第九話 青い猫耳メイドvs蟹女
土曜日の朝、僕は朝食が終わると居間で寝転がってぼーっとテレビを見ていた。
すっかり一美を肉便器扱いする事になれてしまった自分が嫌になる。
「アメリカのニュースです」
「昨日辞任したグレイン氏に変わりゲンゾー・ニシヤマ氏が大統領首席補佐官に就任しました」
「ゲンゾー・ニシヤマ首席補佐官は14歳でイエール大学法学部を首席で卒業した天才で20歳で首席補佐官に就任するのは異例です」
「世の中にはすごい天才がいるんだな…」
「一美はなんで僕のアレなんかになろうと思うんだろ」
隣で寝転がっているママがつぶやいた「源三君すごいな」
「ごめんなさい、ダメ息子でごめんなさい…」
「えっ、アレクセイはダメじゃないわよ」
「僕…16歳になっても何も出来ない…」
「周りを見ちゃダメ、自分のペースでやりなさい」ママは見透かしているみたいだった。
「僕じゃ無くて一美がママの子供だったら良かったのに」「ねえ、イリーナ・グループの総帥って世襲制なの?」
「うん、全部アレクセイの物よ」
「僕が総帥になったらすぐに倒産しないかな」
「大丈夫よ、アレクセイが社会人になったら大統領首席補佐官をヘッドハンティングして秘書になってもらうから」
「無理だよ-」
「大丈夫、ゲンゾー首席補佐官が学校に通う学費から生活費まで全部ママが面倒見てあげたんだから、お母さんとも仲いいし来週大統領が来日したら紹介してあげる」
三千代がママに報告した。
「奥様、ルーマニアの女王陛下が来日されるそうです」「ナディア・オルテアヌ侍従長から奥様にも日本政府との会談に同席して欲しいと要請がありました」
ママは嬉しそうに叫んだ「えっーっ、ナディアが来るんだ頼まれたら断れないよ」
「大統領の来日と重なりますがいかが致しましょう」
「それって、私にアメリカの大統領を紹介しろって事だよ、女王の来日はナディアの計画だね」
「では、そのように手配いたします」
僕はコケた、ママって恐ろしい。
四姉妹とのノルマをこなすシフトにも慣れてきた翌週、僕たちは空港まで女王陛下を迎えに来た。
女王陛下なのに普通のスーツ姿で地味でお供は背の高い中年のメイドが一人だけ、この人が王室侍従長のナディアさんでママとは古い友人らしい。
ルーマニア女王って政府公認の王室なのにお金も権威も無いんだ…
女王陛下を乗せて空港から迎賓館に移動した僕たちはアメリカの大統領と対面した。
僕は大統領よりも一緒に居る人が気になった。
この人がニシヤマ大統領首席補佐官、一美とは知り合いみたいでアメリカにいた時に親交があったらしい。
ニシヤマ首席補佐官は外国語が分からない女王陛下のルーマニア語を通訳している。
日系人らしいけど日本語も流暢に話しているし何カ国語を話せるんだろう?
ニシヤマ首席補佐官は別れ際に「三千代さんはお元気ですか?」と社交辞令みたいに言った。
ママも社交辞令みたいに「元気ですよ、アンジェラさんもお元気ですか」と返した。
なにか社交辞令とは違う変な感じのやりとりだった気がする。
予定通りにアメリカ大統領との対談を終えると女王陛下はウチに泊まることになっていたので車で夜遅く東京の迎賓館からサイタマへ向かっていた。
僕はママと一美の間に挟まってリムジンの広い車内で女王陛下とメイド服を着た背の高い王室侍従長の中年女性と向かい合っていた。
女王陛下は日本語がわからないので侍従長のナディアさんが通訳してくれる。
この人は日本語がわかるみたいでママと親しそうだった。
ナディアさんは通訳じゃ無くて自分の言葉を日本語で発した。
「イリーナありがとう、イリーナが助けてくれなかったらどうにも出来なかったの、これで女王陛下の面子が立ちます」
「いいのよナディアには命がけで助けて貰った恩があるし、王室の復権はナディアの悲願だったんでしょ」
「復権したけど何の力も無い飾りみたいな王家です」
「そんなこと無いよ、自国からも外国からも公式に認められた王家じゃない」
「あの時一緒に助けてくれたメグのこと覚えてる?」
「もちろん覚えています」
「メグも自分の王子様を王様にするために頑張ってるの、今は祖国を追われてマカオにいるけど諦めてないよ」
「ナディアは悲願を叶えたんだから本当の…」
ゴォン
突然、衝撃が走った。
エンストして車が急停車した。
ママが叫んだ「アレクサンドラどうしたの交通事故?」
前を見ると何かがボンネットの上に落ちてきて車がへこんでいた。
空から降ってきたソレを一言で表現するなら青い猫耳メイドだった。
不審者を睨んだナディアさんが外に飛び出した。
僕たちが遅れて飛び出すと銃声が響いて不審者がボンネットの上から転げ落ちた。
ナディアさんがメイド服のロングスカートの中から太いショットガンを出して撃っていた。
転げ落ちた猫耳メイドの女は勢いよく立ち上がると「ミャー」と叫んだ。
ナディアさんは容赦なくショットガンを三連射して猫耳メイドのお腹に弾丸を叩き込んだ。
体が折れてふらついた猫耳メイドの女が「まつニャー、ボクにゃんは話があるにゃ…」と叫ぶ間に信じられない早さでショットガンに弾を再装填したナディアさんはそれ以上口を開く間を与えずに顔面に四連射を叩き込んだ。
大きな銃声が連続して鳴り響いて勢いよく飛び出した大きなショットガンの薬莢が地面に散らばった。
顔面に四連射を叩き込まれてのけぞった猫耳メイドの女は跳ね起きると口の中に入った大きな金属の塊をガリッとかみ砕いて吐き出して「話を聞くにゃー」と叫んだ。
ボクはナディアさんを止めようとした。
「ちょっとナディアさん、いくらゴム弾だからって女の子の顔に撃ち込むのはやりすぎですよ」「話があるみたいだから聞いてあげましょう」
ママが青い顔で指摘した「ナディア…今撃ったのゴム弾じゃないわよね」
ナディアさんも顔色が変わっていた「23mmソリッドスチール弾を8発も食らってカスリ傷一つ無いなんて…」
一美も青くなっていた「人間なら肉片ですが、鋼鉄の塊だって原型を留めないはず…」
ママの雰囲気がいつもと違う「あは、ナディアのКС-23散弾銃って普通の人間には撃てない覚醒者用の特注品だっけ」
不審者が叫んだ「ボクにゃんは効かニャーい」
ママは後ろの車に居るメイドに声をかけた「アグリッピーナ、その重機関銃も効かないからしまって」
後ろを振り返るとウチで一番デカいメイドのアグリッピーナが車のトランクから馬鹿でかい機関銃を出して構えていた。
運転手メイドのアレクサンドラが車のトランクから何か大きなスーツケースを出した。
青い猫耳メイドはママに向かって問いかけた「アンタが人類史上最強の覚醒者聖母イリーナなんにゃ」
不審者を睨むママは今まで見たことも無い怖い顔をしている。
「ナディアは女王陛下を逃がして」
「一美ちゃんはアレクセイをお願い」
「コイツは私が相手をします」
メイドがスーツケースを開けるとママはドレスを脱ぎ捨てて手を突っ込んで叫んだ。
「変身、怪人蟹女」
一美に手を引かれて後ろに下がった僕は信じられない物を見た。
ママが特撮番組に出てくる怪人みたいなキグルミに一瞬で着替えた。
着替えが一瞬すぎて変身したようにしか見えなかった。
ママと不審者は人間とは思えない動きで戦っていた。
僕には何が起きたのか分からないけど周りにあるいろんなモノが壊れている。
数分で蟹女と猫耳メイドの死闘は終わった…
特撮番組の怪人みたいなコスプレをしたママが猫耳メイドの生首とちぎれた胴体を引きずってきた。
生首が喋った「みゃー暴力反対」
「貴女、何者なの」
「紀元前の人間は凶暴だニャー、ボクにゃんは話を聞いて欲しいだけニャー」
「今は21世紀よ」
「紀元前の人間に解るように話すニャー」「ボクにゃんは24世紀の未来から送り込まれた猫型メイドロボットだニャー」
「未来から来た!?」「確かに、それぐらいしか説明がつかないわね」
「どうして私達の時代が紀元前なの?」
「皇帝即位前だから紀元前にゃーよ」
「皇帝が即位、未来の世界は帝国なの?」
「そっにゃ、ボクにゃんは人類統一国家の初代皇帝アレクセイ・イシュコフ一世に会って人類最後の悲劇を防ぐために来たんだニャー」
全員が驚きの表情で僕を見た。
「皇帝アレクセイ一世!?」
ちぎれた胴体が生首を掴むと一瞬で復元していく。
バラバラにされた猫耳メイドは何事も無かったかのように元の姿に戻っていった。