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2.暴走する伯爵令息

「アル……ベルト? お前は……お前は何を言っている!? 何故、今回の件で私がお前との親子の縁を切らなければならないのだ!!」


 すると、アルベルトがスッと目を細めながら、今日一番の冷たい声で言い放つ。


「私は罪人です。格式高いこのクスフォード伯爵家の名を汚しました。その為、当家を継ぐ資格などございません。どうか、早々に親子の縁を切ってください」


 全く心のこもっていない淡々とした口調で放たれた息子の言葉にクスフォード伯爵が、唖然とした表情を浮かべながら固まった。

 だがそれは、リングバード子爵家側でも同じである。

 唯一、動揺した様子を見せていないのは、姉のシャーロッテだけだ。

 姉は何故か真っ直ぐにクスフォード伯爵を見据えている。


 その姉の様子に気が付いたリリアーナは、何故か少し違和感を抱く。

 だが、そんな姉の反応にお構いなしの伯爵家親子の方は、白熱した様子で言い合いを始めた。


「な、何故……何故お前が罪人になる!! お前も賊に婚約者を凌辱されたのだから、罪人どころか被害者だろう!!」


 すると、アルベルトが大きく息を吐いた後、信じられない事を口にした。


「その賊というのが()()()()()


 その瞬間、静寂と共に室内にいる殆どの人間が息を呑む。

 特にリングバード子爵家側の人間は、アルベルトに刺すような鋭い視線を向けた。そんな状況下でもアルベルトは、先程と同じ無表情で淡々と事の真相を告白し始める。


「婚約者同士とはいえ、まだ妻となっていない彼女を手籠めにした挙句、孕ませました。このような男が格式高いクスフォード伯爵家を継ぐ訳にはまいりません。父上、今すぐ親子の縁を切り、私の名を当家より除名処分なさってくだい」


 自分が罪人だと言いながら、全く悪びれた様子がないアルベルトに室内にいるシャーロッテ以外の人間が、それぞれ複雑な思いを抱きながら、彼に視線を飛ばす。


 特にリングバード子爵一家は、妹のリリアーナだけでなく、先程まで冷静に話を聞いていた両親までもが、静かに怒りを露わにしながらアルベルトに刺すような視線を送っていた。

 子爵夫妻にとっては、大切な娘を傷物にされた挙句、つい先程まで婚約破棄を促されていたのだから、このような態度になってしまうのは当然である。


 それとは対照的に真っ青な顔色で息子の発した言葉を受け止めきれないでいるのが、彼の父であるクスフォード伯爵だ。息子の婚約者に対する非道な行いにショックを受けたのか、それとも親子の縁を切るように言い切られた事がショックだったのか……。


 どちらの方が衝撃的だったのかは不明だが、伯爵がかなり動揺している事だけは誰が見ても明らかである。何故なら先程から伯爵は、小刻みに震えていたからだ。

 だが、そんな状態であっても伯爵は、ある重要な目撃証言を思い出し、我に返る。


「待て! アルベルト! お前のその言い分は、いささかおかしいではないか! そもそもシャーロッテ嬢を襲った賊は、鉄のような鈍いグレイの髪色にこげ茶の瞳をした20代後半から30代程の男だろう!! クスフォード家特有の赤毛に水色の瞳を持つお前とは、容姿が全く異なるではないか!!」


 そんな父親の指摘をどうでもよさそうに聞き流しながら、アルベルトはおもむろに上着の内ポケットから黒い宝石のような石がはめ込まれた細めのデザインのブレスレットを取り出し、自身の左腕にはめた。


 すると……アルベルトの周囲に虹色の靄のようなものが、しゅるりと渦巻きながらまとわりつく。その一瞬でアルベルトの姿は、シャーロッテを襲った男の特徴を全て網羅した容姿に変貌を遂げた。


「なっ……!!」


 目の前で起こった信じられない出来事にクスフォード伯爵が口をパクパクさせた。もちろん、リリアーナ達もこれには驚き、母など驚きから思わず父の袖口を掴んでいる。


「これは留学中に親しくなった隣国の第二王子であらせられるグレイブ殿下が、特別にお貸しくださった腕輪になります。この腕輪は、姿を変えたい相手の体液を台座にはめ込まれた黒い石に垂らして身に着けると、その者の姿になれるというとても貴重な魔道具です。留学中に私がある事で大変心を病んでいた状況に殿下が同情して下さり、本来は王位継承権が第三位までの王族の方にしか使用が許されていないこの魔道具を陛下に取り合って下さり、特別に私へお貸しくださったのです」


 そう言って、アルベルトがブレスレットを外すと、またしゅるりと虹色の靄のようなものが彼を取り巻き、今度は彼本来の姿である赤毛に水色の瞳の端整な顔立ちの青年の姿に戻った。

 そのアルベルトの説明を聞いたクスフォード伯爵が、今度は怒りからかワナワナと震えだす。


「お前は……お前は何故、隣国の王族の方よりお借りしたその貴重な魔道具を悪用し、シャーロッテ嬢の女性としての尊厳を侵すような不埒な真似をしたのだ!!」


 すると、アルベルトが今まで一度も人前に晒した事がない程の底意地の悪い笑みを実の父親に披露する。


「父上がそれをおっしゃるのですか? シャーロの貞操が疑われるような噂を流そうと人を雇い、その者を邸内に引き入れる役としてエルメラを子爵邸に送り込み、さもシャーロが侵入者の男から手荒な真似を受けた状況を彷彿させる演出をなさろうと画策していたあなたが……それをおっしゃるのですかっ!!」


 最後の方で急に感情的になったアルベルトが、室内中をビリビリさせるような物凄い怒声で自身の父親を怒鳴りつけると、耳が痛くなる程の静寂が室内を支配する。

 だが、その静寂はクスフォード伯爵の弱々しい呟きによって破られた。


「何故……お前がその事を……」


 観念したのか、先程アルベルトが口にした内容を否定もせず、伯爵がその理由を息子に問い掛ける。


「父上より男の手引きの為にリングバード子爵邸に潜入するよう指示を受けたエルメラが、早急にその事を私に報告してくれたのです……。彼女にとっては、長年誠意を持って尽くして来た主君を裏切るような苦渋の選択を迫られたと思います……。ですが、彼女は自身の夫と相談し、主を裏切ってまで私とシャーロの幸せを願う選択をしてくれました」


 そのアルベルトの話にクスフォード伯爵が、愕然とした様子で目を見開く。

 そんな父親にアルベルトは、憐れむ様な視線を向けた。


「父上……もうこの時点で、あなたは長年誠心誠意尽くしてくれた家臣にとっても、軽蔑に値する主君へと成り下がったのですよ……?」


 悲壮感に満ちた表情を浮かべながら、諭すような口調でアルベルトがそう告げると、クスフォード伯爵がグッと喉の奥を詰まらせた。

 だが、やり手の野心溢れる伯爵の往生際は、あまりよくないようだ……。

 今回、かなりの暴挙に出た息子の心を揺るがそうと反撃に出始める。


「仮にエルメラが私から受けた指示をお前に暴露したとしても、シャーロッテ嬢が宿した子供がお前の子だと、はっきり言い切れるのか……? すでに賊に襲われた後にエルメラが報告をしてきたという可能性は、考えていなかったのか?」


 嫌な笑みを浮かべながら、そう指摘してきた父親にアルベルトが呆れ果てる。


「父上……先程、私はこの腕輪の使用方法を説明いたしましたよね? この腕輪を今回のように使用する場合、姿を変えたい者の体液が必須となります。その為、現在この腕輪には、ロランが秘密裏に捕縛してくれたあの男の血痕がしみこんでいるのですよ。すなわち、私はあの男がシャーロの部屋を襲撃する前に捕縛し、その血液を採取後、あなたを欺く為に彼になりすまし、この二カ月間、彼女に対して6回にも及ぶ夜這いをかけていたのです。そんな状況下だったのだから、彼女のお腹の中の子の父親は……私以外では絶対にありえない!!」


 急に声を荒げた息子にクスフォード伯爵が一瞬、ビクリと怯えるような様子を見せる。

 その反応を嘲笑うかのようにアルベルトが、ニヤリと意地の悪い笑み深めた。


 ロランというのはエルメラの夫で、現在のクスフォード伯爵邸の全体の警備を任されている騎士だ。父であるクスフォード伯爵とも長い付き合いであったが……今回の事で完全にその関係に亀裂が入ってしまった事が窺える。

 その事に伯爵が気が付いているのか、いないのかは分からないが、かなり動揺はしている様子の父親に対し、アルベルトは更に畳み掛けるような話題を振る。 


「そういえば……先程父上は、今回の件でシャーロが妊娠していると知ると顔色を青ざめさせ、彼女に対して見舞金までも出すと申し出られましたね?」


 息子から急に確認されたその内容にクスフォード伯爵が、スンと無表情になる。


「ですが、あの男には彼女を自室に二時間程監禁し、その後は誰かの目に付くように彼女の部屋から出ればいいとだけ指示したそうですね。そしてその際、けして彼女には無体な真似をしない事が報酬を与える必須条件だったと、あの男が自供しているのですが……」


 アルベルトは敢えて思わせぶりな口調で、じっくりと確認するように父親に語り掛ける。


「しかし、蓋を開けてみたら彼女は、この二カ月間で6回もその男に犯され、挙句に子供まで孕まされた……という展開で本日シャーロから打ち明けられましたよね? その際、流石の父上も今回の件で少しは罪悪感に苛まれた為、彼女に見舞金の申し出をされたのですか?」


 更に意地の悪い笑みを深めたアルベルトは、もはや弱者をいたぶる魔王のような表情をしている。そんな息子を伯爵が恨みがましい表情で睨みつけた。


「ああ、そうだ! だが実際にシャーロッテ嬢にそのような非道な行為を行ったのは、息子であるお前だったがな!!」


 父親が吐き捨てるように口にした言葉によって、アルベルトのこめかみに一瞬で青筋が浮かびあがる。


「何が非道だ!! そのような行動でしか対処法が思い付かない程、私達を追いつめ、引き離そうとしたのは父上……あなたではないですか!!」


 再び室内を震撼させるようなアルベルトの激しい怒声が響き渡る。


「仮に今回、あなたの計画が上手く進んだとしても……。あなたが雇った男がシャーロに無体な真似をしない保証なんて一切なかった!! もしかしたら……今回私達が考えた筋書のように彼女は凌辱された後、その事で一生脅迫され続ける可能性だってあったんだ!! あなたはその最悪な状況になってしまうかもしれない可能性を少しでも考えたのかっ!?」


 息子から放たれた責め苦で、初めて自分がずさんな準備でシャーロッテを陥れようとしていた事に気付かされたクスフォード伯爵が、顔に嫌な汗を伝わせながら固まる。

 そんな父親の反応に構う事なく、アルベルトは更に父親に非難に満ちた言葉をぶつける。


「もし……その上で今回のような彼女を辱める事を画策し、私との婚約を破棄させ、自分の息子に異常なまでの執着心を見せてくる侯爵令嬢に私を売り飛ばそうとしていたのならば……非道なのは、あなたの方だ!!」


 その核心を抉るような鋭い言葉をぶつけられたクスフォード伯爵は顔面蒼白となり、まるで縋るように室内にいる人間の顔を見回した。

 すると、その全員が伯爵に非難と軽蔑に満ちた視線を向ける。

 それは近くで控えているクスフォード家の護衛や使用人達からもだ……。

 その状況に伯爵は、やっと自身がシャーロッテに行おうとしていた事の非道さに気付く。


「未婚の貴族女性にとって、貞操を疑われるような醜聞は死刑宣告をされたも同じなのですよ……。私は、士官学校時代に体験した犯罪現場への実習制度の際、そのような立場の被害者女性達と接する機会が数回ありました……。たとえ実際に何もされていなかったとしても、犯罪者によって長い間、密室で拘束されただけで、世間ではそういう可能性を懸念した目を向けてくる人間もいるのです……。今回、父上が画策していたシャーロに対する仕打ちも同じ事……。いくら未遂だったと調査上で判明しても『そうではなかったのでは?』と、その部分をしつこく追及してくる輩は必ずいるのです!」


 息子のその言い分にクスフォード伯爵は、浅はかな気持ちで自分が行おうとしていた策略の非情さを改めて痛感し、唇を強く噛みしめる。


「確かに……今回は隣国の王子殿下の手を煩わせ、彼女に婚前交渉を提案した挙句、妊娠までさせたのは、やり過ぎだったかもしれません……。ですが、そのぐらいの既成事実を作らなければ、あなたは私とシャーロとの仲を強引に引き裂き、あの異常過ぎる執着愛を押し付けてくる侯爵令嬢に平然と息子である私を売り飛ばしてましたよね!?」


 息子からの悲痛な訴えにクスフォード伯爵は、更に唇を強く噛み俯きだす。いくら政略婚が多い貴族社会とは言え、あまりにも自身の利益に拘り過ぎてしまい、親として人間性を疑われても仕方のないような苦痛な人生を息子に強いようとしていた自分自身の行いにクスフォード伯爵が、やっと気付き始める。

 だが、その気付きは少し遅すぎた……。


「申し訳ないのですが、私は今回の事で父上を許す事など絶対に出来ません……」


 息子の口から自分を突き放すような言葉を投げつけられた伯爵が、青い顔をしながら肩を震わせる。


「そんな経緯から、今後のクスフォード家の家督を継ぐ事に関して、私は父上に二つの提案をさせて頂きます。恐れ入りますが、その提案がどちらも受け入れられないというのであれば、どうぞ私の事は死んだ者として扱い、早急に当家の籍から私の名を除名なさってください」


 覚悟を決めた強い眼差しを向けてくる息子の雰囲気にのまれてしまったクスフォード伯爵は、その鬼気迫った様子に一瞬、息を飲み込んだ。

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