い中を、ゆっくりと音を立てずに進む。
一瞬一瞬に緊張の糸を切らず、ピンと張り巡らせる。
環境音が徐々に遠くにいく。
野鳥の声は彼方へ消え去り、風の音は此方に留まる。
そんな時間を過ごすこと約五分、ぼそりぼそりと話し声が聞こえてきた。
「全く、なんでこんな遠くまで、見回りしなきゃならねえんだ」
「しゃーねえだろ?俺ら民間軍事会社(PMC)はそういう仕事を受けるのが常だろ」
「それでもこんなクソ暑い、しかもジメジメしたところに長く居られるかってんだ」
〈ククッ、人間っていうのは愚痴を言わなきゃ生きていけない存在なのかね〉
視界の下にそう表示され、インサニアの声で機械的に発話される。
〈本能以外の多くのもので動くのは、人間くらいしか居ないからな。愚痴というやつも、そういうところから表れているんだろう〉
意思伝達形成素を頭の中で構築し、文章に変換する。
無論、人間にはできない芸当だが、その意思の具現化で俺たちはチャットのようなものを行うことができる。
装備は相変わらずバラバラな彼らだが、傭兵部隊と何一つ変わらないそこそこの手練れだ。
片方はHK416を、もう片方はL85を携えている。
アメリカ人とイギリス人か。
そんな事を思いながら、俺たちはゆっくりと民間軍事会社(PMC)の奴らの背後に回り込む。
目標は2人。
倒すに越したことはないはずだ。
〈尋問するかい?何か情報が取れるかもしれないけど〉
〈いや、その必要はない。民間軍事会社(PMC)が絡んでいたことは、事前の情報で分かっていたことだ。それに作戦前に渡された資料で今回は十分だ〉
〈了解ー♪〉
M4からコンバットナイフに切り替える。
インサニアに合図を送り、一〇メートルはあるだろう目標に向かって俺たちは跳躍した。
重力に逆らうように俺たちは上昇する。
人間は周囲を警戒するとき、一番警戒しないのは上空である。
それは、上空から攻撃されないという経験からの油断だ。
そしてそれは、俺たちにとって最大の好機となる。
放物線状に跳躍した俺とインサニアは目標の頭部を空中で掴み、頸動脈にナイフを突き立て、その後肋骨と肋骨の隙間にナイフを入れ込み、肺を裂いた。
赤い塗料が舞うと共に、彼らはジャングルの地に倒れ込む。
目標に俺たちの姿は映らない。
死ぬという感情が生まれる前に、彼らは絶命した。
これまで何百という人や人形を殺してきた。
空を気だるげに見る屍者の瞳は見慣れたものだ。
「ヒュー!やっぱり、暗殺の手際がいいとテンションが上がるってもんだねぇー!」
さっきまでのインサニアの澱んだ青い瞳は、打って変わって煌々と輝いている。
「さすがインサニアというコードネームを貰うだけのことはあるな」
「やだねぇ〜!褒め言葉として受け取っておくよ」
「とりあえず奴らの無線機を頂戴しよう。定期連絡が来たら、模倣変声機でこいつらの声になって誤魔化す」
「ラジャー♪」
コードネーム、インサニア。
ラテン語で意味は「狂気」という。