閉じたセカイで獣は吠える 6
「上様、即刻練馬家に引き渡すべきです」
「舶来物を制するものが日本を制す。500年間外国が一切の技術提供を拒否している現状、舶来物の技術の解明、500年分文明を進められる可能性がある唯一の存在、一宮の夕姫さまは核爆弾です。練馬家は本気になって我らと敵対するでしょう」
「逆に考えろ。その核爆弾は今織田にある。犬のBFD能力者一人のおまけつきだ。こいつらが俺らに手を貸すなら少なく見積もっても織田の軍事力は倍、いや3倍になる。織田の目的はなんだ」
「開国派として主権を握り、檻の解明、破壊に全精力を注ぎ、日本を自由にすることです」
「そーだ。お嬢さん達と目的は一致してる。間違いなく人類史上最高の頭脳。戦略、開発、経営、馬鹿な俺らが苦手で遅れをとってたのが一宮夕姫ただ一人でひっくり返る。――はっきり言うが」
信長の目が妖しく細められる。
「俺はこの拾い物をしたときに本格的に戦争を始めることを決めた」
周囲がざわめく。
「軍事で華族を制圧するのは、第二類舶来物までしか所有できない武家には現実的ではありません」
「問題は結局PED、BFDを再現しようとした失敗作。一時的に身体能力と再生能力を向上させるあの薬だろう。お嬢さん、再現できるか」
「適切な設備があれば可能だよ」
今度は歓声ににたどよめきがあがる。
「あの力が我らの手に」
「傷痍軍人もまた戦える」
流れが確実にぼく達に有利な方向に変わっていった。
「化学班に案内しよう。」
そこはぼくの学校に理科室に置いてある設備とはずいぶん様相が違った。
フラスコや試験管などと別に、流線形のフォルムの筒や時計のような半透明の針が埋め込まれた台のようなもの、一目見ただけでは――いや、説明されてもわからないだろう機材が並んでいた。
夕姫は並べられた薬品を眺めながら、
「これならPEDの生産は容易だ」
とつぶやいた。
薬品を取り出し、機械に流し込み、その機械が粉を吐き出すとそれをまた別の機材の中に入れ、PCを操作する。30分後、2Lほどの青い液体と数百粒の錠剤が出来上がった。
「注射用と経口投与用だ」
すぐに松葉杖をついて、仲間に肩を貸してもらって歩く男が現れた。
夕姫は注射器で液体を吸い上げ、とんとん、と指で叩くとその男の腕に注射した。
男の瞳孔がかっと開き、ゆっくりと収縮していく。
「足が――動く!」
歓声が上がる。
「戦える!我らは戦える!」
「我々はここに置いてもらえるということでいいのかね?疲れた。休みたいのだが」
ぼくらは広い和室に通された。家具は洋式のものが一式揃えてあり、デスクトップまで用意されていた。
ぼくはふたり分の布団を敷いたあと、窓際の座椅子に腰かける。
「戦争って、どこと戦うんだろう」
布団に寝転がった夕姫が仰向けで応える。
「最初は必然、練馬家ということになるだろう。関東エリアでも有数の有力貴族だ。この国ではこれから小さい紛争が頻発するだろうね。時代の歯車が回る音がすると、私の頭脳が言っているよ」
「普通の人は、大丈夫かな」
「守りながら壊す、私たちはとんでもなく不利だ」
「どうする?」
「戦場をどこにするか、コントロールすればいいのだよ。例えばこの屋敷は周囲数キロにわたって織田家の流れをくむ侍しか住んでいない。奪還対象の私がここから動かなければ戦場は民間人のいないここに限定される」
「というよりすでにいつ攻めてきてもおかしくないのだよ。遅すぎるくらいだ。練馬家は織田家が私たちを抱きこんだと判断したのだろう。本気の装備で大規模な軍隊を編成して攻めてくるはずだ」
「勝算は?」
「数千人分のPEDを用意した。武家として武器はたんまりあるだろう――そうだ、いいものあげよう」
夕姫はリングからセーブリングを喚び出した。
「リングにリングを入れられるの?」
「中のリングの内容物が多いほどストレージを圧迫するがね」
夕姫はぼくの指にリングをはめる。
「こりゃ便利だ。ありがとう」
「バカ、中身だ」
ぼくは夕姫の真似をしてリングを親指でなぞる。
表示されたホログラムには、「牙」とだけ書かれていた。タップする。
手のひらサイズの棒。これは
「刀の柄?」
「ああ、それは「意思」という情報を刃に変換する。「斬る」という意思に応じて刃が生成される。意思がある限りどこまでも長く、意思が強いほど硬く鋭く。祖父がセーブリングの理論のさわりのさわりだけを解明し、開発した刀だ。私がもらった二つ目の武器だよ」
ぼくは本棚から古い本をとりだし、放り投げる。
「牙」を振るうと本はかすかな手ごたえだけで綺麗に真っぷたつになる。「牙」からは鈍く、強い煌めきを放つ銀色の刀身が生えていた。
「「牙」は最初の持ち主以外に扱えない。祖父はいつか選んだ従者に渡せと。君には剣に天性の才がある」
夕姫はにやりと笑う。
「守ってくれたまえよ、君。私を先に連れて行ってくれ」