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後編

「さてと、じゃあ一つは高いところにつけようか」

ひょいっと猫が跳び上がり、高いところに張られたロープにてるてるぼうずを取り付ける、のは良かったが、少しロープを引いてしまい、反動で同じロープに吊されたてるてるぼうずが一斉に踊る。はねた雨水が一瞬遅れて地面に落ち、ジャッ!という激しい音を立て、通りにいたそれほど多くない通行人達が何事かと周囲を見回した。

「しまったね……」

物売りも遠くから猫の方をじっと見ている。少しばつが悪そうに目をそらして、猫は通りの端の方に向かった。

「もう一つをここ、これで三つあるから、一つの平面が指定される」

「こんな角度で面を決めて、何に使うんだ?」

「使うかどうかはまだわからないかな?」

傘をくるくると回して水滴をとばす猫。周囲に波紋の花が咲いたようになる。

「何だ、教えてくれないのか」

とはいえそれで傘がごまかされるわけでもなく。

「使わなかったらがっかりするだろうし、それに、まだもう少し仕掛けが必要になるかもしれないしねぇ」

だからといって猫もそれ以上詳しく教えるつもりもなく。

「今はまだこれだけでいいかな。あと二つ手元に残してあるしね」

最後は何となくうやむやにした上で、今度は地面の方を見て呟いた。

「近いうちにお邪魔するかねぇ」


 針金でガードされた電球がまばらに並ぶ通路。天井は高く電球の光はうっすらとしか届かない。高さに比べると幅は極端に狭く、人が普通にすれ違おうとすると肩が当たるくらいしかない。尤も行き交う人がいるような場所でもない。猫は畳んだ傘を手に握って、その通路を歩いている。電球と電球の間には蛇腹になったチューブが壁に沿って這わされており、きっとこれが電力を供給しているのだろう。

「で、ここは何処よ?」

傘の声はそれほど大きなものではなかったが、静かな通路では思いの外響くようだった。

「そんなの、知るわけないじゃないか」

音もなく歩く猫の声は、内容とは裏腹に少し楽しそうですらある。

「……聞き方が悪かったか。どこに向かってるんだ?」

「イイトコロ、かねぇ。きっとこの通路の先で合ってると思うんだがね」

「なんか、同じところを歩いていても、同じものを見てるわけでも、同じ音を聞いてるわけでもないんだよな」

傘が拗ねたように言う。しかし猫は意に介さない。

「そうだねぇ、違うというのは面白いことだよねぇ」

むしろ、それが良いのだと言わんばかり。

「一応イヤミのつもりだったんだがなぁ」

「まあまあ、そろそろ終点のようだよ」

猫の視線の先に、長い通路の果てが見えてきた。


「おやおや、これは思ったよりも立派な……

「なるほどそれでこの天井の高さが必要だったんだな」

通路が終わり急に開けた空間の真ん中には、そびえ立つ巨塔、いや、きっとこれは。

「まさかここに来てくれるとは思わなかったよ」

その根元の影から、物売りが姿を現す。

「なにやら面白そうなものを作っているなと思ってね」

「何故知ってるのかなぁ。それに、どうやってここへ?」

「なあに、ネコというのは案外どこにでも潜り込めるものなのさ」

破れた傘のようなカバーの隙間からのぞく小さなライトが高速で点滅する。

「ネコ……ああ、その顔はネコの顔なんだね。言われてみればそんな顔だ。アーカイブで見たことがあるよ。変な趣味してるね」

ぬるり、といった動きで物売りが陰から全身を現した。

「で、止めに来たとか、壊しに来たとか言うのかな?」

ふたつのレンズは猫を正面に捉えている。

「いいや。さっきも言ったとおりだよ。面白そうなものを作っているなと思って、見に来たのさ」

「ふぅん……見に来たのさ、で来れてしまう場所じゃないと思うんだけど、まあいいか。で、どうだい?面白いかい?この驚天砲は」

そう。これは巨塔ではなく、巨砲。

「驚天砲と言うのかい。これを使って何をしようと?」

「雲を散らし空を晴らすんだ」

「空を……いいねぇ」

猫が上を仰ぎ見る。その先に当然空は見えない。天井すら遠く暗く、見ることができない。

「ただ、その望みは、どちらのものなんだい?」

視線を戻す猫。

「どちら……ああ。何かに憑かれているとか、そういう話かい?」

ふたつのレンズと、しっかりと目が合う。

「そんなの根も葉もない噂だろ、ってごまかすのも難しそうだ」

人ではない気配が強くなる。

「ただね、その質問に答えるのは難しいんだ。だって、僕たちは一つだから。僕に入った何かも、僕も。一緒になってこれを作ったんだよ」

そう言って少し言葉を区切る。次に出た言葉は、声色がごくわずかに違っていた。

「雨降小僧は、雨を降らす。この町では意味のない存在だ」

「だから空を晴らして、存在意義を取り戻そうと?そんな事しなくても、自分は自分で変わりゃしないだろうに」

その猫の言葉に、雨降小僧は幽かに笑ったようだった。可動部分のない機械の顔に、そんな変化は起こらないはずなのに。

「まあ、今日を入れてあと三日。エネルギーを溜めるのにそのくらいはかかるからさ、明明後日かな?興味があるなら照照st.(てるてるストリート)に来てくれよ」


「なあ、本当に行くのか?ロクなことにならない気がするんだが」

「そうかねぇ、ひょっとしたら、面白いものが見れるかもしれないじゃないか?」

傘をくるくると回しながら、猫が歩いている。

「ほれ、もう着くよ」

てるてるぼうずをびっしりとつけたロープを張り巡らし、白い天井になっている通りにたどり着く。物売りがいつものように座っている。

「来てくれたんだね」

そう言いながら立ち上がると、物売りは定位置を離れてストリートの中心に立った。

「ところで、このてるてるぼうずは結局何だったのかね?」

猫が問う。

「ああ、これね」

「願いの中身はなんでも良かったんだけどね」

「その力で、ここ、というかこの下を隠しておきたかったんだ」

「みんなの願いがノイズになって、ここで起きてることが、上から見えなくなるように」

「なるほど、勘違いじゃなかったようだね。なら良かった」

「どういうこと?」

「つけさせて貰った三つのてるてるぼうずが、無駄にならないって事さ。さあ、そんなことより、見せて貰おうか」

「言われなくても!」

そう叫ぶと地響きとともに、地面が割れる。陥没する。てるてるぼうずの屋根の下に、大きな穴が開く。あわてて猫はてるてるぼうずの屋根の上に飛び乗った。

「ごめんな!」

物売りの声。何が、と思う間に猫は宙に放り上げられた。てるてるぼうずに紛れていた、ロープに取り付けられていた機械が緑色に光っている。と思ったときには何機ものパトロールドローンのサーチライトに照らされる。

「ああもう、虫が」

傘が何か言い終わる前に

「てーっ!」

周囲が白く染まる。猫の片目に太極図が浮かぶ。パトロールドローンが何機か、砲身から放たれたエネルギーに巻き込まれて爆発した。ストリートの外周部を除き、てるてるぼうずも蒸発する。雨も、雲も霧散し、その向こうに青空が……現れない。

「へぇ」

雲の散った先、ずっと遠くにちらりと見えたのは、モザイク状の金属板……のような何か。すぐにまたそれも雲に覆われ、隠れてしまう直前、なにかが光る。

「間に合えっ!」

猫が叫び、傘を投げた。傘は猫の顔をしたてるてるぼうずに当たり、三つの猫の顔で定義される平面がビルや地面も貫通して一瞬淡く光る。そこに上から降ってきた何かが当たり、反射、斜めに跳ね返ったそれがビルの壁を破壊した。きょとんとしている物売りに今度はパトロールドローンが三機、サーチライトを当てる。

「しゃっ!」

袂から取り出したふたつのてるてるぼうずを投げる猫。それと同時にドローン達から発砲音。雑に描かれたにこにこ顔のてるてるぼうずが弾け飛ぶ。

「ちっ!」

猫が物売りのところに駆け寄った時には既にドローンは高度をとって離脱しはじめていた。ざあっと雨が降り始め、傘を持たない猫はあっという間にずぶ濡れになる。

「なあ」

猫が物売りに話しかける。ドローンの砲撃を受け体の大半を失った物売りに。

「気付いてたんだろう?いくら巨大な砲とはいえ、そんなもので雨を止められたりしないって」

すでに空は何事もなかったように雲に覆われ、雨もいつものように降っている。

「まあね。雨を止め空を晴らすつもりなら、驚天砲なんて名前つけないだろ」

残った体のあちこちから、火花を散らしている。そこにも雨は容赦なく降り注ぎ、酸が部品を溶かしていく。

「天を驚かす……なるほどねぇ。それだけのために?」

猫の後ろから、開いた傘が跳ねながら近付いている。

「ああ。それだけのために。君と違って、力無き、偽物の妖怪のできる精一杯のイタズラさぁ」

そう言うと、カメラアイの間のライトをゆっくりと点滅させ、そのまま全ての動作を停止した。

「無粋なからくり妖怪だと思ったんだけどねぇ」

そう言いながら、猫はずぶぬれの顔で天を仰ぐ。そのひげにもみるみる水滴がたまり、そして落ちていく。

「……傘はいらんかね?」

後ろから声がかかる。しかし猫は振り返らずに、言葉だけを返した。

「もう少しだけ、濡れていくよ」

周囲にはまだたくさんのてるてるぼうずが揺れていて。

この町の雨は、止むことがない。


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