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閉じたセカイで獣は吠える 9

この戦場は中央より少し東に流れる水路によって二分されており、夕姫は東側に信長、西側に真琴を配置した。

金切り声と爆発のような金属音が絶え間無く続く、たった二匹の人外の戦闘範囲は西側のほとんどに及んでおり、彼らが「ついで」で敵兵を殺し「ついで」で仲間を守りながら西側エリアを縦横無尽に駆け回るその様は八本のナイフと一本の刀で産み出される竜巻、戦場の災害だった。

いつ「奴等」が現れるか。織田家も練馬家も目の前の敵よりその災害を恐れている異常な状況。

それでも織田家が優勢だったのはこの戦場を支配せんとするもう一匹の人外のおかげだった。夕姫は冷静に彼らの戦闘状況からこの竜巻の進路を予測し、その上で織田家各員に比較的安全かつ戦略として最適な配置に向かうよう指示を出していた。

念力で動かしているようにしか思えない八本のナイフを真琴は「牙」を伸ばし、縮め、振るい弾き、ナイフの間隙から如意棒のように刃を射出し反撃していた。

誰がこんな武器を選ぶのか、使用者の正気を疑う武器で戦う練馬天音は思う。

(荒削りだけど最早神秘的なまでの剣の才能だな。能力者にならなければこの才能はせいぜい竹刀の打ち合いで金メダルを首にかけるだけに終わっていたかと思うと恐ろしいよ)

「君はこの世界が嫌いみたいだけどさ、知ってる?この世界が意外と公平だって」

ピアノ奏者のように指を瀟洒に振るいながら天音は問う。

「華族制度は血縁で全てが決まる訳じゃないんだよ。日本経済を飛躍的に向上させた実業家や政治家は華族の爵位を与えられる。舶来物(アウターオブジェクト)の理論をひとつでも解明出来たら学者だって華族になれる。練馬家も曾々々々々おじいさん──あれ、曾々々々おじいさんだっけ?が実業家で、華族になったんだ。強くて正しい奴は相応の権利を得る。これって公平でステキだと思わない?」

だからぼくは、そういう「強くて正しい奴」が手前勝手に世界を区切るのがどうしても、どうしようもなく腹が立って頭が沸騰するほどムカついて全部ぶっ壊したいんだよ。

「ああ、なるほどね。正義のヒーローになりたい訳じゃないんだ。それじゃ本当に動物だよ。つっまんねえ。『こんなの』に惚れた一宮夕姫もつまんねえ!」

ミリ単位の高速移動――それによる複雑を極める攻撃を、天音はしゃがみこんだ体勢で()()()

 次の瞬間、胸から背中まで貫通するほどの強い衝撃がぼくを襲い、肺から無理矢理空気を残さず吐き出させられた。

兎の跳躍。その音速に迫る速度を乗せた()()()()はぼくの身体を戦場の外まで弾き出し、ぼくは木々をなぎ倒しながら吹っ飛んだ。

呼吸が出来ない。呼吸で制御していた戦闘のリズムが操れない。

「よっ、こらっ、せいっ、おりゃ、もう一丁!」

兎の脚によるミドルレンジからくりだされる飛び蹴りで、僕の右腕を、右足を、左腕を左足を内臓をぐちゃぐちゃにしていく。

ようやく身体が木にぶつかって止まると、吐き気と同時に信じられない量の喀血をした。

「ほんとはさ?こいつを殺してからゆうっくり口説いて愛しあいたかったんだぜ?俺は。人類史上最高の頭脳をオトすとかアツいだろ?」

 勝利を確信した天音が悠然と歩いている。その瞳は最早ぼくを見ておらず、セーブリングのホログラムを操作していた。

「でもこんなのを選ぶような女、つまんねえよ。しかたねえ、顔は超ウルトラS級だし、結婚しねえと親父がうるさいから、俺のものにしてやる」

戦場を無数に飛行するドローンの内一体が、僕と天音の上を飛んでいた。

「マコト……」

天音は右手に鎖がモチーフの装飾がなされた、奇怪なマイクを持っていた。

ガンッと顔を足で踏まれる。ぼくの頭は後ろにある樹に挟まれミシミシと音をたてる。

「聞こえる?こいつ殺すから」

「ま、待て」

「殺すよ?」

「やめろ」

「ものの頼み方がなってねえなあ」

天音は樹ごとぼくを踏み倒し、地面に向かって足に力をこめる。

ぱき。

遂に頭蓋にヒビが入ったことがわかった。

「やめろ、やめて、やめて、ください」

「じゃあ言うこと聞けるよな」

天音は奇怪なマイクをドローンに向ける。

「誓約用マイク。ここに向かって喋った言葉は、それが嘘でも本心になり、自分の言葉に逆らえなくなる。『私は練馬天音を愛しています』、はい複唱」

 そんな、(もの)で、また彼女を縛るのか。

 健康に悪いピザも、ゲームセンターもない大きな(おり)に彼女を永遠に閉じ込めておくのか。

「わ、たしは……」

飼い犬、と信長は言った。

ああ、確かにぼくはユウキの飼い犬だ。

ナイトで、王子様だと、ユウキは言ってくれた。

どれも嬉しい。嬉しいけれど違うんだ。

僕と彼女は魂の番だ。絶対に裏切れない、絶対にちぎれない、絶対に離れない。

彼女は僕のたったひとりの本能の共犯者だ。

「―――――――――――!!!!!」

もはや生き物のものとは思えない吠声が戦場に響く。

彼女の為なら僕は吠える。何度でも。

彼女に埋め込まれた力が躰中を暴れ回る。

全身の細胞が本能(めいれい)に従い荒れ狂う。

全身ズタボロのはずなのに、信じられない力で天音の頭に爪を立てた掌底を打ち込んだ。

いや、掌底なんてもんじゃない。獣の癇癪で爪を振り抜いただけだ。

天音が何十本もの木々をなぎ倒して吹っ飛んだ。

口から血を吐いて、血塗れの顔で天音が言った。

獣昇現象(オーバー・ビースト)——?!ふざけろ、投与されてまだ一日だぞ!!」

セーブリングに一度「牙」を戻し、再召喚して右手に戻した。

足元に転がっている誓約用マイクを踏み潰し、獣は輝く闇の様な瞳で敵を睨む。

痛い、痛い、いだいいたいIdaい痛いいたいいだい痛いいだいいたいいたいいたいいだいいだいいだいIdAいいtaいいたい痛い

怪我のせいでは無い。身体が更にもう一段階、別の何かに上昇しようとしている。

「う゛ぎ、ゆ、う、きゆうきゆうきゆうきゆうきユウキユウキユウキ、ユウキ、いちのみや、ユウキ」

前回の比にならないほどの、死の更に先にある苦痛。僕は地獄で彼女の名を歌う。

最早身体は再生しきっていた。それどころか。

僕の身体は半透明の黒い煙に包まれていた。

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