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閉じたセカイで獣は吠える 4

記憶の空白が戻る直前、閃光のような情動がぼくの全存在に命令する。


あの少女を、救え。生命の共犯者の鎖を一つ残らず引きちぎれ。


止められていた自動車の強化ガラスを石で叩き割り、鍵穴にナイフを強引にねじ込んでエンジンをかける。まさか自分たちに関係のある事件だと思わなかったのだろう。ユウキの周りの黒服の一瞬の虚をついて馬車を跳ね飛ばす。

「乗れ!」

少女は楽しそうに、それはそれは楽しそうに助手席に飛び乗る。

「記憶洗浄が私を見た瞬間に解けるなんて、マコトはボクのことが大好きだな」

「大好きだよ」

さて、どこまで逃げる?ひとまずどこまで逃げれば安全か知りたい。

「大好きだ」


「自動車販売店にむかおう。囚われの身でも自動車一台キャッシュで買える程度の小遣いはギリギリ、本当にギリギリたまっていてね」

「車ならこれでいいだろ。なんで必要なんだ?」

「同じ車種の車を買い、ナンバープレートを付け替えて自動操縦プログラムをハッキングする。検問が敷かれるだろうからそのポイントを無人の自動操縦車で強行突破すれば我々が検問の網の外に出たと思い、捜査をかくら――」

轟音が響き、車が爆発炎上する。ぼくは左足と右手を強引に引きちぎられながら運転席から放りだされる。対戦車グレネードを一般車両に撃ったのか。いかれている。

脳内麻薬の過剰分泌、ほとんどニアデスハピネスに近い意識のなか、満身創痍のユウキが口から血を吐きながらセーブリングをよどみなく操作するのが見える。喚び出したのは一本の自動注射器だった。朱い、朱い液体が中に詰まったシリンダー。

「こんなにもボクに綺麗で温かいものを見せてくれたんだ」

「バケモノになっても、ずっとボクの隣に居てもらうよ」

ぼくの首にそれを流し込む。


身体が再生――いや、造り替えられているのだ。イメージは牙、忠誠、唸り声と遠吠え、闘争本能、強い仲間意識。


狗だ。

ぼくの中に犬が『混じっている』。

PEDとかいったか。肉体を強化されているらしい黒服は車に跳ねられたくらいでは態勢を崩さず、二発目のRPGをぼくにむかって撃ちだす。

その弾頭をぼくは掴み、回転して投げ返した。

爆音と共に馬車付近の黒服が吹っ飛ぶ。

ぼくは両手をついて走りだし、残った黒服の首筋に噛みつく。

強化されているはずの肉体をいとも簡単に食いちぎり、ほかの奴らも頭を電柱に叩きつけ、数十メートル蹴り飛ばし、顔を指と爪で引き裂く。

奴らの銃弾なんて意味がなかった。殺意を感じてから容易に避けられる。


全員血祭りにあげると、あまりにも遅い警察官がやってくる。ユウキはぼくのところにに駆けよる。

「説明の前に、警察を振り切った方がいいと考えるがね」

「うん。あとでぼくになにをしたのかじっくり聞かせてもらうよ」

ぼくは全速力で走り、車道の車よりずっと速いスピードで走っているのにユウキはそれについてくる。つまりそういうことだろう。



「君や――察しがついているだろうが私の『これ』は舶来物(アウターオブジェクト)ではない」

「鎖国以前から一宮家が秘儀としてきた、「獣の王」と呼ばれる薬なのだよ。BFDと一般的には呼ばれている。原理の解明はされていない。とにかく使用者の肉体を不可逆に変えるのさ。異常に強く、異常に再生し、獣の特徴を持った体にね。マコト、犬歯が伸びていることに気づいているかい?」

舌で歯をなぞる。確かに伸びていた。

「君には狗が混ざったんだ」

「ユウキはなにが混ざったの?」

「天才」

「天才?」

「製造過程で動物の遺伝子情報を持つ肉片や血などを使うのだが、『同種の動物であれば個体差があってもいくらでも混ぜられる』ことに気づいたのが祖父だ。私の祖父は非積極的開国主義者、『形あるものはいずれ壊れる。鎖国の檻もいずれは壊れる』という思想のもと、「開国後」の世界で日本が戦い抜くための人材――いや、兵器として私を創った。胎児である私にアインシュタイン、オイラー、シャーロックホームズ、ノイマン、ガウス、ニコラ・テスラ――ありとあらゆる「天才の人間」を混ぜたBFDを投与したんだ」

「祖父は外道だが、聡きものとしての徳は最低限備えていた。彼は私に二つだけ武器をくれたのだよ。そのうちの一つが私のセーブリングの奥の奥、何重ものセキュリティで隠されたアドレスにあった君に使った狗のBFDというわけさ」


もうひとつがなんなのかは聞くまでもないだろう。舶来物(アウターオブジェクト)をゼロから再現するその脳髄。



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